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魔法主義の世界で剣を極めます。  作者: あすたると
第一章 異世界と、現実と
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10話 赤い氷

 森の散策を始めて体感で一時間程だろうか。森に入っていった人影は一向に見つかる気配もなかった。幸いにも魔物の姿も見かけないが、まだ薄く闇に呑み込まれている森は如何せん不気味である。


 森は朝方だという理由もあるのだろうが、この森とは反対方向にある北門の先の森────つまり僕がこの世界にやってきた際に居た森であるが、その森よりも荒れており、見上げても空が見えない程に生い茂っている。まさしく方向同様、雰囲気までもが正反対である訳だ。


 それはそうとこれだけ探しても居ないという事は、見間違えの可能性もあるのだが、何かが居たのは間違いない。だと言うのに人どころか獣すら、果ては魔物すら居ないときた。これ以上探そうにも時間的にメルル達に心配を掛けてしまう為、一旦帰ろうかと逡巡した瞬間。


「────ギャァァァァ」


 後方で動物のような叫び声が聞こえた。暗闇に響き渡った突然の叫び声に驚き身体が跳ねる。まさか魔物だろうかと危惧し、取り敢えず様子を窺いに、身を低くして音が鳴らないよう静かに走った。




■ □ ■ □ ■ □ ■




 叫び声が聞こえた付近で周囲を見渡していると、少し開けた場所に人影と、その周りに動物のような何かを確認できた。咄嗟に木の陰に隠れ、乱れる息を整える。


 一瞬見えた人影が、赤い髪の毛に細身で身長も同じ程だったように思えたのだが、出来れば現実であって欲しくない不安要素である。


 だが孤児院に居た子と照らし合わせても、容姿の条件は全くと言っていい程に同じだ。本人である可能性は比較的高い。


 ゆっくりと陰から顔を出し人影に視線を向けるが、ここからでは後ろ姿しか確認できず、顔を目にする事はできない。仕方なく動物達の方へと意識を向けると────。


「────っ!」


 その生物の姿は見覚えがあり、とても嫌な思い出が蘇る醜いものであった。


 ────ゴブリン。僕が追いかけられた魔物と同じ姿形をしたそれは、知っているような巨躯とは大きく異なり、最初に遭遇したものと比べれば異様に小さい。だが緑色の肌にぼろ布の腰巻きを付け、二足歩行で歩く醜いそれはゴブリンで間違いなかった。


 手には各々武器が握られており、今にも斬りかかりそうな勢いで彼女を威嚇している。その状況を理解した時点で助けなければと、咄嗟の判断で腰に差された刀に手を伸ばす。


 だが、怒りを露わにするゴブリンに囲まれている少女は、物怖じ一つしないどころか微かに覗かせたつり目気味の眼が、忌々しげに化け物達に睨みを利かせていた。


「──うるさい」


 肩に掛かるか掛からないか程度の赤髪をかきあげながら、少女とは思えない程に冷め切った声音での蔑みの言葉。本当に彼女から発せられた言葉なのか、聞き間違いじゃないかと耳を疑う。もし彼女が孤児院の娘と同一人物ならば、第一印象とは遙かかけ離れたものだ。


 彼女の予想外の行動と言動に気を取られていると、次の瞬間にはゴブリンの断末魔が森へと響き渡っていた。僕にとっては唐突に叫ばれた異質の声音。思考中の意識を現実へと引き戻す。


 何が起こったのだろうかと視線をゴブリン達の方へと移動させると、彼女の周囲で騒いでいたゴブリン達は皆一様に身体を肉塊にされ、見るも無惨な姿へと変貌していた。


 散乱する肉片から漏れ出る緑色の血が異様な臭いを漂わせると同時に、その空間を異質なものへと成り下がらせる。


 出来れば見たくないような現状に足が引け、知らず知らずの内に足は一歩、また一歩と後退りを始めていた。




■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■




「で、何?」


 元々のつり目が更につり上がり、今にも殺しにかかってきそうな鋭い視線が刺さる。それはさながら死神。冷酷無比ともいえる程に冷めた瞳の彼女は、ただ面倒くさそうに言った。


「えっと……」


 一切の感情を出さない淡々とした姿を不気味に思い言い淀む。そして彼女を追って来た事に対しての後悔の念が僕を捕らえる。


 僕が思わず後退りをした後、どうやら僕が覗き見ている事には気付いていたようで、肉塊を見下しながら突如として話し掛けてきたのが現状。


 彼女に何の用事だとぶっきらぼうに問われるが、どう返答すればこの娘はその冷えた目を止めてくれるのか潜考しながら言い倦ねる。やはり心配になって後を追ってきたと素直に言ってしまった方が、変な誤解も招かないだろうと決断した所で。


 彼女の後方にある茂みから片腕が欠損したゴブリンが現れた。残るもう一方の腕で地面に転がる棍棒を拾い上げ、彼女の頭頂部を目掛け今にも殴りかかろうとする。


「危ない──っ」


 ほとんど無意識に腰に差された刀を抜き放ち、外敵へと刃を向ける。彼女の性格がどうだとか、そんな事を言っている場合ではない。ただ凶器が振り下ろされる前に刃が届いてくれと願いながらに疾走するが────。


 このままでは間に合わない。非力な外見、されど確かな威力が秘められたゴブリンの振るう棍棒が、彼女の頭を捉えてしまう。そうなったら軽症では済まないだろう。


 あと一歩。あと一歩で届くのに。


 彼女を傷つけようと迫る凶器。もし傷を負った場合、この前メルルが使用していた魔法が使えればある程度の緊急処置も出来よう。だが、その使い方を知らない僕では治療はままならない。


 止まってと願うも、届かない事実のもどかしさが憎い。一瞬一瞬が遅く細やかに流れ行く。


 止まってよといくら懇願し、救いを求めても虚しく進む(とき)


 止まれと、彼女に死が触れる寸前に命令口調で断言したその刹那。


 殺意を纏った棍棒は氷付けされたかのように、宙で停止していた。


 その状況を理解すると同時に激しい頭痛が起こり、握る力が弱まり刀がこぼれ落ちそうになる。だが痛みは一瞬の事で、すぐさま握り締め、疾駆した後に魔物を一閃。


 身動き一つせず空中に縫い付けられたゴブリンは、刀に一閃された事で崩れ落ちるように地面に倒れ伏せた。


「今のは……」


 己でさえ想像が及びもつかないような現実に、意図せずとも驚愕と疑問が言葉と化す。倒せた安心感と、何が起きたのか分からない不安感が入り混じる中、赤髪の少女は繰り広げられた非常識には一切動じず、飽くまでも冷酷非情であった。


「……襲ってくる事くらい分かっていた。あなたが勝手に手を出しただけ。お礼なんて言わないから」


 彼女の言葉は辛辣で、胸を抉るには充分な威力を内包していた。事実、今の彼女の表情には一切焦ったような様子は無く、涼しげな面持ちである。そんな姿を見て内心では、助けたのにその態度はどうなんだ、と言いたいが。


 ともかく襲われる寸前を思い返すと、確かに彼女は焦りもなく視線もゴブリンの方に向いていたような気もする。彼女の強さがあれば、対処など容易なのかもしれなかった。


「あっ、ど、どこに────」


 彼女は僕を一睨みした後、更に森の奥へと歩みを進める。僕への興味は既に無く、背けられた姿は私に関わるな、と言っているかのようだった。絶対零度の断言を以てその証とする。


「関係無い」


 冷たくあしらわれ心が挫けそうになる。今までで、ここまで冷えた態度で接せられた事などなかった。故に耐性などある訳もなく、いなすような技術は持ち合わせていない。


 だがそれでも彼女を一人で放っておくのも心苦しいと、少し気が進まないが、彼女の後をついていく事にする。

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