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魔法主義の世界で剣を極めます。  作者: あすたると
第一章 異世界と、現実と
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21話 闇の影

「ただいま帰りました……お客さん、ですか?」


 玄関先に置いてある靴の中に、見知らぬ靴が二足追加されていた。買い替えたにしては使い込まれた形跡が目立つ為、挨拶ついでに大広間にいたメルルに聞いてみる。


「ソウさん、おかえりなさい。えぇ、セルナさんの旧友の方々ですよ。偶にセルナさんに会いに来てくれるんです」


「旧友、ですか」


「今はセルナさんのお部屋にいますよ。久し振りに会ったので積もる話もあるのでしょう」


 挨拶はした方がいいと分かってはいるが、セルナの部屋に行くのも邪魔してしまうみたいで気が引ける。どうしようかと迷っていると、ちょうど彼女の部屋の扉が開き、中から出てくる人影が見えた。


 こちらに向かってくるセルナと、その背後に僕と同い年くらいの男女二人がついてきている。二人とも顔付きが似ているから兄弟だろうかと潜考しながら、声を掛ける瞬間を窺っていると。


「あら、おかえりなさいソウくん」


「た、ただいま帰りました」


 セルナの方から声を投げ掛けてきた。距離的には少し遠かった為に言い淀んでいた僕は、彼女の挨拶に気持ち大きめの声量で応える。


「ちょうどいいところに居たわね。一応、紹介しておくわ」


 僕とメルルの元へ、話しやすい距離まで近寄った彼女はおもむろに旧友の紹介を始めようとする。だが彼女の紹介の言い分に悪意を感じたらしき男性の旧友は、軽い口調で非難した。


「一応って酷くないッスか? 姐さん」


「はいはい。こっちの騒がしいお兄さんがロゥくん」


 残念ながら口調のせいか、彼女は意に介した様子も無く、ロゥと呼んだ男性を適当な扱いで紹介した。旧友という気の置ける存在故の行動だろうと理解し、目に見えて分かる仲を目の当たりにした僕は、キルア達と己自身の関係をその光景と重ねて眺める。


「納得いかないッスが……ロゥ=アンブラッス! よろしくッス!」


 渋々に引き下がった彼──ロゥは自己紹介を軽快に行った。


「それで、こっちの冷静なお姉さんがルゥちゃん」


「ルゥ=アンブラと申します。以後、お見知り置きを」


 続いた彼女──ルゥは礼儀正しく丁寧なお辞儀付きで自己紹介を行う。名前から見てやはり兄弟で間違いないが、どうやら性格までは似てないようだ。


 ロゥと名乗った男は、お調子者という雰囲気。地毛なのかは分からないが、髪色は赤く染まっており、語尾も誠実さを感じられない。加えて何が可笑しいのか、軽くつり上がった口角を下げない表情からは、より一層軽薄さが増す。


 それに比べてルゥと名乗った女は、ロゥとは正反対に真面目そうな人だ。髪色は彼とは違い紺色で、少し切れ目気味な目と丁寧な言葉遣いからは、ロゥのような軽薄さは感じられず、反対に誠実さが際立っている。


「ソウです。こちらこそ、よろしくお願いします」


「ほぉ、この子が姐さんの言っていたソウくんッスね。いやぁ、若いッスねー」


 僕が彼女に倣って同じくお辞儀も添えた挨拶を実行し、二人に挨拶を済ませたところで、すぐにロゥが珍しいものを見るように覗き込んでくる。


 若いと言われても、ロゥもルゥも僕と年はそう変わらないような容姿。年下だと言われても納得できる程に見た目の年齢は近い。


 感慨深そうに頷く彼と顔に苦笑いを貼り付ける僕をよそに、ロゥの言葉に引っかかったらしいセルナは不敵に笑った。


「あら、私も同じ学年なのだけれども」


「そういえばそうっ……じゃなかった。あー……姐さんは何というか、姉御肌なんスよ!」


 失言とばかりに少し焦った様子のロゥ。確かにセルナは、姉というような雰囲気を醸し出している事には同感ではある。


 しかし自分の姉らしさに自覚の無い様子のセルナは、不機嫌そうにロゥに問い質す。


「それは柄が悪いという意味かしら?」


「いやいやそんな滅相もない。頼れるお姉様って事ッスよ」


「どうかしらね」


 苦笑いで誤魔化すロゥに同情しながらも、関わって飛び火したら面倒だと、にこやかに見守る事にする。どうやら未だに僕と同学年という事実に違和感を覚える事は、彼女に秘密にしておかなければならないようだ。


 するとしばらく沈黙を守っていたルゥが、不思議そうに僕の得物へと視線を向けて呟いた。


「カタナとはまた珍しい物をお持ちですね?」


「はは……よく言われます」


「使いにくくないんスか?」


 ここぞとばかりに話題に乗ってきたロゥに、苦笑しながらも、


「まぁ、使い慣れている物なので」


 指先で刀に触れながら無難に言葉を返す。どうやらこちらの世界では剣と言ってもどれも短剣に近い物ばかりで、この刀ほど長い刀身の物は少ないらしい。あくまでも、取り扱いやすい護身用の剣としての意味合いが大きい故だろう。


 それ程までに魔法はこの世界に根付いているという事なのだろうが、刀身の長いものが好みな僕としては、少し残念。欲を言えば今持っている刀も、もう少し長ければと内心思っているのだが、それはルーンには内緒である。


 僕が内心で我欲を抱いている事を知る由もないロゥとルゥは、瞳を輝かせているかのように期待の目で射抜いてくる。


「なるほどッス。よかったら使っている所を見せてもらってもいいッスか?」


「私も興味があります。是非」


 断る理由が無い上、好意的に接してくれている彼等に突き放すような言動はあまりしたくない。よって僕は了承の判断をした。


「別に構わないですよ」


「そうと決まればさっさと近くの森にでも行くッス!」


「えっと、何故森に?」


 外で素振りでもすればいいのかと解釈していたが、どうやら違ったようだ。まさかとは思うが魔物との実戦を行おうとしている訳ではないだろうかと危惧。しかし彼の放った言葉は、不幸な事に僕の予想通りのものであった。


「もちろん、魔物を狩りに行くんスよ。姐さんいいッスよね?」


「ソウくんが構わないならいいと思うわよ。私も付いて行ってもいいかしら?」


「って事らしいッスがいいッスか?」


 森といえば、ラナの後をついていったら置いてきぼりにされ、帰り道に遭遇した魔物相手に苦戦したのも記憶に新しい。少し気が引けるような、それでいて再戦したいような複雑に感情が絡み合う。


 どうしようかと、何となく窓越しに外を覗くと日が傾きかけていた。


「いいですがこんな時間じゃ、着く頃には真っ暗ですよ?」


 森に行く事への拒否とも取れる旨の発言だが、注意しておかなければならない事実でもある。だがこの場においてそれは些細な問題にしかならず、無為とも呼べるものであった。


「それでしたら、私は転移の魔法が扱えるので問題ありません」


 転移という随分と便利な魔法の存在があった。確か使うにも感受性が高い人に限られていると聞いた気もするが、周りにこんなにも居るとなると希少性が窺えない。メルルとセルナの転移は実際に体感した上、ルゥも扱えるとなると、この場に三人も行使できる人が居る事になる。


 ロゥはどうか分からないが、ルゥが使用できている時点で使える可能性が高い。感受性の大安売りでもやっているのかと疑いたいくらいだ。何なら是非とも購入したいもの。


「そういうわけで出発進行ッス!」


 冗談混じりに思考している僕をよそに、ロゥの嬉々とした掛け声が広間に響く。それを合図に僕は、三度目の浮遊感を体験した。




■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■




「この辺で大丈夫でしょうか?」


「そうね。ここなら魔物も居るでしょうし」


 ここは確かキルア達と来た場所、授業で使っているとか言っていた場所だ。彼らと来た時は魔物どころか、生き物の気配すらしなかった筈なのだが。


 果たして本当に出てくるのか疑問だ。


「まだ気配はないみたいッスがね。よかったらソウさん、魔物が現れるまでの間、軽くカタナの扱いを教えてもらってもいいッスか?」


「もちろん──ってどこから刀出してきたんですか」


「こう見えて色々隠し持ってたりするんスよ! 弱き者は道具に頼る他ないッスからね」


 いつの間にやらロゥの左手には、僕の物とほぼ同一の刀が握られていた。彼は転移してくる前は身一つだった筈なのだが、どう隠し持っていたのか見当もつかない。


 これも魔法の一種なのだろうかと、便利な力を羨む。万能とまでは言わないが、応用の利く利便性に富んだそれを持ちながら、何故刀を扱えるようになりたいのか疑問だったが、彼の後に続いた言葉に納得した。


「刀を扱えるようにするのも、そのためだったりするんですか?」


「それもあるッスよ? 使えて損はないッスからね。だけど興味本位が上回る感じッス!」


 弱き者かどうかはおいておくとしても、彼が言う通り多芸である事に損はないだろう。彼自身も自覚しているようだったが、素直に本能が使ってみたいと叫んでいる様子であった。


 いよいよ興味に負けたのか、おもむろに刀を抜き放ち刀身を眺め始めた彼。その姿に幼い頃の自分の姿が重なり、自然と笑みが零れてしまう。豊かな感情そのままに、彼に持ち方から教え始める。


「持ち方は両手で持って、右手が上で左手が下です」


「こうッスか?」


「手の間隔をもう少し空けて、手首はこうやって柄の線上に揃えるように手の甲側に反らせます。握り方は小指と薬指を締めて──」


「な、なるほどッス。しかしカタナっていうのは両手で持つ武器だったんスね」


 僕が少し熱くなり始めたところで、それを察知したらしいロゥが大きめの声量で鎮火を行った。彼の意図を汲み取った僕は、反省しながら彼の持ち出した話題に乗る。


「片手で持つ人も居ますよ? 父から教わった剣術も我流とかで、片手持ちの型も多かったですし……」


 言われれば父からからは、ちゃんとした“一般的な剣術”を習った事はなかったのかもしれない。あくまでも我流を貫いていた父と、その背中を見て学んだ僕の剣術。そう考えれば僕の流派も、正確には我流の分類に入るだろう。


「今は両手みたいですが、ソウさんもお父上とは別の我流? なのですか?」


「いや、これは一般的な持ち方だと思いますよ。正式な型をちゃんと学んだ訳ではないので、これが正しい持ち方なのか確信はないですがね」


「カタナにも剣のように型が複数あるんスね。感慨深いッス! よかったら我流、とやらを教えてもらってもいいッスか?」


「ええ。それはもちろん」


「ちょうど良く魔物も出てきたみたいッスし、お手並みを拝見させて頂くッス」


 気付けば森の奥から、狼型の魔物が顔をのぞかせていた。この森は魔物が居ないと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。昼頃に出なかったのは夜行性だったからだろうか。


 それはともかくとして、今は目の前の敵に集中する事にする。


「そんなに期待しないでくださいよ? 実戦で使う機会なんて全然なかったですし、初めてみたいなものなんですから」


「グルゥゥゥ……」


 低く呻き声を上げ、威嚇しながら臨戦態勢になる魔物。


「──魔法に注意、最後まで油断しない、不自然な足場にも気をつけて……よし」


 以前の失敗、注意点を再確認して、刀を正眼に構えると同時に。


「ガァ──ッ」


 以前と同様に馬鹿正直に突撃してきたと思ったら、眼前で跳躍し軽々と僕を飛び越える挙動を取る。


 早速変な動きをしてくれると内心毒づき、それでも奇抜な動きをする魔物に視線を合わせながら、相対する為に身体の向きを反転させる。その途中で、滞空中の魔物は空を蹴り、牙を立てながら突撃してきていた。


 万全とは呼べない体勢で襲われた為に、またしても脅威と己との間に割り込ませざるを得なかった刃。獰猛な牙と激しくぶつかり合い、剣戟のように音を立てる。


 注意しておくように自問したのにも関わらず、この有様。全く持って不甲斐ないばかりである。


 本来ならば、刀をこのように扱えばすぐに使い物にならない物となってしまうが、ルーン曰わく魔素によって強度が増している為、そうそう刃こぼれもしない。それでいて特有のしなやかさも損なわれていない刀。


 だからこそできる芸当に感謝しつつも、いくら強度が増そうが受け過ぎると刃こぼれもしてしまう為に、扱いに気を付けておく事にする。


 鍔迫り合いのようなこの状況で力比べに持ち込む訳にはいかず、押される力に出来る限り逆らわずに刀への負担を減らす。一瞬の隙を見て牙の猛威を逸らせながら、お返しに口元から胴へと切り裂いてやる事に成功する。


 交差した後に流し目で状況を確認すると、不自然に隆起した岩を足場に体制を整え、既にこちらに突進してきている魔物。しっかりと相手の位置を確認してから、足を踏ん張り慣性に逆らい、返す刃で一閃。


 しかし剥き出された牙によって弾かれ、有効打とはならない。


「おぉ。なんか戦っているって感じッスね!」


 興奮状態のロゥの言動は、今の僕には少しばかりやかましい。戦闘中だというのに自分の中ではそんな風に感じている僕も、集中しきれていないと自覚して意識を全て魔物へ向ける。


「──っ!」


 数多の攻防の中、牙を剥き出し真っ直ぐ突っ込んできた魔物に、横薙ぎに刀を振るう。


 だが僅かに頭を下げ、斬撃を紙一重で避ける魔物。


 刀を振り抜いた僕は、刀の勢いのせいで回避行動はままならず。獰猛な笑みが顔に刻まれた獣は、刃物のような爪で僕を切り裂こうと迫る。

 

 ────ふと既視感を覚えた。


 初めて森に来た時。一人森の奥へと向かうラナに付いて行ったら置いてけぼりを食らう羽目になり、その帰り道に遭遇した魔物との戦闘の際の記憶だ。


 この状況をどう打破するか。同じく爪を薙ぐ行動を取ってきた魔物の対処は。あの時は身体を反らせ、なんとか回避できたのだが、今は同じようには動けない。


 ならば、どうすれば危機を回避できるのか。


 一瞬が引き延ばされたように加速する思考。危機が迫り来る中で、頭の片隅で主張し続けていた一つの可能性が、ここぞとばかりに打って出てきた。


 ラナが背後からゴブリンに襲われそうになった時、時が止まったのは何故か。


 重傷を負った筈の右腕が既に完治しているのは何故か。


 答えは明白である。


 代償の痛みも痺れも、二度と受けるのも嫌だが────死よりも怖いものは無い。


「──っ」


 意を決し、時が止まる事を願った瞬間、今にも肌に触れそうだった魔物の爪が寸前で静止した。微風になびいていた魔物の毛がその場で固定され、一本さえも動かない光景。世界の理さえも無視したその力は、まさに異様の一言に尽きる。


 だがそれよりも異様な事柄は────音が消えた事だ。


 周囲の時が止まっているようなものなのだから、音が聞こえなくなって当たり前だろう。だが唯一動ける自分の、荒くなった息遣いが。走る心臓の鼓動が。以前使用した時には聞こえていた音が、聞こえてこなかった。


 これも力を使用した際の弊害だろうか。そうなると頭痛、痺れという触覚の代償に、聴覚への障害が加わる事態となる。前に体感した二つの代償に比べれば大した事はないが、聴覚に異常を来す代償の存在が明らかになった事で、他の五感への障害が発生するのは明確であろう。


 嗅覚、味覚、視覚が、他に犠牲となる可能性のある五感だが、中でも視覚への弊害は致命的だという事は想像は難くない。


 使用経験はまだ少ない為、未だに代償の選定基準は分からず、何故、何故と考えても、音の無い不気味な現状に答えを返す者は居らず。


 悩みに徹してしまう前に今のこの状況を一刻も早く終わらせようと、刀を両手で握り直す。自分の声どころか、刀が空を切る音さえ発しない中、僕の刃が魔物の胴を真っ二つに切り開く。


「──ガッ」


 それと平行して魔物は時間の呪縛から、僕は音の呪縛からそれぞれ解放される。その瞬間、音が戻った世界に魔物の断末魔が響いた。


「はぁ──」


 音が戻った世界に、ようやく自分の声が届く。異常な現象はなくなり、戦闘に勝ったには勝ったが、やはりどちらも納得はいかない。戦いに関しては時が止まる現象に頼り切った上での勝利。苦勝と表現するのが適切であろう。


 この力が無ければ、どうなっていたんだろうか。疑問を囁くが、その答えはとうに分かり切っている。


 死、だ。


 それを自覚すればするほど、身体が強張っていく。自分という意識が消え失せる事が怖いのか。はたまた、未知という体験に怖じ気づいているのか。


 死の恐怖の原因は知らないが、死を身近に感じた事によって、怖い事なのだと強く体感した。


「いやぁ凄いッスね! 特に最後のは速過ぎて何も見えなかったッスよ!」


「確かにこれは……驚異的、ですね。ロゥは真似できないでしょうが」


 ロゥとルゥが、興奮気味に話す。ロゥは元からだったが、先程よりも増して、うっとおしい程だ。


 簡単に考えれば、ロゥ達の時間は止まっていて僕だけが動けているのだから、彼らの時間が再び動き出せば僕がとてつもなく速く魔物を切り捨てたように勘違いするという事だろう。


「反論したい所ッスけど、あの速さを見せられちゃとてもとても。シギルさんならいけるんじゃないッスか?」


「彼ねぇ……できない事はないでしょうけど、あれ以上強くなられたら困ってしまうわね」


「それは言えてるッスけど……っと、すまないッス。個人的な話進めちゃって」


「……いえ、構わないですよ」


 半分は聞き流していたが、ロゥの言っていたシギルさんは、とても強い人だという事だけは分かった。


「そろそろ暗くなってきますし、さっさと帰ることにするッス」


「そうですね。もう暗く────」


 突如として、全身に寒気が走った。


「────」


 聞こえない。風の騒ぐ音が消えた。


「────」


 聞こえない。こちらに話し掛けてくるロゥ達の声が消えた。


「────」


 聞こえない。“無”が訪れた。


 意識が朦朧とし、目を開けている筈なのに目の前は真っ暗に染まり始める。これも魔法の副作用だろうか、などと悠長に考えている暇もなく。


 黒く染まりきった視界は、次第に無意識という闇の景色を捉えていた。

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