39話 役目
いざ本題へと、ロゥは再び口を動かし始める。
「やっておきたい事は二つあるッス。先ず一つ目は龍族大陸に居る仲間を助ける事ッスね。使い魔で調べた限りでは、どうやら自分達の行動は既に過激派側には知られているようッス。仲間の彼女も自分達と同じような立場ッスけど、彼女は一人ッスからいつ抑えられるか分からないッスね。早急な対処が必要ッス」
気持ち足早に説明をしているように聞こえたのは錯覚か。ともかくとしても彼の言った状況は、僕達はここで悠長にしている場合ではないと、明言されているようなものである。
「二つ目は姐さん──セルナさんに協力を申し出る事ッスね」
「セルナさん、ですか?」
彼女の名前を耳にした刹那、反射的に何故と疑問を抱いてしまい問うたものの、聞いた後になって、彼女が過激派に加担している可能性を考慮していなかった事実に思い至る。
キルアが居るこの状況下で、関係性を明かさせるような真似は些か不注意が過ぎたと面持ちを歪ませた。
しかしながらその不安は、無為なものへと昇華する。
「姐さんは数少ない自分達の理解者だからッス。姐さんもゼルス様方の時代を知っている上、魔法に長けているッスから、願わくば協力して頂きたいところッス。しかし、いくら自分達を理解してもらっているとは言え、姐さんは過激派に加担している訳でもなければ、魔族ですらない訳ッスから、無理強いはできないッスけどね」
彼によれば、どうやらセルナとは本当にただの旧友らしく、結論を言ってしまえば、一部の人族と魔族が友好的な関係を築いていた時の知り合い、というだけであった。だが彼女の素性を知ったところで、一つ疑念を抱くべき点を思い出す。
それは僕に掛けられた呪いについて。
彼女に関しては、最初から呪いを掛けた候補としては意識的に除外していたが、もしかしたらと逡巡した事があった。その事があったせいで、今頃になってぶり返した訳である。
呪いの存在を知った時点では、ロゥ達が呪いを掛けたんじゃないかと結論に達していたものの、よくよく考えてみれば今のこの状況を望んでいたのならば、わざわざ不信感を抱かせるような真似は避ける筈。よって彼等が呪いを掛けたとは断言し難い。
だとするならば、セルナに疑いの目を向けなければならないのだが、彼女は魔族ですらないときた。つまり僕に呪いを掛けた人は別人である事が予測される。
ただ、ロゥ達が少し違った事の推移を狙っていたのならば、呪いという手段は有効なのかもしれない。脳内で可能性の話を広げるも、推測の域を出ない為、後でロゥに尋ねておこうと決める。
僕が考え事に耽っている内に、ようやく話は本題へと移り変わった。
「さて、この二つが優先的に行う事になるッスが、一つ一つを全員でこなすのも効率も悪いッスし、何より目立つッスからそれぞれ別行動したいと思うッス。龍族大陸へ仲間を助けに行く組と、中立大陸へ姐さんに協力を申し出る組、後はノルン様とキルア様、穏健派の方々を守る組ッスね」
ロゥがそれぞれの役割で組分けすべきと提案すると、傍観に徹していたルーンが声を発する。
「それにゃら一人、ちょうど良い人材がいるのにゃ。そこそこ戦力ににゃる筈にゃから、こき使ってほしいにゃ」
当の本人の知らないところでこき使われる運命が確定してしまったのは、ご愁傷様としか言えない。
「それは有り難いッスね。龍族大陸とノルン様達の護衛は襲撃に遭う可能性も考慮して、それなりの戦力は確保しておきたいッスから。なので、シギルさんと自分は龍族大陸へ、ルゥとセフさん、後はルーンさんのお知り合いの方はこの屋敷で護衛、ソウくんとルーンさんは中立大陸へって感じッスかね」
手際良く、重点的に龍族大陸と護衛に戦力を割いた配置をするロゥ。言外に戦力外通告されているようで些か気に病むも、適切な人員配分だと納得する事とする。
「行動開始は早い方が良いッスけど、流石に色々有りすぎて疲れている方も多いと思うッス。だから龍族大陸へ行く自分とシギルさん以外は、この屋敷でしばらくお休み頂きたいッスが……お屋敷の方はそれでも大丈夫ッスかね?」
残念ながら屋敷の管理者はこの場には居ない為、キルアが彼の問いに代弁した。
「問題ないだろ。屋敷自体に認識阻害と何重にも障壁の魔法を掛けてあるから、そうそう襲われる事もない筈だ」
「心強いッス。シギルさんもそれでいいッスか?」
「えぇ。いくらアイネス様がお強いとしても限度があるでしょう。早急に対処しなければならない以上、寝てなどいられませんからね」
「了解ッス。決めるべき事は決めたッスから、後は行動に起こすのみッスね。じゃあ申し訳ないッスがシギルさん、準備が整い次第よろしくお願いするッス。他の方々は不明点等あったら遠慮なく言って欲しいッスが、何かありますッスか?」
全員とも異論反論は無いようで、片時の沈黙が訪れた。それを正しく了承と受け取った彼は、おもむろに頷き、解散の合図を声にした。
「では申し訳ないッスが皆様、護衛とセルナさんの件はよろしくお願いするッス」
彼の言葉に僕達は、請け負った意を示すべく、頷く。その様を視界に入れた彼は満足そうに微笑みながら、シギルと共に部屋から退室していった。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
ロゥとシギルが部屋を出てからしばらく。既に部屋には僕、キルア、ノルンの三人しか居なかった。他の人達は、準備や疲れを癒やしに部屋へと戻っていった。
当然、僕も何時でも行動できるように備えなければならないのだが、その前にノルンに言っておかなければいけない事と、やってもらいたい事があり、ここに留まっている。
言うべき事は、僕が一度元の世界へ帰ったにも関わらずまた戻ってきた理由。やってもらいたい事は、解呪だった。
まず始めに、理由について無駄な部分は端折って説明をしたのだが。
「ソウくんがそんな事をねぇ……」
「あぁ。何とも恥ずかしい言葉を律儀に並べてくれたよ」
見事にからかわれた。
「あの時はちょっと、精神が不安定だったというか……あまり蒸し返さないでもらえると、助かるんだけど……」
非難の声を上げるも素直に聞き届けられる筈もなく、二人の口角は下がらない。
「私も見てみたいなー。ソウくんが恥ずかしがりながらも、私達を慕ってくれるところ」
「俺はしっかりと目に焼きつけたが、もう一度見てみたい欲求はあるな」
「性格悪いよ、二人とも……」
顔が熱を帯びている事が、嫌でも分かる。羞恥心のみで構成されたそれは一向に冷める気配もなく、むしろ未だに温度が上昇しているようにも体感した。
まともに二人の目を見れない現状に必死に耐えるも、彼等は嬉々として見つめてくる。
しばらくの間の拷問に、ついぞ我慢の限界を迎えた為に僕は、目を逸らしながらも強引にやってもらいたい事の話題へと持っていく。
「そ、それより、ノルンにお願いしたい事があるんだけど────」
しかして、この願いは難関を突破しなければ叶えられないようであった。
「ソウくーん? 人に物を頼む時は相手の目を見て頼まないと駄目だよー?」
全く以て正論である故に、反論できない。赤面など誰が得をするのかと、内心で悪態をつきながらも注意された通りにノルンを直視して、頼み事を打ち明ける。
「──解呪、を……してもらいたいのですが……お願いできます、でしょうか……」
我ながら何ともこそばゆい物言い。無意識にも途切れ途切れとなった言葉からも、その恥ずかしさの度合いも分かるというもの。
この場から逃げ出したい強い衝動に駆られるも、そうもいかないと恥辱に耐えてしばらく。
やがて二人にしても居心地の悪そうに、顔を背けた。恥の念が伝播したかのように、キルアとノルンの頬にも僕と同様の朱色が差す。
「キルキル、私、何かいけない事をしているような気分だよ……」
「同意だな……」
三人で赤面を晒すという、端から見れば関わらない方が身の為だと判断されかれない状況に、何としても雰囲気を掻き消す他無いと確信する。
よって強引ながらも、話を急き立てる事とした。
「とにかく、お願いします……」
「う、うん。元々そのつもりだったし、気にしないでいいよ」
依然としてもどかしさが残るも、僕の意図を察したのか話に乗ってくれたノルン。これ幸いと意識をそちらに向け、恥辱をなかったものとして振る舞う。
「それで、僕はどうすればいいのかな?」
彼女に問い掛けると同時に、キルアがおもむろに針を取り出す。彼から手渡されたそれを、何の躊躇なく指に突き刺して、体外に少量の血液を漏れ出させる。
「ソウくん後ろ向いて?」
一体何をするのかは分からないが、言われた通りに背中を見せた僕。すると彼女は、僕の首筋付近に血の付いた指を押し当てた。
少しばかり冷たい彼女の指が突如として触れた為に、驚いて体が反応してしまう。変な声が漏れ出なかったのは不幸中の幸いであるが、恥の上塗りである。
「ふっふーん? ソウくんは首が弱いのかなー?」
「……驚いただけですので、気にしないで下さい」
反応を見逃してはくれなかったノルンに、懇願するしか選択の余地はなかった。
何時になったら終わってくれるのだろうと、始めて間もないのにやつれる。だが、彼女の指が僕の体温と同じ温度となった頃にはもう、事は終わっていた。
「はい、これで大丈夫だよ。といってもまだ完全には解呪されてないけどね。でも時間が解決してくれるから、ここに戻ってきた時には治っていると思うよ」
「あ、ありがとう。助かりました」
「うん。無事そうで何よりだよ」
ようやく呪いの呪縛から解かれ、心なしか身体が軽くなったような気もする。
ただ、呪いのせいで非魔法なる力が使えなかったと言っても、困る程に必要になった訳でなく、もとより使わないと決めた後である為に使えるようになった事は、さほど意味はないように思えた。
呪いによる死の危険性が失われた事には、とても意味があるのだが。
気に留める状況が改善された事で気が楽になると共に、ふと呪いの掛かった状態でも非魔法か使えていた時があったと思い出す。
確か魔剣探しに出掛け、鎖で拘束されていたルノを助け出す際の事だった。一度疑問に思ってしまったが最後、気になって仕方がない。故に二人に愚直ながらも尋ねてみる。
「そう言えば、呪いの掛かった状態で非魔法が扱えたんだけど、呪いにも発動する条件とかあるの?」
「あぁ。呪いに関して言えば、呪いを掛けた術者とその対象者は、一定以上の距離を離れると発動しなくなる。極論だが、もしソウが解呪しないで元の世界に帰ったとしても、大した問題じゃなかった筈だ。呪いに掛かっている状態だが効力は発揮しないってだけだから、身体に何かしらの負荷は掛かったままだろうが」
つまりは魔剣界で扱う分には、彼の言う一定距離の範囲外であるので使えない訳ではないという理屈だろう。術者がこちらに来ればその限りではないだろうが、何はともあれ構造が分かって何よりである。
そしていよいよ持ち出す話題が尽きたところで、満を持して眠気が襲い掛かってきたので、彼等に休息を取らせてもらう旨を申し出た。
「僕はそろそろ明日に備える事にするよ。二人もまだ万全とは言えない身体なんだから、しっかり休んでね。じゃあ、おやすみ」
「おう。留守番は任せとけ」
「おやすみー。ソウくんも疲れはちゃんと取るようにねー」
返された気遣いの言葉が耳に残響している内に、僕は二人を残した部屋の、扉を閉めた。




