無茶な願いは聞けません!
はじめましての方へ。
こんにちは、小田虹里と申します。
この作品に出てくる「カガリ」と「ルシエル」は、これまでに綴って参りました作品の、キャラクターであります。ふたりに関しての記載が、あまり無いかもしれません。
出来うる限り、はじめての方でも楽しんで読んでいただけるように、努めてまいりますが、「意味不明」と捉えられてしまいましたら、申し訳ありません。
「あぁ、こういうキャラクターを描いているのか」と、知っていただけると幸いです。
現在投稿中の「COMRADE」が本編です。それはまた、別のキャラクターが主人公となっておりますが、「カガリ」と「ルシエル」も後に出て来る予定です。
小田は、「世界平和」を描くために作品を綴っております。この作品は、小田にとっては珍しい「恋愛」要素も少し加わったものとなります。楽しんでいただければ幸いです。
このページを開いてくださり、ありがとうございました。
また別の作品でも、あなた様とお会い出来ることを、こころより願っております。
「カガリ……ちょっといいか?」
それは突然のことだった。師匠から借りていた古代書を自分の部屋で読んでいると、師匠がドアをノックして、部屋にやってきた。師匠が私の部屋を訪れることはあまりないので、何事かと私は心配していた。
「どうしたのですか? ルシエル様」
私は本をベッドに置くと、師匠の方に視線を向けた。すると、師匠は何やらにこにこしながら私の方に歩み寄ってきた。はっきり言ってこういう時の師匠は、何かろくでもないことを考えているのが常であった。私は嫌な予感を察知して、思わず半眼になってしまった。
「なんという目をしているんだ、お前は。私の訪問がそれほどイヤなのか?」
いや、そういうわけではない。師匠のことは好きだし、よく慕っている。だがこういう時の師匠には、関わらない方がよいのであった。
「いえ……別に」
「それはよかった」
そう言って、師匠は何やら紙切れのようなものを懐から取り出した。あまり見慣れないものであり、私は興味を抱いた。師匠が持ってくるものは、たいていが実に興味深いものであったから、私はなんだか胸が弾んできた。
「ルシエル様。それは何ですか?」
師匠は、にやっと笑った。やはり、何か企んでいるような気もするのだが……。とりあえず、今はその紙切れの正体が知りたかったため、気にしないことにした。
「これはね、チケットだよ」
「ロケット?」
師匠は怪訝そうな顔をして、私の耳を引っ張った。思いもよらない行動を師匠が取るので、私は驚いてベッドから勢いよく、飛び降りた。
「なっ……何ですか!? 師匠!」
「いや……カガリ、お前もしかしたら耳が遠くなったのかな……と、思ってね。チケットだよ。チケット」
「あぁ……なんだ」
耳は別に遠くはなっていないと思うのだが……師匠が悪い。師匠のくせに、このような普通の物を持って来るから。私は、少しがっかりした。
「カガリ。露骨にそのように興ざめするものではないよ。いいから一枚手に取りなさい」
「はぁ……」
生半可な返事で、私はそれを受け取った。どうやら、演劇のチケットのようであった。確かに、私はこれまで演劇というものを見たことが無い。だが別に、見たいとも思わなかった。適当にチケットを眺めていると、私の目にふとある物がとまった。それは、この演劇のタイトルであった。
「甘く切ない……恋?」
それを見た瞬間、私の体から体温がスーっと下がっていくのを感じた。そして、再び半眼で師匠の顔を見た。すると師匠は、心外だ……というような顔で私の方を見返してきた。
「どうしたカガリ。目つきが悪いぞ? さぁ、支度しなさい」
そう言って、師匠はベッドの上に見慣れない服を置いた。そういえば、師匠の服も普段とは違っている。いつもは白を貴重としたローブを身にまとっているのだが、今日は黒を貴重とした服を着ていた。それも、ラバース兵が着ているような隊服じみたものであった。私は少なからず、師匠の姿に見とれていた。なんだか、いつもにもなく男らしいというか……。とにかく、雰囲気から違っているのであった。
「カガリ? 何をボーっとしている。早くしないと間に合わなくなってしまうではないか。さっさと着替えなさい」
師匠に命令というか……こうしなさいと言われると、私は弱かった。師匠には逆らえないんだ……というか、私は師匠からこの世界のことを色々と教えてもらったから、ついつい言うことを聞いてしまう。本当は、着替えもしたくはないのだが……。
「あの、ルシエル様? これって……」
なんとなく……なんとなくではあるが、嫌な予感ははじめからしていたんだ。私は師匠が用意した服を手に取ると、まじまじとそれを観察した。どう見てもそれは……。
「女の着る服では……?」
師匠は、何も言わずにしばらくじっと私の方を見ていた。それから急に、顔を伏せるのだ。何事かと私も心配する。
「……バレたか」
「いや、バレるでしょう……普通」
私はがっくりと肩を落とした。時々、師匠のことがものすごく分からなくなる。師匠は私に何を望んでいるのだ? だいたい、演劇にすら興味がないのに、よりにもよって演目は「恋愛」もの。私がこの世でもっとも興味のないことではないか。まず、「恋愛」という言葉の意味を知ったのだって、つい最近のことである。私の下で働いていた兵士の一人が結婚をするということになり、その結婚は恋愛結婚だと言うから、それは何かとたずねたのだ。
その場で笑われたことは、言うまでもない。
「ルシエル様。私はイヤです。このような物を着るのは……」
健全な男ならば、当然の答えだと思う。しかし、師匠は諦めなかった。
「……リムル村で、女物の着物を着ていたではないか。あの村の言うことは聞けて、私の言うことは聞けないのかい?」
「うっ、それは……」
師匠は時々、すごくいじわるだった。そんなことを言われれば、着ないわけにはいかないではないか。誰よりも尊敬している人の言うことは聞かないのに、初対面であった女の言うことは聞いてるなんて、許されないことだ。
私は、覚悟を決めるしかなかった。
「……ひどいです」
ぶつぶつと愚痴をこぼしながらも、私は服を着替え始めた。師匠がこうだと言ったことを覆すことは、私には不可能だと分かっている。師匠は、物腰が柔らかそうに見えるが、実は結構頑固であった。
「こんなの、いじめじゃないですか……」
わかってはいるけれども……私は、愚痴をこぼさずにはいられなかった。
「カガリ」
今まで黙って私の愚痴に耳を傾けていた師匠が、突然声をかけてきた。私は、まさか言葉を返してくるとは思っていなかったので、少し緊張した。
「な、なんですか?」
おそるおそる師匠の方に目を向けると、師匠はにっこりと笑みを浮かべて、私の方を見ていた。こういう時の師匠は……怖かった。私は、ゴクリと唾をのみこんだ。これだけの動作なのに、なんだかとても疲れた。
「そんなにも私のことが嫌いかい?」
なんだか、顔は笑っているのに、言葉からは殺気にも似た、冷気を感じた。体が凍りつくのではないかという恐怖を覚えつつも、私は必死に首を横に振った。
「そうかい。それなら……」
「は……はい?」
師匠はふいに立ち上がり、私のところに歩み寄って来た。そして、装飾品だと思われるイアリングを手に取り、私の左耳につけながらこう言ってきた。
「早く着替えてしまおうか」
「……はい」
もはや、愚痴をこぼすことすら、許されなくなってしまった私は、まるでその女物の服が着たくてたまらないというように見えてしまうほど、黙々と服を着替え始めた。
師匠は……とても優しくて、誠実で、賢明で、すばらしいお方だけれども、時々、恐ろしく子どもっぽくなる。
「師匠……」
「着替えられたかい?」
絶対におかしい。おかしい……ありえない! どうして、こんな格好を私が……。絶対に変だ。私は、泣きたくて仕方なかった。こんな姿をジンレートに見られでもしたら……。そのとき、私はハッとした。
(ここは、城じゃないか! あの時は、偏狭の地だったからこそ、ジンレートにおかしな姿を見られる危機はなかったけれども、ここでこんな格好をしていたら、遭遇する危険が……っ!)
そのことに気がついた私のする行動は、たったひとつであった。
「カガリ、何をしているんだい?」
「見ての通りですよ! 私はやはり、このような召し物はイヤです!」
私は、必死になって今着たばかりである服を脱ぎだした。ジンレートどころか、城の中なのだから、私のことを知っている人間ばかりではないか。そんな彼らにこのような姿を見られたら……。私は、ただでさえ立場が弱いというか、悪いというのに……これでは一生の笑いものだ。冗談ではない。だいたい、どちらかが女役をやらなければならないのならば、何も私がやらなくても、師匠がやればいいんだ。師匠がこの芝居を見たいのだから、師匠がリスクを背負えばいいではないか。それに……。
「なんの為に髪をのばしているんですか!? こういう時の為じゃないんですか!?」
言ってしまった。いや、言うつもりは微塵もなかったのに、ついつい熱くなって、口が滑ってしまった。私は、恐る恐る師匠の顔を見た。やはり、顔は笑顔だ。けれども、先ほど以上に冷たい空気がこの部屋を覆っていた。私は、師匠の逆鱗に触れてしまったような気がした。
「カガリ」
私は、返事をすることさえできなかった。ただ黙って、次の言葉を待った。本当は、今すぐにでもこの部屋を飛び出したいのだが、師匠が相手では、それは叶わないであろう。
「まずひとつ。私は別に、女装がしたくて髪を伸ばしているわけではない」
やはり声が出ない。というよりも、師匠があまりにも恐ろしくて、目を合わせることさえできないでいた。
「そしてふたつ……」
師匠が動いた。それは分かったのだけれど、そう意識した瞬間、私は床に倒されていた。腕を後ろで極められていて、身動きが取れない。かなりの力で床に押し当てられ、正直苦しかった。
「私はお前の師匠ではなかったか? お前は弟子ではなかったか?」
「……そ、そうです」
私はようやく言葉を発した。黙っていることが、師匠を余計に怒らせているような気がしたから……。けれども、お腹が床に押しつぶされているため、息が上手くできず、苦しさが増した。
「それなら、言葉遣いに気をつけるべきではないのか?」
「す……すみません」
「それから……」
まだあるのか……と、私は胸中で嘆いた。
「早くしてもらわないと、開演に間に合わなくなってしまう。急ぐぞ」
駄目だ。やはりこの人には勝てない……。私は、ぐったりと床に伸びた。
「わかりました……」
そう言うと、師匠は満足そうに笑みをこぼした。そして、私の髪の毛を縛るリボンを解き始めた。私は驚いて、慌てて頭を押さえた。しかし、師匠がその私の腕を掴み上げ、邪魔をしてきた。
「これ以上何をするつもりなのですか!? やめてください!」
私は、必死になって抵抗した。しかし、師匠はわたしの髪の毛をいじることをやめなかった。どうも、この感触……。師匠は、私の髪の毛を編んでいるようである。私は、自分でこれからなるであろう姿を想像した。はっきり言って、恐ろしい。このようなヒラヒラした服を着て、髪までみつ編みにしたら、私は誰がどう見ても「変態」ではないか。私にも、形だけではあっても、部下というものがいるんだ。このような姿をもしも見られでもしたら……。冷や汗が浮かぶ。
「イヤですってば、師匠……っ!」
ついに私は絶叫した。しかし、師匠は実に楽しそうに、私の髪の毛をふたつの三つ編みにしてしまった。その出来に満足したのか、私と少し距離をとると、感心するように何度も頷いていた。
「なかなか似合うな。これなら、本当に男だとはバレないかもしれないな」
(……バレない、かも?)
私は、その部分に妙な違和感を覚えるのであった。バレるに決まっているではないか。私は、うなだれた……時々、師匠のことがよく分からなくなる。
「よし。準備もできたことだし、さっそく出かけるぞ。早くしなければ……」
「あの……ところで、どちらにでかけるのですか?」
師匠は、また嬉しそうに笑っていた。
「ククルスだよ」
「ククルス!?」
私は驚きの声をあげた。「ククルス」と言えば、本当に男と女のカップルしか行かないような街であった。俗に言う、デートスポットとかいう場所である。私は、何やら嫌な汗をかきはじめた。冗談ではない!
「馬でも間に合うだろうか……」
「師匠、ククルスなんて私は嫌です! 絶対に行きませんから!」
私は、必死になって訴えたが。師匠はひとりでぶつぶつと呟いているだけで、私の言葉など、まるで聞いてはいないようであった。
「それとも、安全策をとって転移した方がいいかな。うん……そうだな」
私の意見はどうしても、受け入れてはもらえそうになかった。答えの出た師匠は、さらに疲労感を漂わせはじめた私を見て、首を傾げていた。
「どうしたんだ? 何か言ったか?」
「……いえ」
もはや、抵抗する気にもなれなかった……。
「カガリ、私の手をとりなさい」
私は、師匠の手に触れた。すると、師匠は優しく私の手を取った。そして、短く詠唱する。
「転移」
私は目をつむった。この、転移の瞬間の独特な景色の変化は、あまり好きではなかった。師匠自身もあまり慣れてはいないようで、私と同じように目をつむっていた。
次に目を開けたとき、その場所はすでに城の中の私の部屋ではなかった。