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結局これは片思い!

 甘い香り。


 安らかな世界。




『……あら?』

湖のほとり。そこには、ブロンドの癖のある、くるくるとした髪で胸の辺りまで伸ばした、女性の姿があった。白い薄手の生地の簡易ドレスのようなものを身にまとい、薄い唇は、ピンク色でとても綺麗な形だった。

『新顔だね……でも、知っているよ。あなたのこと』

女性というには、幼すぎる容姿。背丈も低く、とても華奢で瞳はその分、大きかった。青い、澄んだ瞳をしている。よく見ると、右耳に青いピアスをふたつ、付けていた。

「ここは……夢の中か?」

『半分当たり。半分ハズレ。ここは、狭間なの。世界の狭間』

「世界の……狭間?」

私は、癖っ毛の女性の方に近づこうとした。けれども、歩こうとしても足に枷が付けられたかのように重く、身動きが取れなかった。

『動かない方がいいよ。こちらには、来られないようになっているから』

「教えてくれ。ここは、どこなんだ。狭間って、いったい……」

女性は、首をかしげた。そして、私のことをじっと見つめてきた。

『聖域の扉を開く、鍵を持っているでしょう?』

「聖域? 鍵?」

聞き覚えの無い言葉が続く。ただ、もしかしたら「鍵」というのは、ジジからもらった紙のことを意味しているのかもしれないと思い、私は手のひらを見た。そこには、小瓶が握られている。

『託されたのね』

「……何を?」

『その鍵を……ジジさんから』

「……」

私はただ、目を見開いて女性を見つめた。この女性、はじめて会うけれども、そんな感じがしない。もっと、近くの存在に思える一方、とても高貴で、私なんかが話しかけてはいけないような気さえする。

「誰なんだ……あなたは、一体」

『私? 私は、アリシア』

「アリシア!?」

私は、目を見開いたまま、「アリシア」と名乗るその女性を見つめていた。このひとが、師匠の大切なひと。師匠の奥さん。

 けれども、もう会っていないと言っていたし、不思議な心地だ。狭間に居るとは、一体どういうことなのだろうか。

『そうだよ。カガリくん』

「……何故、私の名を?」

これはやはり、夢の中なのだろうか。この女性、アリシアは全てを知っている。私がジジから託された小瓶を持っていることも、私の名前も。きっと、私の正体も、知っているのだろう。全てが出来すぎている。都合よく、事が進んでいるのはきっと、これが夢だからだ。そう思うと、全てにおいて、つじつまが合う。

『夢じゃないわ。さっきも言ったけど、これは夢のようで、夢ではない……世界の狭間だよ』

「分からない。夢と、何が違う?」

『カガリくん。ルシエルを、お願いね』

「えっ? あの……やっぱり、師匠の奥さんなんですか?」

私の問に対する返答ではなかったが、アリシアから出た次の言葉は、私の興味を引くものではあった。木々が揺れ、綺麗な青空が広がっている中、心地のよい風が吹く。

『奥さんに……なれたらよかったんだけど』

「それじゃあ、違うんですか?」

『それは、ルシエルに聞いてみて? 私には、分からない……私は、ルシエルを……傷つけてしまったから』

「傷……?」

そこで思い浮かんだのは、額の傷だった。師匠の額にある、大きな傷。あれは、アリシアが付けたものなのだろうか。だが、剣を持っているようにも見えない。それとも、今は持っていないだけなのだろうか。ただ、そうであったとしても、あの華奢な身体で何が出来るというのだろうか……。師匠が力負けするとは、思えなかった。

 師匠は、「油断をしていた」とも言っていたが、それにしても、額に今も癒えることなく残るほどの大きな刀傷を受けてしまうほど、師匠が弱かったとは思えない。

『傷とは、こころの傷よ』

まるで、こころの中を見透かされたかのような返答だった。この人なら、知っているかもしれない。師匠の額の傷をつけたのが、誰なのかを……。

「師匠の額に傷をつけた者の名を、知っているんですか?」

私は、率直に訊ねることにした。

『その者の名を知って、どうするの?』

「えっ……?」

その先なんて、考えていなかった。私はただ、知りたかっただけ。興味本位だった。

 それは、とても浅はかなことだと思い知った。師匠の過去を知って、優越感に浸りたかったのだろうか。私は自分を「汚い」と思い、唇を噛み締めた。

『ごめんなさい。あなたに、そんな顔をして欲しくて、意地悪を言ったんじゃないの』

アリシアの声は、とてもやわらかくて、あたたかかった。師匠の奥さんというだけあって、「人格」というものがしっかりと出来ているのだと感じた。私なんかとは、まるで違う。

『カガリくん。大丈夫よ。もっと、自分に自信を持って? あなたは、あなたが思っているよりも、ずっと魅力的なんだから』

肩を落とす私に、アリシアはなおも優しい言葉をかけてきた。それにただじっと、俯いたまま耳を傾けていた。

『ルシエルは、あなたに出会えて幸せを感じているはずだわ。ずっと、彼は孤独だったの。でも、あなたと出会ってからは、彼にも笑顔が増えたわ』

師匠は、昔から笑顔の絶えないひとだった。私と関わる前からきっと、そうであったはずだ。私のおかげなんかではない。アリシアは、何か勘違いをしているのではないかと思えた。そして、私は顔をあげる。私は未だに、足に枷をはめられた感覚で、その場からは動けない。湖のほとりにある、一本の大木のところに立っているアリシアは、爽やかな風にブロンドの髪をなびかせながら、こちらを優しい笑みを浮かべながら見ていた。

「師匠は、もともと笑顔の絶えない方だ」

『……それは、あなたのおかげよ』

「私は、迷惑しか掛けていない」

アリシアは、ゆっくりと首を横に振った。そしてそのまま、空を見上げる。つられて、私も空を見上げた。青い空が、どこまでも続いている。狭間という世界が、いまひとつ掴めない。

『迷惑だなんて、ルシエルは思ったことなど一度もないわ』

「……もし」

『なぁに?』

アリシアの声色は、美しくてあたたかみのある、優しい女性特有の高い声だった。

「もし、私のせいで師匠が不幸になったら……申し訳ない」

『そんなこと、絶対にない。あなたは、鍵だもの』

「鍵……?」

『……いけない。カガリくん、逃げて』

「?」

アリシアは、これまでのゆったりとした時間の流れを壊すかのように、慌てて私の方に駆け寄ろうとし、それが出来ないのか……途中で足を止め、声だけをあげた。

『気づかれてしまったの。あなたはまだ、ここに来てはいけないの』

「気づかれたって……誰に?」

『いいから、早く自分の時間に戻って』

私には、それがどういう意味なのか分からなかったし、どうしたら「自分の時間」というものに戻れるのかもわからず、戸惑った。ただ、本能が「ここに居てはいけない」と訴えかけてくる。

「どうすれば、戻れるんだ」

『ここへの鍵を捨てて』

「鍵って……」

私はふと、今まで感じなかった左手の中に、ジジがくれた小瓶の質感を覚えた。

「これか? これを捨てればいいのか?」

アリシアは頷いた。それを見て、私は小瓶を湖に向かって放り投げた……その、刹那。世界が暗転した。どよめく木々。先ほどまでの晴れ晴れとした空はどこへいったのだろう。怪しい雲が立ち込めている。

『お願い、ルシエル。気づいて』

「?」

アリシアが祈りを捧げるかのように、大木に片腕を触れた。すると、突風が吹き私は目を閉じた。




 次に目を開けたとき、私は自室のベッドの上だった。




「カガリ……よかった。気がついたか」

「師匠……?」

師匠は、とても心配そうな顔つきで私を見つめていた。そういえば、師匠は疲れ果てて眠っていたはず。

「本当に良かった……意識が戻らないから、どうしたものかと」

「?」

師匠は、何をそんなにも慌てているのだろう。ただ少し、眠っていただけだというのに……。

「まさか、ジジがこんなものを持っていたなんて」

師匠の手には、小さな紙の入った小瓶があった。私が、ジジからもらったものである。そういえば、変わった香りがしたと思ったら、私は夢の中へといざなわれたのだ。

「師匠。私は夢の中で……アリシアさんに会いました」

「……」

師匠は、複雑そうな顔をした。どこか、驚いたような……どこか、懐かしむような。そんな顔だった。

「そうか……」

「師匠も、その小瓶を持っていれば、アリシアさんに会えるのではないですか?」

夢の中のアリシアの言葉を聞くと、どうやらその小瓶にカラクリがあるようだった。どういうカラクリなのかは分からないが、秘密が隠されていることは間違いない。中をよく見てみると、中の紙は随分と古びれた感じのするものだった。

「中……見てみてもいいですか?」

「中の紙が見たいのかい?」

「はい」

師匠は、寝落ちるまで着ていた畏まった黒服ではなく、白のやわらかなシャツを召されていた。私が眠っている間に、いつもの軽装に着替えたられたようだ。私はというと……未だに、女物の服を着ていた。そのことに気づくと、紙のことよりはまずはこの格好と、三つ編みの髪をなんとかしたいと思い、髪を留めていた紐を解き、うねうねとした癖がついた髪を手櫛で梳かし、髪をいつものように首元あたりでひとつ結びにし、緑のリボンで束ねた。そして、すぐさま女物の服を脱ぐと、黒色のシャツを着て、白の上着を羽織った。腰のところには、ベルトを通す穴があり、ベルトを締める。

「似合っていたのに……」

何故か残念がる師匠をよそ目に、私はため息を吐いた。師匠といったら、何を考えているのだか、時々分からなくなる。

「冗談はやめてください」

「私は、本心しか口にしないよ」

それはそれで、どう受け止めればよいのか分からない返答だった。女装が似合ったところで、何の特にもならない。それよりも、私は小瓶の中身が気になっていたので、師匠に再度中が見たいと頼んだ。

「中を見ても、仕方が無いよ」

「……何故ですか?」

師匠は、目をゆっくり閉じてから、ふっと息を吐き、小瓶から紙を取り出した。

「何も、書かれていないからだ」

小さく折りたたまれたその紙を、私の目の前で開いて見せた。しかし、師匠の言うとおりでそこには何も書かれてはいなかった。これが鍵だとも言っていたのに、何も仕掛けがないとは、頷けない。そして、今はこの小瓶を開けても、あの不思議な甘い香りはしてこなかった。

「効力が消えたのでしょうか……これは鍵だと、アリシアさんが」

「そうだね。これには、魔法が掛けられていたようだ」

「魔法? 魔術ではなく、魔法? 何が違うのですか?」

はじめて聞いた。この世界には、魔術というものが存在している。でも、同時に「魔法」なんていう、おとぎ話のようなものがあったなんて……。他の魔術士も、その存在を知っているのだろうか。というより、これを持っていたジジは、魔法使いということなのだろうか。

「ジジは、魔法使いなのですか?」

「あぁ、そうだよ。不思議な力を持った人だった……昔から」

魔法と魔術。このふたつがぶつかり合うと、どちらが勝つのだろうか。魔法の定義とは、何なのだろうかと気になった。

師匠は魔法使いではない……はず。世界最強の「魔術士」だ。でも、これで魔法の方が絶対的な力を持つとなれば、師匠の絶対的力の構想が崩れることになる。師匠こそ最強だと思う私にとっては、受け入れがたい事実となる。

「魔法と魔術は比べることは出来ない。どちらが勝っていて、どちらが劣っているという訳ではないんだ。それに、魔法くらい私にも扱える」

「そうですか……えっ!?」

思わず素っ頓狂な声をあげた。その声に、師匠も少し驚いたようだ。だが、驚き具合で言えば、私の方が上。師匠も魔法使いであったなんて、初耳過ぎる。いや、誰も知らないはずだ。知っていたら、もっと重宝されるはず。

「どこから出しているんだい? その声は……」

「師匠こそ、いつから魔術士兼、魔法使いなんですか! 聞いていません!」

「何故報告する必要がある? いちいち……第一、魔法を使えたとしても、私が魔術士であることに変わりはないのだから、別にいいだろう?」

私は「いいえ」と首を横に振った。そのことに、今度は師匠が驚いていた。何故驚くのか、私には理解が及ばない。

「よくはありません。魔法で、何が出来るのですか? その魔法があれば、もっと世界を変えられるのではありませんか? どうして師匠は……」

私は、思ったことを素直に言葉にした。

「どうして師匠は、フロート国王なんかに仕えているのですか?」

狂気に満ちたフロート国の王、ザレス。ザレスは本当に狂っていた。師匠が必死になって守る理由が分からない。フロートの魔術士部隊、レイアスに所属しているけれども、そこで羽を伸ばしたいという訳でもなさそうだ。他のレイアス兵とは違って、市民の為に汗水流すし、お金に卑しくもなく。貯蓄してもそのお金は市民に換金しているのだ。

師匠がしていることは、本来ならば正しい。でも、フロートの犬たちとは明らかに存在が違いすぎる。そこに、不自然さを見出すのだ。

「私も、ただの犬にしかなれないということだよ」

「誤魔化さないでください。どこまで師匠は、本当のことを隠しているのですか? アリシアさんが……何か、関係しているのですか? だから師匠は、話をすり替えるのですか?」

その言葉は、面白くなかったらしい。師匠は襟元を正すと、私から距離をとった。師匠には珍しい反応だった。つまりは、図星なのだろう。

「もう、よい……私は、任務につく。お前も着替えたんだ。自室に戻りなさい」

「……あくまでも、誤魔化すんですね」

「カガリ」

「……分かりました」

私はムスっとしたまま立ち上がった。自分は結局は除け者なのだと言われたような気がして、胸は苦しくなった。

 もしかしたら、「失恋」というものはこういう気持ちになるのかもしれない。不意に、そんなことを思った。

(甘く切ない恋……か)

私は、面白くないと思いながらも、師匠の部屋を後にした。私は一方的に恋をして、傷ついているだけの存在かもしれない。真実とは、まだまだ闇の中だ。でも、いつかは分かるときが来るのだろうか。

 そもそも結局のところ師匠は、何故この劇を私に見せたかったのだろうか。ジジにも会わせたくなかったのならば、私を連れていかなければよかったのに。私の中で師匠という存在が、また一段と謎めいた存在へと変わっていった。

 魔術士であり、魔法使いである師匠。近づいたと思ったら、またもや距離を置かれてしまう。これが恋ならば、それが普通というものなのだろうか。


 やはり私には、まだ、恋とは理解できないものなのだと……身にしみて感じる一日だった。


 その晩。驚いたことはというと、私は三日間も眠っていたということ。魔法の作用だったのかどうかは、定かではない。


 謎は謎を呼ぶ。


 師匠に本気で恋をしたら、それこそ一生、謎に包まれてしまいそうだ。




 ただ、それも悪くはないと思ってしまうから……これは結局、片思いなのかもしれない。



 はじめまして、小田虹里と申します。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 この作品は、「COMRADE」シリーズの中の、ショートストーリーとなっております。今回は、本編の主人公ではなく、「カガリ」という不幸を背負った青年が、主人公となっております。最初はコメディタッチな物語となっていますが、後半は私にとっては驚きの展開で、なんだかシリアスに幕を閉じることとなりました。

まず、「アリシア」という女性が出てきます。この女性は、別の作品にも登場しているキーパーソンのひとりです。今、連載中の「神々の絆」編でも、登場してきます。そこで、カガリが「鍵」と呼ばれていたこと、アリシアが実はどこに居るのかということが、明らかとなって参ります。

こちらの「甘く切ない恋」の方が、先に考えついた作品でしたが、完結しないうちに次の作品へとこころが移っていた為、「神々の絆」でのつじつまを合わせるためにも、先に結末を迎えるよう、最終話をつづることに至りました。


なんと。世界最強の魔術士は、「魔法使い」でもあったという新事実。


 ルシエルが、魔法を使える設定は、何年か前から構想はありました。ルシエルが「魔法陣」というものを用いて、戦うという話もあります(まだ、連載・完結はしておりません)。

 しかし、はっきりと自らが「魔法使い」と述べるシーンは、ありませんでした。他に魔法が使えるひとがいるという設定は、ありませんでした。そういう意味で、ジジが不思議な存在となりました。

 魔法陣の話は、「神々の絆」よりも後の話になると思われるので、当分出てくることはないと思います。でも、いつかは出したいと思っております。そこでもまた、主人公は「カガリ」と「ルシエル」になっております。実のところ、本編主人公「ラナン」の物語は、あまり無かったり致します。ラナンは、「ヒーロー」路線まっしぐらなキャラクターのため、ショートストーリーにはあまり出てこないのです。また、ラナンよりもカガリの方が、動かしていて面白いのです。カガリの方が「青い」というのでしょうか……なんだか、人間味が溢れているのです。

 そう感じるのは、作者だからなのかもしれませんが、同じような目で見守っていただけると、幸いです。


 今回の物語で伝えたかったことは、「恋とは難しい」ではなく、ただの裏設定を紹介したいというコーナー的な存在であり、今後、物語はさらに不思議な展開を見せていくということです。ルシエルの額の傷の意味も、「神々の絆」で明らかとなります。

 このような作品となりましたが、これからも「COMRADE」も見守っていただけると幸いです。本当に最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。


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