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魔法主義の世界で剣を極めます。  作者: あすたると
第一章 異世界と、現実と
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05話 偽名

 一応の説得を済ませた僕達は、ひとまず街の中へと移動すべく鉄格子の門扉(もんぴ)の前に向かっていた。その途中で簡単な自己紹介が行われた。


「め、メルル=フロナです。よ、よろしくお願いします」


 丁寧にお辞儀をして挨拶をしてくれる彼女の首元からは、銀色の髪の毛が零れ落ち、街の光に反射して眩い輝きを放つ。


「ルーン=ナーヴァなのにゃ」


 黒猫の少女は、未だ納得してない様子で自己紹介も渋々といった感じだ。黒い尻尾は、ゆっくりと地面を掃くように振られている。


 ここまでの展開は良かったのだが、またしても一つ怪しまれるような行動をしてしまう。


「僕は────」


 言い掛けた途中で、そのままの名前を名乗ると目に付くだろうかと、余念が()ぎってしまったのだ。


 あくまでも個人的な解釈ではあるものの、二人の名前からして、佐伯(サエキ)、という名字は物珍しいに違いない。もしそれをきっかけに出身地などを問われてもでもしたら、いよいよを以てルーンは黙ってはいられないだろう。


 そんな事が起こるとは考えにくく、ただの杞憂に終わるだろうが、下手に賭けに出る必要もないので、無難に名前の部分だけ名乗る事にする。


「ソウです。と、とにかく信じて貰えて良かったです。信じて貰えなかったらどうなるかと……」


「その代わり条件があるにゃ」


 不自然な間を怪しまれても困るので、足早に話題を逸らす僕であったが、幸いと言うべきだろうか。特別、怪しまれている様子はなく、ルーンは別の事について意識を向けていたようだった。


 だが、街は簡単には入れさせてもらえる訳ではないようで。


「メルの頼みとはいえ立場的にも、ただで関所通す訳にはいかないのにゃ」


「その、条件とは……?」


「メルの手伝いをして欲しいにゃ」


 条件なんて言うものだから、どんな事をされるかと思いきや、そんな大した事ではなかった。


 何でも、メルルは孤児達の面倒を見ているらしく、街の外に居たのも孤児の子達の為だという。薬草や食用の植物等は買うより取ってきた方が節約できるから、という理由で外に出ていたらしい。街の外には魔物も居るかもしれないというのに、何とも豪胆な性格の持ち主だ。


 確か僕がここまでの道のりで見た魔物の類は、遠く離れた森の近辺にいたゴブリンくらい。それ以外では確認できなかったから、街の周囲ならばそれほど危険という訳でもなさそうだが、やはり一人で出歩くには不適切だろう。


 ルーンと同じ結論に至った所で、メルルを見つめていた彼女は僕へと振り返り、不適に笑った。


「メルは見ていて、とっても危なっかしいのにゃ。それに……キミにとっても、都合がいいのじゃにゃいか?」


 見透かされているようで、何となく気に入らない物言いだが、確かに街以外行く当てがない僕にとって、魅力的な話に変わりはない。手伝いとはつまり、メルルが街の外に出る際の同行者、といった所だろう。


 多少危険ではあるものの、メルルは転移できる魔法を持っている為、死んでしまうような事だけは起きないだろうと高を括り、その条件を呑む。


「────よろしくお願いします」


「いい返事にゃ」


 ルーンは満足げに頷くと、関所の門番の元へと向かっていった。


「い、いいんですか?」


 メルルが申し訳なさそうに気遣ってくれているが、結果的には問題ない。それどころか、むしろ万々歳だった。行く当てもない僕を引き取ってくれるようなものなのだから、拒否する理由もない。


「もちろんです。むしろ僕なんかでいいのか心配なくらいですよ」


「と、とんでもないです。とっても助かります」


 心配顔から打って変わった浮かべられた笑みは、純真無垢そのものだった。




■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■




「一応聞いておくが、キミは冒険者かにゃ?」


「冒険者、ですか?」


 門番の人と話をつけてきたらしいルーンは、戻ってくると早々にそんなことを話し始めた。


 冒険者、というと、そのままの意味合いで捉えるなら冒険をする人の事だろう。という事は旅人と似たようなものだろうか。だがゲームでよく使われるものの意味と同じならば、魔物を狩るなどの狩人と似ている意味を持っている事となる。


 狩人はともかく旅人なら近い境遇かな、なんて推測していると、冒険者の意味も分からないのかと呆れた表情で溜め息をつくルーン。


「……違うみたいにゃね。メルルは街の外に出る事がよくあるから、護衛として役に立ってくれるかと思ったんにゃけどなー……」


「そ、そんな。ソウさんに悪いですよ」


 メルルが申し訳なさそうな目で、ルーンに訴えかけるが。


「護衛を連れて行くにゃら、街の外に行ってもお咎めにゃしにゃよ?」


 と、言うルーンの言葉にメルルの表情は固まった。理由としては僕へ負担は掛けたくないが、孤児院の経営上できるだけ節約したい、といったところであろうか。憶測に過ぎないが、彼女の性格的に他人を優先するきらいがある為、あながち予測は間違っていないと思う。


 先程から冒険者になってくれないかにゃとばかりに、こちらに視線をちらちらと送ってくるルーンが気になるが、そもそもその内容は条件に入っているつもりで呑んだのだから、今更抵抗する事もない。


 未だ葛藤しているメルルには申し訳ないが、既に僕の中で答えは出ている。ただ問題として、魔物に勝てる程の力があるのかどうか分からない事が不安だ。


 昨日か一昨日か記憶は曖昧だが、少なくともあの巨体のゴブリンには勝てる気がしない。例えばでしかないが、まともに稽古を受け続けていたとしても、気後れするのは免れ得ないだろう。


 つまりはあれほどの怪物が、街周辺にも沸いて出る程に居るのかどうか。単にあのゴブリンだけが特別大きいものであったのか。そもそも一般市民同然の僕が、魔物相手に勝てる見込みはあるのかどうか。確認すべき点は多い為、不安を声という形に変えて伝える。


「確認しておきたいのですが、僕は魔物倒せるか分かりませんよ? それでもいいのですか?」


「それなら構わにゃいのにゃ。冒険者ににゃるまでの過程で護衛くらいできるようににゃるのにゃ」


 申し出を受ける前提の僕の言動に満足したのか、若干口角がつり上がるルーン。冒険者になる為には訓練や資格は必要なのかな、なんて頭の片隅で思考していたが、どうやらその通りらしい。


 戦う術を身につけなければこの世界では生きていけない────ここへ辿り着くまでの実体験から学んだ常識。今は戦えるだけの力が無くとも、冒険者になる事でその力が得られるというならば、この機会を逃す訳にもいかないというもの。


「冒険者、なりますよ」


 言質は取ったと言わんばかりに瞳を輝かせるルーン。メルルも申し訳なさそうにしながらも、嬉しいのか微笑みかけてくれる。それぞれの反応を見せる彼女等に笑みを返しつつ、自分の放った言葉の意味を噛み締めた。


「冒険者になるまでは、街の外には出ないで欲しいのにゃが……メルの方が無理そうにゃし、ある程度の近場にゃら出入りできるように、話を通しておくのにゃ」


 早速とばかりにルーンが事を進めようと動き出すルーン。何とも早い仕事だと感心するのも束の間、ふと疑問に思う事が浮かび上がり、彼女に問いかける。


「それなら、冒険者じゃなくても護衛は出来るんじゃないんですか?」


「そうにゃけど冒険者の方が何かと便利なのにゃ」


「便利、ですか」


「そうにゃ。ともかく取れる時に取っておくのに損は無いにゃ。それで冒険者ににゃる為には、街の魔法学園に通って、修了証を貰わにゃいといけにゃいのにゃ。学園で実力を付ける事もいいのにゃ?」


 何が便利かは教えてはもらえなかったが、自分の実力を試せるって意味では、学園に通う事は好都合という事は再認識した。確かに冒険者になるまでで不利益になる事は無さそう────むしろ利益しかないのだから、僕が気にしなくても問題ないのだろう。


 しかし学園と言えば、最低でも三年間くらいは通わないといけないような固定観念がある。もしかしてこの街の学園とやらは、短い期間で卒業ができるのだろうか。そうでないと彼女の為に冒険者になるのに、数年かかる事になる。


「学園って……冒険者になるまで相当時間が掛かるんじゃないんです?」


「珍しくメルが、キミの事気に入ってるみたいだから、この際仕方にゃいのにゃ。昔から勘が鋭いというかにゃんというか……人を見る目だけは間違いのにゃ」


 時間がかかる事は否定していない。そうなると、数年間は覚悟しなければならない、という事だろう。魔物と対抗する力を身に付けるのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。ともかく、長い期間をかけてまでメルルに護衛をつけるということは、彼女がよほど心配なのだろう。


 しかし、信頼も窺える。


「学費は、こっちでにゃんとかするにゃ。言ってくれれば、他に必要な物も揃えるにゃ。メルに迷惑かけるわけにもいかにゃいしね」


「やけに至れり尽くせり、ですね」


「さっきも言ったけど、それだけメルは人を見る目があるのにゃ」


 一応信用はしてくれているのかな、と浮かれる心。ルーンのメルルへの信頼が大きいからこその発言だと分かっているが、それでも僕を許容してくれた事実を嬉しく思う。何となく気恥ずかしさを覚え、頬を掻く仕草が自然と行われてしまった。


 ともかく護衛をする為にも武器が必要だ。彼女の言葉通り、用意してくれるというなら自分の扱い慣れている物の方がいいと判断する。ただ、ここに存在するなら、だが。


「それじゃあ、早速で悪いんですが────」


 微かな期待と罪悪感を伴って、その名を告げた。

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