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こんな機会は滅多にない!

 師匠は、いつから強くなったのだろう。


 師匠は、いつからひとりになったのだろう。




 私の部屋に着くなり、師匠はいきなりベッドの上に崩れ落ちた。転移の魔術はかなりの体力と精神力を消費するらしいのだけれども、それを短い時間の間に二度も使った為の反動であろう。自分の身体を支えられなくなるまで疲れきってしまう技なんて、実戦ではとてもじゃないが、役立ちそうにもない。そのことは師匠もよく分かっていて、本当に緊迫したときしか使わないのだが……今回は、私の格好がこれだから、使わない訳にはいかなかったのだろう。

(何も、女装しなくてもよかったんじゃないですか? ジジはひとりで劇場に来ているようでしたし……)

確かに見たところカップルばかりではあったが、男が女装して見に行くよりは、男同士で劇を見に行った方が健全だと思った。

「カガリ……すまないが、眠い。寝かせてくれ」

「構いませんよ。今日は私も一日非番ですし……。何かありましたら、起こしますから」

「すまない……」

人前で眠りにつくということも、師匠には珍しいことであった。私の前で眠りにつくことも、これを合わせても数回しかない。今日は、過去に触れたこともあって、「こころ」をいつも以上に使ったのかもしれない。

「師匠……。私は師匠のことを、もっと知りたいです」

すでに眠っていると思ったから、何も言わないだろうと思って声をかけた。けれども予想外で、師匠から返事が返ってきた。

「私のことを……?」

身体を動かすことはできないようで、横になったまま、目だけを私の方に向けて訊ねてきた。けれどもそれすら億劫のようで、師匠は目を閉じて、耳だけ傾けはじめた。

「……はい」

「例えばなんだ?」

いつになく師匠は多弁だった。元々、私とは違って寡黙という感じの人ではないのだが……。今日は、いつも以上に話をして下さっていた。いつもなら、過去のことを少し聞くだけで、簡単に流されてしまうのに。それだけ師匠にとっては、触れてほしくないものなのだろうか……。

「師匠は、誰に武芸を習ったのですか? それほどの強さを得たということは、よほどの使い手のもとで修行したのかと……」

師匠は、今度は片目だけをうっすらと開けて、私の顔を見てきた。おそらくは、私の心理状態を探ろうとしたのであろう。師匠は、相手の顔色を見るだけで、簡単にこころを読み取ってしまう。

「師匠という師匠はいないよ。ただ、私の父が戦う姿を幾度か見て育った」

「師匠にも、父上がいらっしゃるのですか?」

それを聞いて、師匠は笑っていた。確かに……自分でも、どうしてこんなことを言ったのか……。親なしで、この世に存在できるわけがないではないか。

「お前なぁ……私をなんだと思っているんだい?」

「何って……それは、世界最強の魔術士としか……」

私の持っている師匠の情報といったら、他の誰もが持っている情報と同じでしかなかった。こんなにも、近くにいるのに……。

「カガリ……魔術士は、人間ではないのかい?」

その言葉に私の鼓動は波打った。自分にとって、「人間ではない」と言われることはすごく辛いことであったはずなのに、私は師匠のことを……どんな目で見ていたのかと、恥ずかしくなった。

確かに師匠の持つ力は、他の誰よりも超越しているけれども、それでも……「人」に変わりはないのに。

「すみません……師匠」

偏見だった。こんな目で見ているから、こんなにも長い間師匠と時間を共にしているというのに、師匠のことを何も理解できないんだ。そのことに気がついた私は、とても師匠の顔を見られなくなり、自然と俯いた。

「カガリ……だから、そんなにも落ち込むな。私は別に、傷ついてもいないし、なんとも思っていないのだから。ちょっとお前をからかっただけだよ」

「……はい」

ふっと息をつくと、師匠は不意に私をベッドに引きずり込んだ。そして、そのまま布団をかぶせる。大の大人がふたり、このような小さなベッドに寄り添って寝るのは……まずくはないか? それに今の私はこのような格好……。そう思うと、だらだらと嫌な汗が流れてきた。

「他にはもうないかい? 私は寝るよ?」

「あっ、まっ……えっと……」

こんな機会はめったにないのだから、私は落ち込むことはとりあえず後ですることにして、聞きたいことを聞けるだけ聞こうとした。けれども、いつもは水のように湧き出てくる質問が、こういう時に限って出てこないんだ。私は必死にその水を掻き出そうとした。

「あの、その……額の傷は誰に?」

思い切って、一番の謎を聞いてみることにした。師匠はしばらく何も言ってこない。やはり、それだけ言いにくい人なのだろうか……。先ほどジジが聞いたときも、うやむやのままにしていたし……。それをあえてまた、話題にだしてしまったけれど、怒ってはいないだろうか。

「……この傷は」

重々しく口を開いた師匠であったが、顔は別に……苦渋に満ちているわけでもないし、悔しい……というようなものでもなかった。どちらかというと、アリシアさんのことを想っていたときのような、どこか懐かしいというような感じがした。でも、やはりどこか寂しげな……そんな、複雑な感じだった。

「まぁ……油断もあったんだろうな」

結局、それ以上傷の事については語ろうとしなかった。しかし、今の師匠の顔から判断すると、敵にやられたものではないような気がする。それが分かっただけでも、今回は前に進めたと思ってよしとした。

「師匠……アリシアさんは、今どこに?」

これも、聞かないほうがよかったかもしれない。けれども、知っておきたかったから。もう随分と会っていないとは言っていたけれど、それはどうしてなのかも、見えてくるような気がしたから。

「なんだ? アリシアに気でもあるのか?」

「えっ……!?」

私は思わず咳き込んだ。そんな、人妻に興味を抱くなんて、とんでもない。いや、その前に「女」自体に私は興味などまったくないのだから。そのことは、師匠だってご存知ではないか。またからかわれたのだと思った私は、むっと師匠の方を睨んだ。すると、なんだか辛そうな師匠の顔が見えたらから……私も、急に胸が苦しくなった。

「師匠……会いたいのですか? アリシアさんに」

「そうだな。だが、今は会えん……ん? どうした? また泣いているのか? お前は……」

「なっ、泣いてなどいませんよ!」

その時私は、師匠が泣きたいのかもしれない……そう、思った。師匠にとって、アリシアさんは、本当に大切な存在であるようだった。それが、なんだか寂しかった。師匠は私のことを家族同然に思ってくれているけれど、やっぱり一番大切なのは、「本当の家族」なのだと思った。

 いや、それは当然のことなのだから、私が傷つくことの方がおかしいんだけれどな。

「師匠。師匠の父君は?」

「父も母も、戦でずっと前に亡くなったよ」

「そう……でしたか」

師匠の両親は亡くなっている……。いつなのだろう。でも、こういうことは聞いてはいけないと思ったから、ここでこの話はやめておいた。肉親が亡くなった時の事を思い出すのが辛いということを、私自身よく、わかっているから……。

 しかし、疑問も残っていた。その時師匠はまだ、魔術を会得していなかったのだろうか。それとも、当時はまだ、それほど強くなかったのであろうか。

 それに、師匠は父君の姿を見て武芸を学んだと言っていた。となると、父君もそれなりの強さを持っていたことになる。それなのに、殺されてしまうなんて……よほどの誤算か何かが、あったのであろうか。


 師匠の額の傷は、そのときのことに関係しているのであろうか……。


「疲れたな。カガリ、すまぬが私は眠るよ」


 私の返事を聞くことなく、師匠は深い眠りに入っていった。


 私は、師匠に抱きしめられたまま、布団の中で師匠が眠りに落ちているのを確認していた。心臓が静かに波打っている。


 トクン、トクン……。


 師匠はもしかしたら、人恋しくなったのかもしれない。それで、私を招き入れたのかもしれない。今は、夢の中でアリシアさんに再会でもしているのだろうか。何を思いながら、眠っているのだろう。

そんなことを考えながら、私は思い出したようにククルスで、ジジから受け取った瓶を見つめて、中を確認しようとした。透明なガラスの小瓶で、白い紙が折りたたんで入っていた。

(ジジ殿は、私に何を渡してくれたんだろうか……)

中を見ようと、フタを開けてみた。すると、その瞬間。不思議な香りがしたと思うと同時、私は気を失った。



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