13話 護衛
「では、行きましょうかっ」
いつもの修道服に農家の人が使っていそうな篭を背負うメルルが、準備万端とばかりにそう意気込む。僕は何とも不釣り合いなその姿に思わず笑いが漏れてしまい、彼女の拗ねた表情を引き出してしまった。
「な、なんでしょう? おかしな所でもありますか?」
「いや、何でもないですよ。ただ可愛らしい格好だなと思いまして……」
意図して手で口元を隠した上で咳を繰り返し、にやけ顔を晒さないように留意しながら笑いに堪えている僕。比較的自然な形で耐える僕であったが、不自然な程に続けている為、頭の上に疑問符が浮かんでいるかのような表情になっているメルル。
笑いが止まらなくなってしまう前に、彼女を目的地へと促す事とする。
「準備は万端のようですし、早速行きましょうか」
「そうですねっ。それでは────」
何時もの笑顔に戻ったメルルが僕に右手を、左手はセルナに差し出してきた事実に、今度は僕が疑問符を浮かべる番であった。皆で楽しく手をつないで行きましょうと言う事だろうかと愚考するが、そんな訳ないと脳内で完結させる。
結局訳が分からず彼女の顔を見やるが、再びきょとんとした表情で、むしろ僕の方がおかしい反応なのだろうかと不安に駆られる。彼女の左手がセルナと繋がれている点からしても、それが助長された。
セルナの方にも顔を向けると彼女も一瞬分からないような様子であったが、ふと何かに気付いたように体を跳ねさせ。そして良い事を思いついたかのような微笑みを零すその姿に、僕はただただ気後れしか覚えなかった。
嫌な予感しかしないこの状況に、何をやらされるんだろうかと身が強張る。
「メルちゃん、私がやるわ」
「そうですか? じゃあ、お願いしますね」
「さぁ、握って?」
メルルは手を引っ込め、今度はセルナが僕へ左手を差し出してきた。二人の間で意思疎通が行われたようであるが、僕は何の事だかさっぱり理解できない。
仲良く一緒に行こうという意味でしか捉えられず、あまつさえ女性を待たせている状況にあるというのに、勇気を出して誘いに乗る事ができない自分の拙い思考回路と決断力が情けない。それが不信感の残る相手だとしても。
「早くしないと置いて行っちゃうわよ?」
セルナに急かされ追い詰められた状況に苦悶の表情を出しながら、恐々としつつその手を握った。
「じゃあ────転移」
どこからともなく現れた光が僕達三人を包み込み、視界を光で埋め尽くした。
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「あの……普通に門くぐれば良かったんじゃ……」
転移してきた場所は、門から少し離れた所の木陰だった。僕は何故、転移して外へと出たのかが不明でそう尋ねた。
「あっ……す、すいません。忘れていました」
メルルは今気付いたらしく、どうやら失念していただけらしい。ルーンの言葉からして元々一人で街の外へ出ていたようだし、その際の癖なのだろう。ルーンに見つかれば怒られるだろうにと気の毒に思いながら、その姿を想像してにやけてしまう。
もう一方のセルナは、恐らく気付いていた上での行動だったのだろう。からかうような彼女の行いに、若干の批判の色を含めた視線と言動を以て問う。
「あの……セルナさん? セルナさんは普通に門を通っても問題ない事に気付いていたような気もするんですが……勘違いですか?」
「ふふっ……どうかしらね? 尋問でもしてみる?」
未だに繋がれた手が握り直され、指を絡ませてくるセルナ。彼女の思っても見なかった行動に不覚にも心が跳ねてしまい、顔の表面に熱が籠もってしまう。そんな恥ずかしい光景を当事者であるセルナに目撃されてしまい、更に羞恥へと陥る。
「かわいい反応ね?」
こういった事に全くといっていい程に耐性のない僕が、まるで小悪魔のような、挑戦的な微笑みを向ける彼女に対しての上手い返しが咄嗟に思いつく筈もなく。
「…………早く集めちゃいましょう」
恥ずかしさを受け入れながら、事を先に進めるしか行動を起こせなかった。
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「ところで前々から聞きたかったんですが、魔法ってどうやったら使えるんですか?」
薬草採集の手を止める事なく、暇つぶし程度の感覚で質問を投げ掛ける。僕にとっては、本気で知りたい事柄の一つであることは間違いないのだが。
しかしこの質問は些か注意の足りないものであったと、言った後になって気付く。この世界での魔法というものの価値も分からないというのに。
もしかしたらこの世界での魔法というものは、ごく一般的に扱える生活の一部のようなものなのかもしれない。そうだとしたら魔法の使い方も知らないような僕は、明らかに異常者だろう。
危惧している事が現実にならないよう祈りつつ、問いの答えを待っていると。
「簡単に言えば『想像力』と『魔素』さえ
あれば、誰でも使えるわ。理論上だけどね」
拍子抜けする位にあっさりと説明を口にしてくれた。
己の無為な緊張感とその滑稽さに呆れ返り苦笑が漏れそうになるが、今それをしてしまったら相手を馬鹿にしているように見られてしまう。そう思い至った僕は考えを一掃して、セルナの話に耳を傾ける。
結果として説明を聞いた限りでは、『想像力』は文字通り発生させる現象を想像する事。加えてその現象の発生させる座標の視認をしなくてはならないらしい。
『魔素』は言わば魔法の源で、例外は存在するものの至る所に存在するし、これがないといくら想像しても何も起こせないらしい。
取り敢えず魔法を起こしたければ、『魔素』のある場所で、起こしたい魔法を想像すればいい訳だ。納得し、ならば僕でも魔法というものが使える可能性がある訳だ。
実を言うと、僕が傷を追った筈の右腕が治ったあの現象。あの時は冷静に考える事ができずに、奇跡の力だなどとほざいてしまったが、もしかしてあれは魔法なんじゃないかと遅蒔きながら朝食後に思い付いたのだ。
護衛の支度の際に、特に準備する事がなく支度の手伝いも断られてしまった為に発生した空き時間。それを利用して、試しに外で土関連の魔法でも使ってみようと試みた結果。
成功、と言われれば成功。失敗と言われれば失敗という、何とも不甲斐ない結果を残す事となってしまった。
その時は地面の土を盛り上げるように想像してみたのだが、実際にその通りにはなった。口角を上げ成功だと喜んでいた僕であったが、土はどういう原理でこんな様になったのだろうかと、盛り上がった土を踏みつけたところ。
盛り上がった土に触れる事はできず、踏みつけようとした足は、周囲と変わらぬ標高で足音を鳴らした。結果から言ってしまうとつまり、その盛り上がった筈の土は全て幻影であった、という事である。
一見すれば魔法っぽいが、はっきりしない結末に少し残念に思っていると、今更になって手足の痺れというおまけが付いてきた。狙ったかのような頃合いに気分はだだ下がり。護衛に専念しようと意識を切り替えたところでメルル達の支度が終わり、現状に至るという訳だ。
この出来事を踏まえると、僕が使った力は少なくとも魔法に似た何かである事が窺える。
現にセルナが転移の魔法を使った際、頭痛や手足の痺れらしき症状は見られなかったのも、その結論となる原因。
少なくとも症状が起きれば、我慢しても顔をしかめてしまう程度のものだからだ。屈強な男戦士とかならいざ知らず、同年代か少し年上程度ではとても無視できる痛みではないだろう。
ただ幼い頃から魔法を使っているせいで、痛覚に慣れている可能性もある。自分の知らない世界はこうも可能性の幅が広いのかと思い悩んだ。
ともかく僕の力が魔法でないのなら、別の力として魔法という力が扱えるかもしれないと希望を抱きながら意識を現実へと戻す。
「因みに、魔法を使う事に躊躇したりする事ってありますか? 使うと頭が痛くなったり……なんて」
力を使う際の代償。僕の力と魔法が別物である事を裏付ける為の質問である。そして期待通りの返答が二人から返ってきた。
「必要なものは魔素と想像する力だから、体調が悪くなる要素なんてない筈なのだけれども。メルちゃんもそんな事はないわよね?」
「私はそうですね……。噂話程度で良ければ、精神的に負荷が掛かっている状態で自分に何かしらの魔法を使おうとしたところ、想像した魔法とは違う魔法が自分に掛かってしまったという話は耳にした事はありますよ? 何でもその時に掛かってしまったのが、常に痛みを感じるようになるものだとか」
「そうですか……。何か、変な事聞いてしまってすいません」
メルルから聞いた魔法による事故は気の毒であるが、僕の場合はその事例には当てはまらない。だとしたらこの力は何なのだろうか。頭痛や痺れを誘発させる事が無ければ充分過ぎる程の力なのだがと歯噛みするが、文句を垂れたところで得する事はない。
頭の中でそんな潜考を繰り広げながら、変な質問をしてしまったと謝罪した。
「いえそんな、私は全然気にしていないですよっ」
「私も構わないわ。むしろ知らない事は積極的に聞いて頂戴? 私が知る限りの情報はいくらでも教えてあげるから」
「あ、ありがとうございます。何とも……心強いです」
二人の優しい言葉に安心するが、どうしてもセルナの言動には意図があるのではないかと詮索してしまう自分。素直に受け取るべきだと分かってはいるが、昨夜の事が頭から離れず難しいものだ。
悩まなくてもいいような事に悩みながらいると、大分前に説明された、『想像力』の条件に違和感を覚える。これ幸いと気を紛らわせる為に次の話題を持ち込む。
「えっと、それでさっきの話に戻るんですが、条件に座標の視認っていう事ですが、ここに来るまでに使った転移っていうのはどうやっているんです?」
先程の転移というのも『想像力』の現象の想像はともかくとして、座標の視認は不可能であっただろう。だとしたら魔法を使う為の条件は満たしていない筈であるがと考え、問う。
「厳密に言うと、視認でなくても現象を発生させる地点の、状態の把握ができていれば魔法は発動させられるのよ」
質問の意図を汲み取って、答えを提示してくれたセルナに感謝。言葉足らずな言動で申し訳ないと感じつつ、彼女の話に耳を傾けるのに集中するばかりに、作業の手が止まっている事に気付き、採集にも意識を向ける。
「セルナちゃんもそうだけど、魔素の感受性が高いと魔素の流れや質、量なんかも分かるの。その流れを感じ取って、発生場所を間接的に視てるって感じね。これを使って転移してるの」
続くセルナの説明によれば、つまり感受性とやらが優れていれば、転移する場所の状態────魔素の質、量、流れが把握できるから、結果的に転移ができる、という事らしい。
理論を聞いたところで何とも理解し難いと頭を抱える僕。だがそれでも転移による弊害には考えが及び、再び問う。
「感受性が高い人が多いと、関所や門番の意味が無くなっているんじゃ」
「私達が特殊なだけで、感受性が高い人はそうそう居ないわよ。それに短距離ならともかく、それ以上の距離ともなると転移自体使えない人が多いわね。だから座標の視認って一般的に認識されてる訳」
一応、門としての役目は果たされているらしく、空虚なものでない事は分かった。しかしそれ以前に魔素の感じ方が分からない僕には、テレポートという便利な魔法が使えないんだな、と理解すると虚しさで心が満たされてしまった。




