31話 意志の剣
「魔物が居ないっていうのは、本当なんだね。ここの地下の入り口からして、いかにも魔物の巣窟って感じだったんだけど」
早速、足を運んできた場所は、聞いていた通りの地下。屋敷からはそんなに距離はなく、運良く過激派の一行にも見つかる事はなかった。
「魔物が紛れ込んでくる事はない事もないが、巣窟になる前に駆除されちまうな。シギルみたいな中立の立ち位置の奴らに」
過激派であるロゥ達とも親しげに接していた時点で、シギルの素性にはそれとなく見当が付いていたものの、キルアの語った彼の役所に納得する。
過激派は、よく彼等を取り込もうとしないなとも思案するも、そこは門の管理者という利点を使っているのだろう。彼の強さも拍車を掛けていると予想された。
「まぁ、もし襲ってきたとしても何とかなる。この灯り代わりに使っている魔法を、攻撃に転用すればいいだけの話だからな」
暗い洞窟内を照らす為に生み出された、光り輝く球体。魔法によって創造されたそれは、規則的にキルアの周囲で踊っていた。
前にシギルが実際に使ってみせた人探しの魔法も該当するが、つくづく非魔法ではなく普通の魔法が扱えればと悔やまれる程、大きな価値を有している。
「……キルアのその魔法も便利だよね。暗闇照らせるし、戦闘では目くらましにも出来そうだし」
光が彼の周りを浮遊する様を、目で追いながら呟くと。
「ソウにもできるんじゃないのか?」
至極当然のように言葉を返してきた。
「ノルンからあんな話聞いた後じゃ、気軽には使えないよ。命削ってまで、洞窟内を明るくしたい訳でもないし」
「ま、そうだな。──あぁ、大魔王様。私めにこんなにも便利な力を与えて下さり、感謝感激の至りでございます」
「いやみですか?」
「いやみだが? まぁ前提として、今の魔王なんぞには、忠誠も尊敬もしていないがな」
案外あっさりと自白し、加えて現魔王に対する暴言を吐いたキルアは、人を馬鹿にしたような笑みで、尚も魔王の悪口を叩き続けている。
「過激派の親玉、穏健派の敵だもんね」
「それもあるが────いや、そうだな」
逡巡を見せたキルアを疑問に思い、他の理由でもあるのかと尋ねたい所ではあったが。
キルアが言いかけて、それでも話を止めた事にはきっと理由がある筈だと、追及は止めておく事に決めた。代わりと言っては何だが、疑問で話題転換に試みる。
「ところで気になっていたんだけど、他の人がここの魔剣を先に持って行ったとしたら、もうその魔剣は洞窟にはない筈だよね?」
「まぁ、そうだな」
「今まで誰も取りに来なかった、っていうのも有り得ないだろうし……。現時点で、ここに魔剣があるのか疑問なんだけど?」
「それなら問題ない。どういう仕組みかは知らないが、一定期間、剣を刺してある筈の台座に剣が刺されていないと、新しい魔剣が生成されるらしい。原理については、シギル達に聞いてくれとしか言いようがないな」
しかもその台座は、魔剣界の至る所に配置されているらしい。まさにそれが、魔剣界という世界の名前の由縁なのかもしれない。
「なら良かった。無駄足にならなくて────ん?」
最奥へと歩き進めている途中で、ふと視線の端で何かが光ったような気がした。
「どうした? そっちはどうみても行き止まりだぞ?」
「うん。何か光ったように見えたんだけど……? 気のせいかな」
光の先へと合わせた視線を、前方に戻そうと捻った首を元に戻すと同時に。
『ちょっと、そこのキミ。声は聞こえるかい?』
光と全く同じ方向から、女性の透き通った声音が洞窟内に響き渡った。
「キルア、今の──」
「なんだ? まだ光が気になるのか?」
「声が……」
「声? いや、特に聞こえなかったと思うが……。自分の声が反響したんじゃないか?」
「うーん……」
明らかに自分とも、キルアとも違った声だったような気がするが。
数刻の沈黙。反響したとしても、ここまで長い間の静寂は有り得ないだろう────しかし。
『耳に届いてはいるようだね。取り敢えず、ここまで来てはくれないか?』
はっきりと、鮮明に、僕の耳朶を震わせた。先程と同じ、若い女性の澄んだそれだ。やはり光を目にした方向から、木霊をしている。
「やっぱり聞こえるよ。今のはキルアも聞こえたんじゃない?」
「残念ながら全く。にしても、その様子じゃあ空耳って訳でもって無さそうだな。どこからだ?」
「さっきの光の所だね」
「行き止まりだという事以外、変哲もない場所だが……一応、調べてみるか」
壁や床を注視しながら、行き止まりの地点まで歩みを進めるが。
「変わった所はないみたいだが……。ソウには何か見えたり聞こえたりするか?」
『壁に白い石のようなものが埋まっていないかな? そこを中心に、壁を破壊してもらえればいい筈だよ』
「壁に、白い石? があるみたいだから、その周りを壊してくれって」
「相変わらず俺には聞こえないが、ソウには鮮明に聞こえているようだ。壁だな、よし」
灯りを照らしながらしばらく探していると、真っ白い小石が壁に嵌め込んである場所を見つける。
「ここみたいだね。壊すみたいだけど──」
「俺がやる。離れとけよ?」
「うん。ありがとう」
キルアが壁に手をかざす様を眺めながら、崩壊に巻き込まれないように距離をとる。
「────ッ!」
魔法を行使し、亀裂が入っていく壁。零れ落ちていく石の欠片を傍目に、壁の奥に続く通路を確認した。
「本当にあったか。これでソウは嘘つきじゃないと証明できたな?」
「いつからそんな疑惑が湧いていたのかな?」
「嘘だよ。早く奥に進もうぜ?」
「……嘘つきはどっちですかね。まぁいいんですが」
闇に包まれる進路を見据え、声の主を探し始めた。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
「なんだ……ここ」
洞窟の奥へ奥へと進み、最奥と思われる開けた場所までやってきたのだが。僕等の眼前に広がった光景は、明らかに異様。
文字通り、壁の所々から幾つもの鎖が生え出ており、反対側の壁へとのめり込んでいる。白と黒の二種類に色分けされた鎖には、何か意味でもあるのかろうか。
「キルア、あれ──」
鎖を追っていくと部屋の中央に、鎖によってがんじがらめにされている銀色の剣が、宙に浮いているのを目にする。
「剣、だな。あれも魔剣なのか?」
「どうなんだろう。一応、魔剣の世界だから魔剣でなくとも、普通の剣では無いんじゃない?」
鋭く尖った剣先を見つめながら、推測を重ねていると。
『よく来てくれたね。こんな姿で申し訳ないけど見ての通り、キミに話かけていたのはただの剣である私だよ。期待させておいて悪いけど、魔剣でなくてごめんね?』
「……声、あの剣から発されているみたいだね」
「剣から声? という事は、意志でもあるのか」
「とにかく、鎖から解放してあげよう」
しかし言ってはみたものの、部屋中に張り巡らされた鎖をどう排除しようかと、手をこまねく。
『私を捕らえるこの鎖。少々特殊な物らしくてね。キミの扱う特別な魔法でなくては、壊せないみたい。もちろん、代償は私が請け負うよ』
どうしようかと迷っている姿を見かねたのか、助言をしてくれる彼女。何故、僕の魔法の事を知っているのか、そして代償の請け負う事など可能なのか気になったが、それは後々聞くとして。
「分かったよ。キルア、魔法使うから離れてて」
「ん? いいのか?」
「どうやら代償は肩代わりしてくれるみたいだからね」
「へぇ、それは有り難いな。その剣に寿命がないのなら、ソウの魔法も実用的になるな」
確かにそれができれば、非魔法を存分に使えるのだが。
『そこの男の子の考え程、上手くはいかないのは世の常だよね。私にも寿命はあるから、そう気軽には肩代わりできないよ?』
「残念ながら寿命はあるみたいだから無理だね」
「まぁそう上手くはいかねぇよな。よし、いいぞ」
ある程度の距離を保ったキルアの、遠くなった声を確認し、いよいよ邪魔な拘束物の撤去に取り掛かった。
「────壊すよ」
数ある鎖の一本に触れ、その先にある剣を見据える。そして、彼女を拘束する鉄の塊が弾け飛ぶ様を強く想像し、念じたと同時に、剣の周囲の鎖は勢いよく迸り、音を立てて地面に叩き付けられた。
『うん。助かったよ』
鎖がなくなり自由落下すると思われた彼女であるが、魔法でも使用しているのか縦横無尽に宙を舞っていた。
『ん──やっぱり久し振りに動くとなると、動きが鈍っているのを感じるよ。といっても、この姿になってからは、動いた事なんてないんだけどね』
まるで、以前は剣の姿などではなかったかのように物語る彼女。もし事実その通りであれば、本人の証言と状況から察するに、意図的にこの洞窟内で剣にされた上で拘束され、放置されていた可能性が高い。
前の世界ならばともかく、魔剣界においては突拍子のない妄言だと割り切れない現実が、その可能性を事実へと近付けていた。
『大きな借り、だね。こんな何もないところに、まともにお喋りができる子が来るなんて、幸運の一言に尽きるよ』
彼女は僕の前へと急降下して眼前に舞い降りた後に、剣の柄を差し出し媚びるような声音で、すり寄りながら自らを売り込みに来た。
『図々しいのは承知なのだけれども、もう一つ私からのお願い。キミ達、魔剣探しに来ていたようだったし、私がその魔剣の代わりになっちゃ駄目かな? 名前も無い魔剣よりかは、有能と自負しているのだけれど……』
もとより魔剣を手に入れようとする理由が戦力増強の為、何も魔剣でなくとも戦える力が得られるというならば、むしろ彼女の願いを聞き届けた方がお互いに得だろう。
「僕としては願ったり叶ったりなんだけど──」
「ソウさーん? 俺を置いてけぼりにして、二人で話し込まないでくれますー? 話の方向性が全く分からないんだが」
僕の独り言を聞かされ、状況が読めない様子のキルアが我慢の限界と薄目で非難してくる。彼をそっちのけで、彼女と対話に興じていた自分に非があり、申し訳なく思うものの、満面の笑みを以て謝罪の気持ちを代弁した。
それでも事の推移は伝えておかなければならない為、要約して現状を教える。
「端的に言うと、仲間になってくれるみたい」
「……仲間、ね。まぁいいんじゃないか? 使えるか分からない魔剣よりは戦力にはなりそうだしな。表現的には違和感を覚えるが……意識があるなら間違いでもねぇか」
どうやらキルアは、仲間、という言葉に引っ掛かりを感じるようで、顔をしかめながら返答。彼には剣という、物にしか見えない訳で、当然と言えば当然だった。
だが僕には、自分の意識で動き、喋り、感情すら持ち合わせている彼女を、どうしようとも物とは認識できない。
故に仲間で間違っていないと決定し。気持ちの問題でしかないが、それでも思った通りにすべきだと判断した僕は、仲間として受け入れる為に柄だけではなく、何時の間にか彼女が収まっている鞘にも手を添えて、両手で持ち上げた。
「うん。キルアからの許可が下りたから問題ないね。じゃあとりあえず、これからよろしくお願いしますって事で」
『はいはーい。こちらこそよろしくね!』
新たな武器というよりかは、仲間として加わった剣。彼女とは、現実世界に帰るまでの仲になるが、それでも新たな仲間というものは、新鮮で単純に嬉しかった。
「……何か、一人だけ置いていかれている感じが悲しいんだが」
洞窟内にキルアの声が虚しく響く様を見て、しかしながら彼と彼女との対話は難題だ、と苦笑いを浮かべながら、屋敷への帰路へついた。




