06話 刀
「カタナ、にゃ?」
僕がお願いした物の正体は──刀。あればいいなという期待と同時に、刀を目にしてしまった時に、過去の過ちを振り返って自己嫌悪に陥ってしまうかもしれないという不安を感じる。今の僕にとって、刀とはそんな代物だった。
だがそれでも刀を再び持ちべきと判断したのは、自分が唯一扱える武器だという理由の他にも、剣の道から逃げ出した過去を払拭したいという気持ちもあるのかもしれない。自分自身でさえ把握できていない己の想いは、如何とも名状し難いと実感する。
複雑な思いを抱え、武器となる物の名前を言葉とした僕であったが、何か意味深げに思案顔のルーンを目にし、自分の事はさて置いておく事にした。
難しい表情のルーン。やはりこの世界には刀は存在しないのだろうかと危惧する。あれば幸運程度、無ければ無いで似たような剣を使えばいいだけの事と納得した上でのお願いの為、それほど重視している訳でもないのだが。
だが彼女の答えは、僕の予想していた返答とは異なっていた。
「あるにはあるにゃ」
想定外だった答えに多少、面を食らう。今までの思い悩んだような顔は何だったのだろうか。何か含んだような言い方が気になった。
ともかくあるのなら有り難く使わせて頂きたい。何しろ唯一、僕がまともに扱える武器なのだから。
ある程度扱える物が手に入る事となって一安心した僕であったが、小声で呟くように喋った事も相まって、不覚にもルーンが次に漏らした言葉を聞き取る事ができなかった。
「────」
何を言ったのか聞き直そうとしたところで、間髪入れず紡がれる言の葉に僕の口が封じられる。
「まぁいいにゃ。必要な物はそれだけにゃ?」
諦めの感情を露わにするルーンの表情は、先程までの思案顔の面影はない。一体、何に対して諦念を持っているのかは不明だが、刀は用意してくれるようだから問題はないだろう。
彼女の奇行は置いておくとして、取り敢えず脳内で必要な物を頭の中で思い浮かべる。大まかに考えただけでも山程あるのだが、それ言い出したらきりがないのでどうしても必要な物へと絞り込むと。
「はい。それだけあれば問題ないです」
「わかったにゃ。用意させておくのにゃ」
それほど必要な物は無く、刀一本で事足りる結果となる。その旨を伝えると彼女は頷きを返した。
それにしても彼女は一体何者なのだろうか。関所では身元不明の僕を街に入れる事ができ、学園に入るのに必要な費用はこっちが払う、とも言っていた。
一般市民にそんな権力があるはずもないので、結構なお偉いさんなのかな、と潜考するが、貴族や王族にしては雰囲気が違うような気がする。
見た目で判断してはいけない、一概には言えないのも理解はしているが、ただの街娘だと言われた方が納得がいくのも事実。
感づかれないよう彼女を俯瞰し、改めて身なりや挙動を観察するも、高貴さの片鱗を見せぬまま僕へと意識を向けてきた。
「宿はどうするつもりにゃ?」
「え、えっと……宿屋に泊まろうかと考えてますが……」
見事なまでに不自然に口ごもった僕。慣れない事はするものではなかったと後悔するが既に後の祭り。例によってルーンに注視されるが、今回は怪しむというより呆れたような顔で苦情を口にされた。
「……癖にゃのかどうにゃのかは知らにゃいけど、おどおどしにゃいでもらいたいのにゃ? いじめているようにゃ気分ににゃるのにゃ」
「はは……気を付けますね」
瞼を半分閉じた状態で向けられる非難の視線に、得意の感情の無い笑みで応える。
それよりも宿の話の方が気になる。わざわざその話題を出してくれたのだから、もしかしたら安い宿だとか知人の宿を案内してくれるのかもしれないと、僅かな期待を膨らませていると。
「あ、それなら私の所に泊まりませんか!?」
メルルが名案とばかりに、勢いよく身を乗り出した。あまりに積極的な言動の為、素っ頓狂な声を発しそうになる。倫理的に良くないと判断して断ろうとするが、寸前で思い留まり黙考。
彼女は孤児院の経営を行っていると言っていた。孤児院にはメルルのような、他に孤児達の面倒を見てくれるような人が居るのかどうかは知らない。だがもしそれほど数が居ないのであれば、彼女は孤児院に住み込んでいる可能性がある。
つまりは子供達と一緒に、という至って健全かつ善意に満ちた提案、という訳かもしれない。一瞬でも一つ屋根の下────なんて思い至ってしまった自分が恥ずかしい。
僕が葛藤と沈黙、後悔を順々に表情に出す様を眺めていたメルルは、僕が何をしているのか分からないようで、頭上に疑問符でも並べていそうな様子だった。
愚考を悟られる前に思考回路など捨て去り、彼女の有り難い提案を受ける姿勢を見せる。
「そうしてもらうと、僕としては嬉しいですが……」
宿で独りで過ごすよりかは、子供達と戯れている方が気も紛れる。元より子供は好きだし、癒されるので孤児院に泊まるのは、むしろ歓迎だ。
だが問題は、ルーンがいい顔をしないだろうという危惧をしなければならないという事。子供の目もあるから、下手な事はしないだろうとは思ってもらえている筈ではあるが、彼女がメルルを大切に想っている所を見れば分かる通り、男などとは同じ屋根の下で寝かせてもらえない可能性もある。
しかしその危惧は徒労に終わる事となった。
「手伝いや護衛として、側についてもらう予定にゃからいいんじゃにゃいか?」
ルーンは反対すると思ったが、意外な反応。正直、断固として阻止されるものと覚悟していたが。それほど彼女の人を見る目は肥えている、という証拠だろうか。
わざわざ口を挟む真似をして、やっぱり駄目にゃ、なんて言われたら困るので成り行きを見守っておく事にする。
「で、では、よろしくお願いします」
メルルは、天使のような慈愛に満ちた微笑みで僕を向かえてくれた。




