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あなたに伴侶がいたなんて!

 演劇者たちに、あたたかな拍手が送られる。


 そんな中、私はただひとり……。


「……あんまりだ」


不覚にも私は、涙を流していたのだった。そんな私を見て、師匠はよしよしと頭を撫でていた。

「カガリ。これはお話だよ? そこまでのめりこまなくても……」

創り物だということはわかっている。それでも、このような結末は悲しすぎる。

「姫は皇子が好きだったのに……。敵国の皇子と無理矢理に結婚させられてしまった……。結婚というものは、好きな者同士でするものではないのですか……」

師匠は、嘆く私を抱き寄せた。

「そうだね。お前も、命を懸けられるひとに、出会えるといいな」

私は眉をひそめた。そして、師匠の顔を見た。

「師匠。私は結婚などするつもりはありませんよ。私は一生を……城で過ごすのでしょうから」

あの国王が、私を自由にさせるとは思えなかった。結婚をしたいという願望を持ったことはないが、例え持ったとしても、その対象のひとを殺されるのが目に見えている。私はきっと、このままひとりだ。

 私は深く沈みこんだ。そんな私を見てか。師匠が語りだした。

「実はな……ここの劇場でこの演目を、以前に見たんだよ」

「……ひとりで、来たんですか?」

「ここへは、女の連れがいないと来られないよ」

師匠が女の人と……? なんだか、想像ができなかった。師匠こそ、一生一人身でいそうは感じだった……というか、女の人とかに興味がなさそうだった。先ほど、キスのことで私をからかっていたが……。からかっている師匠自身も、よく見ると少し照れていたのだ。

「誰と来たんですか?」

「私の妻だよ」

「そうですか……?」

私は簡単に頷いたが、ふと何かが頭の中でひっかかった。


今、なんと言った?

 

「……師匠? もう一度お願いします」

聞き間違いだろうと思った。だから、私はもう一度尋ねることにした。

「だから、妻と……」

「妻!?」

誰もいなくなった劇場で、私は本日一番の叫び声をあげるのだった。それから、むせた。

「けほっ、けほっ……。しっ、師匠……ご結婚なされていたのですか!?」

師匠は、驚く私をみて驚いているようであった。

「そうだが……。なんだ? 変か?」

変とかそういう問題ではなかった。ありえないことが起きたような気がした。そして、裏切られたというような気もなぜだか起こっていた。

「師匠。おっ……」

「……お?」

「おめでとうございます」

「意味が分からないよ」

師匠はそう言って、笑っていた。でも、意味が分からないのは私の方であった。

「師匠。今までそのようなことを一度も口にしなかったではないですか」

「聞かなかったのはお前だろう?」

それはそうなのだが……。だって、この師匠がまさかひとりの女の人と一緒になるなんて、誰が考えられる? 師匠は、ひとつのものに執着しないひとだと思っていた。いや、色々なひとに手を出すような人とか……そういう意味じゃなくて。なんて言うのか……。それに、師匠が女の人と会っているところなんて、これまで一度足りと見たことがない。女がいる……とか、そういう噂も立ったことがないのに、一体いつ結婚をされたのだろう……。

「師匠。一体、いつ頃ご結婚を?」

師匠は、う~ん……と、空を眺めた。そんなにも考え込まないと、出てこないほど昔のことなのか。それとも、ただボケただけなのか……。

「忘れたな。いや、正確に言えば式もあげていないしな。これは結婚していないと言うべきなのか?」

私に聞かれても、師匠に分からないことを答えるなんて、できるはずがなかった。でも私は、はっきりとは言えないのだけれど、結婚をしたとかしていないだとかは、式を挙げたとか、挙げていないだとかの問題ではない気がする。記憶が確かならば、私の両親も式という式をあげていなかったというか、そういう風習が私の故郷「ライローク」の村では、なかったような気がする。単に、子どもの頃に滅ぼされてしまった村の記憶のため、定かではない可能性もある。


 ただ問題は、「そこ」なのだろうか。


(そうだ……そんなことはどうでもいいんだ)

両親が式をあげていようがいまいが、私が父と母の子どもであることに変わりはないのだから、大きな問題ではない。

「師匠……あの、奥さんとは上手くいっているんですか?」

すると、師匠の顔色が曇った。私は、聞いてはいけないことを聞いてしまったようであった。師匠がこのように感情を表立って顔に出すなんて、めったにないことだからだ。私は、どうしていいか分からず、とりあえず下を向いた。視線が合ってしまうことを防ぐためである。

「もう……何年も会っていないよ。でも、元気でやってくれていると思う」

「……そうでしょうか」

うっかり否定するようなことを口に出してしまって、私は後悔したが、師匠は私がどういう気持ちでこのようなことを口走ってしまったのかを、ちゃんと理解しているようであった。

「そうだな。実際に会ってもいないのに、そうやって決め付けるのは、私の勝手な……都合のよい想像にすぎないか」

「……それに、伴侶である師匠が傍にいないのに、幸せなはずはないですよ……きっと」

師匠は、私の頭をぽんぽん……と、かるく叩いた。そして、そっと呟いた。

「カガリ……泣くんじゃないよ」

私は、感情が高ぶって涙を流していた……。

「なっ……泣いてなどいません!」

私はより下を向いた。瞬きをすると、自然と涙は地面に落ちた。それからそれを手で拭うと、私は師匠の胸に、顔をうずめた。もちろん、涙を師匠に見られないようにするためだ。

「カガリ。やはり、家族がいなくて寂しいのかい?」

「……別に」

それはもちろん、寂しい……。私は、家族もあの村も、大好きだったから。それでも、今はまだ随分とよくなってきたものだ。師匠の傍にいられる時間が長くなったからだ。

最近、なかなか手ごわい街を相手にしていて、それを師匠と共に片付けるようにと国王から命令が下ったのだ。だから、城内で師匠と共に歩いていても、誰も不審がらない。城生活を始めて二十年。今が一番楽しいと思える。だから、これ以上何かを望むのは、贅沢だと思った。

「師匠は……奥さんと離れ離れで、寂しくないんですか?」

「別に……」

師匠は私の口真似をすると、くすくすと笑っていた。

「……どうして、奥さんと離れ離れに?」

刺々しくそう言うと、師匠の胸の中にあった私の顔をくいっと上げさせると、私のおでこをぴんっと指ではじいた。

「ひとの私情を探りすぎだぞ? カガリ」

そのとき私はハっとした。私も過去のことはあまり語りたくないというのに……ひとのことには、こんなにも執拗に首を突っ込んでしまって。なんという愚かなのだろうと、自己嫌悪をした。

「すみません……師匠」

私のあまりにも激しい落ち込み具合を心配してか、なんだか師匠の方が申し訳なさそうに頭を下げていた。

「いや、そこまで沈まなくてもいいんだよ? 私は別に、そこまで気にしていないのだから」

そんな時であった。後ろから私達に近づいてくる人影があった。私はこういう時、どこかの国か団体の刺客かどうかを判断し、敵であった時にはすぐに応戦できるよう身構える。しかし師匠は、何も身構えていないようだった。まぁ、魔術士なのだから不意をつかれても対処できるだろうし、万一師匠の反応が遅れても、私が動ければいいのだけれども……。

(……師匠の反応が遅れる?)

自分で考えておきながら、改めてそう思うと……なんだか、笑えてきた。この師匠が反応できないはずがないではないか。なんだか、あれこれと考えていた自分がばからしくなってきた。

 そして、間もなくその足音は私達のすぐ後ろまで辿り着いた。殺気は感じられない。だが、油断はできなかった。凄腕の暗殺者ならば、殺気を消すことも簡単なはずだから。私は先手を打とうと立ち上がろうとした。だが、その前に後ろから声をかけられたため、私は立ち上がる機会を逃した。

「ルシエル君? ルシエル君じゃないのかね?」

「ルシエル……君?」

なんだか、異様な呼び方だと思った。




 私の知らない師匠が、ここには居る。


 私の知らない師匠の過去が、ここには在る。




 そのことが、なんだか嬉しくもあり……切なくもなってきた。





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