中年冒険者のお仕事
「ふぅ、今日も碌な依頼ねぇな」
短く切りそろえた金髪に青い目をした一見貴族風の中年男がギルドの依頼ボードを見て呟いた。
着ているものは頑丈な皮の鎧であり、腰には一本の剣を携えている。しかし鎧はあちこち傷跡が残っており、またそれに合わせたように彼の頬にも二~三の傷跡がついている。
彼の名はロットメルド=フェイバリット三十四歳独身、ここキブレイドの町で長年冒険者をやっている。
彼のランクはC級。
冒険者のランクは上はSから下はFまで七段階に分かれている。C級ということはちょうど真ん中、いわゆる中堅だ。そしてC級は過半数の冒険者たちの終着駅でもある。
ただキブレイドという町は、フェイバリット子爵領の中でも比較的田舎にあり、人口も二千人である。それに比例するように冒険者たちの数も僅か四十人、殆どの冒険者たちは顔見知りである。
また、この町で生まれ育ち冒険者となったものはD級へ上がる頃には、もっと都会の町へ移動する。
そのためか、キブレイドの冒険者たちの八割はF級やE級といった駆け出しの若者で、残りはロットメルドと同じような世代で自分の限界を感じ、この田舎で朽ち果てる事を選んだD級、C級のものに分かれている。
さて、ロットメルドの家名はフェイバリットで、この町キブレイドはフェイバリット子爵領にある。彼は現当主の弟で歴とした貴族だ。
ただし三男であり家督も兄が継いでおり、更に兄の子も既に二十一歳で次期当主として勉強している。このため本人は、とっくに貴族の地位は捨てて単なる冒険者として生きている、と考えている。
「よう坊ちゃん、暇そうだな」
「レクトルか。いい加減坊ちゃんはやめろよ。互いにそんな年でもねぇんだし」
ギルド掲示板の前でぼーっと突っ立っていたロットメルドに声をかけたのは、これまた彼と同じ位の年齢の男だった。
黒いローブを着て、手には一本の槍を持っている。
レクトルはこの町出身の冒険者で、三十二歳のC級冒険者だ。槍を持っているが魔法の発動体として使っており、Cランクの魔法まで使える魔法使いだ。ただし槍も発動体として使っているだけでなく、ちゃんと槍もDランクの腕前を持っている。
ロットメルドとレクトルは冒険者に成り立ての頃に知り合いそこから十五年、ロットメルドが前衛の剣士として、レクトルが後衛の魔法使いとしてペアを組んでいた。
ただ、そのペアも五年前に解消し今は各自ソロで活動している。
これはソロでも十分生き残れるだけの実力を持っている事と、後進の育成のためだ。二人でF級冒険者の面倒を見るより、互いに交代しながら面倒を見た方が効率的であり、自由時間が増えるからだ。
ただ、ここ暫くF級冒険者は増えていないし、依頼も小さな町では数も多くない。それに簡単な依頼は、F級、E級たちに回して経験させる必要もある。
結果、ここ一月ほどロットメルドは暇をもてあそんでいた。
金は若い頃稼いだ分が残っているのでまだ暫くは大丈夫だが、それでも老後の事を考えるとそろそろ稼がないといけない。
「もうこれは口癖だからな。それに領主様のお坊ちゃんなんだから事実だろ」
「とっくに家督は兄貴に移ってるし、次の当主だって兄貴んところの長男が決定している。もう俺は貴族でも何でもないぞ」
貴族といっても、当主になれなかった次男や三男は自分で職を探す必要がある。次男ならまだ長男が万が一亡くなった場合の予備として家に置く場合もあるが、三男などは用済みである。
ただし用済みとはいえロットメルドは先代当主の子であり、貴族と名乗っても問題はない。まあ、もし彼が結婚して子を設けたとしても、子は貴族と名乗れないが。
「で、なんか用か?」
「ここんところ互いに暇だろ? いっちょ一ヶ月くらいどこか遊びにいかないか?」
そんなレクトルの誘いに、ロットメルドは冗談ではない、と思った。
ただでさえここ一ヶ月収入がないのだ。更に一ヶ月遊びにいくなど、とんでもない。
「暇はあるが金がねぇよ」
「だと思った」
「なら誘うんじゃねぇよ!」
一体何の理由があってレクトルは声をかけたのだ。もういい、どうせ碌な依頼もないしさっさと帰って酒でも飲んで寝るか。
と、思いながらロットメルドはきびすを返そうとした。
「待ちな」
だが、ギルドの受付カウンターの奥から野太い声が響く。それが聞こえた瞬間、ロットメルドは厭な予感がした。
「なんすか、ギルドマスター」
ロットメルドが振り返ると受付カウンターを乗り越えてきた、五十代の厳つい顔を持ったドワーフのようなずんぐり男が視界に入った。
彼の名はギリルアイズ、ここキブレイド冒険者ギルドのマスターであり元A級冒険者だ。そしてロットメルドとレクトルがF級の頃世話になった人でもある。
「レクトル、伝え方が下手だ。いい加減ちゃんと情報は正確に伝えるようにしろ。あとロット、話は最後まで聞く。どんな情報が隠されているかもしれんのだからな。お前らいつまでひよっこなんだよ」
中堅冒険者であるロットメルドやレクトルとはいえ、冒険者としての育ての親であるギリルアイズから見ればまだまだひよっこらしい。
「俺もレクトルじゃなきゃ、ちゃんと話は聞いてましたよ」
「俺とお前の仲なんだから、以心伝心くらいしろよ」
「悪いが感覚の魔法は知らん」
「あれ、お前覚えてなかったっけ。今度教えてやるよ」
「おお、悪いな。この後でどうだ?」
「酒でも飲みながらだな。素面で魔法講習なんぞやっとれんわ」
「よし、なら外に出てつまみの食材でも狩ってくるか」
「いっそ、外でやらないか? 新鮮な生レバーなんか酒にぴったりじゃないか」
「いいねぇ、よだれが出そうだ」
気がつけば、いつの間にか魔法講習という名の飲み会準備になっていた。長年ペアを組んでいただけあり、仲は良いらしい。
この町の周辺はそこまで魔物は多くないし、強い魔物も滅多に出ない。更に彼らはここで二十年近く活動している。もはや庭と言っても過言ではない。
だが、一人ギリルアイズは彼らの話を聞きながらぷるぷると身体を震わしていた。
「お前らいい加減話しを聞け!」
「「はいっ!」」
仲良く酒の話をしていた二人へ、完全に無視されたギリルアイズの雷が落ちた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「で、話ってなんすか?」
「ロット、お前サティリレーワ男爵って知ってるか?」
もちろんロットメルドは知っていた。
仮にもこの地を治める領主の三男だったのだ。幼少の頃から貴族の家名は厭と言うほど叩き込まれた。
サティリレーワ男爵家はフェイバリット子爵家の信頼厚い小飼いの貴族であり、フェイバリット領の第二都市トロットを治めている貴族だ。
そして子供の頃に一度だけ会ったことはある。もし今も代替わりしていなければかなりのご老人だろう。
「家名はもちろん知ってますよ。代替わりしてなければ、一度ガキの頃会ったこともあります」
「ああ、俺より年上のご老体だ。で、その男爵の孫が王都にある魔法学校へ通うことになったんだがな。王都までの護衛任務の依頼が来ている」
「え? 兄貴……領主んところの騎士団使えばいいんじゃないですか? それかトロットにも冒険者ギルドがあるんだから、そっちに依頼ですよね」
フェイバリット領にも騎士団は少ないながら存在するし、貴族の護衛なら騎士団が出るのが普通である。
ただし王都までは馬車でおおよそ片道二週間ほどかかる。往復で約一ヶ月だ。
そして騎士団の人数は少ないので、一ヶ月も留守にすると他に影響が出る可能性がある。しかも男爵家の当主や次期当主ではなく、その孫の護衛で貴重な騎士団を動かすには理由として薄い。
その代わり冒険者ギルドへ依頼するのは予想できる。その場合、当然地元のトロット冒険者ギルドへ依頼するのが当たり前だ。
なぜわざわざこんな田舎で距離があるキブレイドまで依頼が来たのかが分からない。
「まあ普通はそうなんだがな。どうやら奴さん、お前さんをご指名らしい」
「へ? 俺ですか」
有名な冒険者、あるいはランクの高い冒険者であれば顧客から名指しで依頼が来ることはある。
ただし、ロットメルドはC級であり決してランクは高くなく、指名を受けるほど有名という訳でもない。いや、この町であれば四〇人しか冒険者はいないので名は知られているだろうが。
「何でも可愛い孫を預けるのに馴染みの薄い冒険者を雇うより、身元がしっかりしているお前が良いらしい」
「なるほど」
確かに身元という点ではかなりしっかりしているだろう。なんせ先代領主の三男であり、現当主の弟なのだ。
しかも男爵からすれば、主の一族である。
「だから一ヶ月遊びにってことか、レクトル」
「ああ、俺も昨日聞いたばかりだけど、依頼料結構おいしいぞ」
「ほう、どれくらいだ?」
「前金で一人銀貨三十枚、戻ってきたら更に銀貨三十枚だ」
銀貨十枚あれば平民の五人家族が一ヶ月食べていける金額だ。
王都までの往復で一ヶ月縛られるが、悪い金額ではない。むしろC級にしてはおいしい金額だ、それだけあればB級だって雇えるだろう。
「王都で一週間くらいなら遊んできてもいいぞ。どうせしばらく仕事は無さそうだしな」
「ほんとですか、ギルドマスター」
王都はロットメルドも十歳の時、貴族のお披露目として行ったっきりだ。
その時はパーティだけ参加し、あとは別荘で一週間ほど暮らした程度であり、市井は回っていない。
ちなみにお披露目は毎年一回、その時の十歳の子供を集めるパーティであり貴族なら誰でも参加できる。
有名どころの武器防具屋を見て回るのもいいし、酒場でぐだってその後楼閣で一晩過ごしてもいい。少なくとも遊びという点では、こんな田舎より遙かに楽しめるだろう。
この時点で既に受ける気満々のロットメルドだった。
「でも俺への指名ですよね。レクトルは連れて行っていいんすか?」
「マブ達の俺を置いてく気か?! 坊ちゃん卑怯だぞ!」
「かまわん。ギルドの規定に沿うなら、王都までの護衛であれば最低D級が二名以上と決まっている。むしろ後一名D級以上のものを連れて行かないと依頼できん」
もう一人必要なら、気心の知れたレクトルで良いだろう。
万が一何かあってもレクトルなら互いに何をやるか、言わなくても通じる。
「分かりました、受けさせて頂きますが何時ですか、それと護衛対象は何名ですか?」
「明後日にトロットの男爵家だ。つまり明日には出発しないと間に合わんな」
「急すぎるっ!」
「護衛対象は男爵家の孫でリリミアネ、その専属侍女アリアスの二名だ。当然どちらも素人だな」
魔法学校に入学と言うことは、リリミアネは今年十二歳と言うことになる。また、大抵の貴族は王都の学校へ通う時、自分の面倒を見てくれる側仕えを複数連れて行く。
ただ男爵家という一番下位の爵位という事を考慮して側仕え一名にしたのだろう。予算的なものもあるとは思うが。
「馬車は一台で、俺らは交代で御者やりつつ仮眠取りつつって感じですか」
「まあそうだな。トロットなら王都までは街道も整備されているし、騎士団や商人などの馬車も行き来しているから、魔物や盗賊の類いはあまり出ないだろう。ただし、もちろん油断はできないがな。馬車については男爵家所有のものを使う。帰りはそのまま乗って男爵へ返せば良い」
「ギルドの馬車ではなく男爵家の馬車ですか、ふむ。でも御者は居ないんですよね」
「そうだ」
基本的に各領地の主要都市と王都の間の街道は整備されている。また各領地の騎士団たちが警備を随時行っているから比較的安全だ。逆に領地内の未整備な街道のほうが危険なくらいだ。
だからこそ、王都までの護衛はD級二名という比較的低ランクの少人数冒険者でも依頼を受けられる。
また御者は長年冒険者をやっていれば幾度となく経験するものだからそこは問題ないが、唯一の心配は馬だ。
ギルドの馬車を牽引する馬は戦闘に慣れているが、男爵家所有の馬車だとその辺りが不明である。
万が一魔物などが現れ殺気を浴びれば、それに慣れていない馬なら暴走する可能性があるのだ。
その辺りは男爵家で確認し、いざとなればここへ戻ってギルドの馬車に乗り換える事も考慮する必要がある。
また二週間の旅だ。食料や水、馬用の飼い葉などはトロットで購入出来るが、武器防具の確認や手入れ、回復薬などは事前に準備しておいた方が良い。
その辺りは全く知らない町の店より、この町の馴染みの店ならすぐに分かってくれるからだ。
「分かりましたギルドマスター。今から準備してきます」
「おっと待てよ坊ちゃん、俺も一緒に行くぜ」
「全く、あいつら本当にC級で三十代の大人かよ。未だに若い頃と行動が変わっとらん」
慌てて飛び出していく二人の後ろ姿を見て、ギリルアイズは大きくため息をついた。
そして指名依頼表に、彼らの名前を書き始める。
冒険者は依頼を受ける際、依頼票に受理のサインを書きギルドカードを提示するのが基本的な事だ。
それすら忘れて飛び出すとは……。
「戻ってきたら一週間ほどきつい修行でもやらせるか」
そう言いつつ、依頼票を受理用の箱へと入れた。