01話 一人の剣士
僕は幼い頃から、剣術の師範である父に憧れを抱いていた。
いつも僕に向けられる父親としての顔とは違い、一度剣を握れば己の鍛練に励み、門下生を指導していく様はまるで別物。そんな彼の、男としての生き様を彷彿させる姿を目の当たりにしていた僕は、幼いながらもやはり憧れていたのだと思う。
小学生になってすぐだっただろうか。僕は父に剣術教えを乞うた。父はその事が意外だったような、そんな一瞬の逡巡を見せたが、結果的には快く引き受けてくれた。
翌日から始まる、想像以上の辛い鍛練。日頃、父の稽古をする姿を眺めていた僕は、ついていくのは厳しいとは分かっていながらも、どこか言う程でも無いだろうと高を括っていた。今更になって幼い自分の愚考が恥ずかしい。
しかし稽古をつけてもらう際の父の顔は、親としての顔ではなく、一人の剣士としての顔である事が何となく感じ、三日坊主になる程の安い憧れでは無いと証明しようと奮闘した。
それからというもの稽古をつけてもらう日々が暫く続き、増えていく傷に誇りすら覚えたある日。
ゲームという、甘い蜜を知ってしまった。
事の発端は些細なもので、周りの友人がやっていたから、という周囲との人間関係を円滑に進める為の道具に魅力されてしまったのだ。周囲の同世代は、皆一様にその話ばかり。
もとより存在自体を知らなかった僕は疎外感を覚え、それが嫌で────いや、子供としての興味本位もあったかもしれない。今となってはむしろそちらの方が大きいように思う。
何にせよ蜜の甘さを知ってしまったが故に、剣術を疎かにしてしまったのは、揺るぎない事実であった。友達と仲良くする為、友達と仲良くする為、と自分に言い聞かせ、正当化させてまで入り浸る蜜の味は甘美の一言に尽き、そこから抜け出す事はできなかった。
そんな堕落してしまった状態のまま月日が経っていくにつれ、徐々に均衡が崩れていくのは、もはや必然と言える。
気付けば中学はとっくに卒業しており、高校生になる準備期間としての長期休暇が訪れていた。その誘惑の休日が全てを瓦解させた。
華やかで、鮮やかで、現実では持ちえない力────魔法。
それが一番の決め手になったのかもしれない。やがて知らない世界に魅了され、高揚感そのままにのめり込んでいく僕。そんな姿を見守る父は、果たしてどんな心境だったのだろうか。今となっては知る術はない。
そして事が起こったのは突然だった。
何時ものようにゲームをしようとした時。
「────すまん」
聞き慣れた父親の声。どこか悲しげな、苦しげな、そんな弱気な声音が僕の耳に残響した。
そして────。
言葉の意味を理解する前に、僕の──佐伯 颯の意識はそこで途切れていた。