バレンタインデーキス
「いょう!元気にしてっか?」
隣に住む彼とは幼稚園の頃からの幼なじみだ。
茶髪に耳に輪っかピアスをあけていて、はでな印象の侑真。
私は逆におとなしくて黒髪だし、ピアスなんてもっての他。
唯一自慢は、長く伸ばしたこの黒髪くらいで、校則には違反している。小さな反抗心ってやつ。一応後ろで一つ結びにして校則の鬼からはのがれられている。
私はいわゆる腐○子というやつで、地道に同人活動をしている。
侑真とは住む世界が違うのだ。
「ショウー。」
私の名前を呼ぶ侑真にいちいちびくびく反応する情けない私。
それでも、目では侑真を追ってしまう。
侑真はバスケ部のエースだ。校外にもファンがいたりする。
その侑真が、また私に声をかけてくる……
それは重荷でしかなかった。ある事件が起こるまでは……
それは放火だった。
誰がそんなことをしたのかわからなかったが、私と侑真は、ただただ燃えている侑真の家をみあげるしかなかった。
死人怪我人はでなかった。みな避難して無事だった。我が家の車庫の天井をすこし焦がしてとけてしまった程度で収まった。
しかし、次の日からが問題だった。
家をうしなった侑真の家族をしばらく同居させることになってしまったのだ。
侑真は嬉しそうににやつくと、
「よろしくな」
とものすごいプレッシャーで押してきた。
寝る場所の話になったとき、母が
「侑真くんはショウの部屋で寝てね」
と言った。
私は
「ちょっと待ってよ、私の気持ちは無視ですかー!!」
見事にスルーされた。
◇
「あぁー、いい風呂だった」
侑真は上半身裸で風呂からあがってきた。
目のやり場がない。
半目伏せぎみにしていると、侑真の下半身しか見えず、逆効果だった。
「次、お前入ってこいよ」
「言われなくてもいきますー」
あれ?と思った。不思議に自然と会話が出来ている。
今まではなにか言われたら固まるしか能がなかったので、たいした進歩だ。一緒に住むという覚悟もあるだろう。
風呂場でゆったりと浸かりながら侑真のことを色々考えて思い出していた。
小さな頃からいじめられっコだった私はいつも侑真に助けられてばかりだった。
それは未だに変わらない。
でも、変えたかった。侑真の視点と同じ視点でものが見たかった。
こうして考えると侑真のこと、ホントに好きなんだなぁと思う。
好きだから避けてしまうし、素直に話せない。高校にもあがって、中学生レベルの自分にも嫌気がさす。
風呂からあがり、パジャマに着替えて部屋に戻ると、侑真が勝手にアルバムを開いていた。
「なに勝手に見てるのさ?!」
私はアルバムを閉じようと必死になる。
そんな姿を見ながら侑真は笑うと
「仔犬みてぇ!」
とアルバムを放り投げ私のことをぐりぐりともふもふした。
結果アルバムは無事だったが、私の髪の毛はもしゃもしゃになった。
と言っても櫛で解かせばすぐに解けるんだけど……
不思議と侑真のいる環境が当たり前な気分がしてくる。
私は朝は侑真の登校時間とずらすべく、一本早い電車に乗った。電車の中は混み合っていてなかなか身動きもとれなかった。
すると、後ろからなんだかお尻を撫でられている気がする。いや、勘違いか。こんなに混んでるんだもんね。
そこへ、「この人、痴漢です!」とその男を捕まえた人がいた。やっぱり痴漢だったんだ……と、捕まえた人を見ると侑真だった。
「……また助けられちゃったね」
「心配すんな、お前のことは俺が守る」
「それ彼女にいうせりふ」
そこでしばし沈黙があった。彼女という言葉がタブーだったらしい。
「間に合わなくなるから、いくぞ」
「ちょっと、はや歩きし過ぎ!」
「だいたいお前さ、隙がありすぎんだよ!だから今日みたいなのに狙われる。」
確かに一理ある。こんな目に遭うのは初めてではない。
「今度から俺のそばを離れるなよ」
そう言った侑真の顔が少し赤いことを私は見逃さなかった。
◇
学校につくと、侑真は友達と合流してしまい、私はおいてけぼりになった。
「俺から離れるなよって言ったのに……」
ぶつぶつ言いながら教室へ入った。
教室へ入るといつものごとく、一人で漫画を描き始めた。将来の夢は漫画家だ。
漫研に所属する私は教室では空気。
いてもいなくてもいい存在だ。
ところが……
「おい、弁当、お前の分」
侑真が弁当を持ってやって来た。母さんが今朝渡しそびれていたらしい。
女子の視線が突き刺さる。
こんなにモテるのに彼女がいないほうが不思議なくらいだ。
もしよかったら私と……なんて考えては頭を振り雑念を飛ばそうとする。
煩悩の塊だ……
漫研に立ち寄って、自分の漫画を評価してもらう。今回は渾身の出来なんだけど……
部員が口を開きかけたそのとき、漫研の扉が開き、侑真がやって来た。
「一緒に帰ろうぜ」
「う……うん!」
漫画よりも侑真が優先だ。
幼い頃から、気がついたら侑真の背中を見つめていた。
今では私がすっぽり隠れてしまうような広い背中。
その背中を見るのが一番好きだった。顔をまともに見ることができないくらい、私は侑真が好きだった。
顔なんてまともに見たら鼻血が吹き出てしまいそうだ。
だから、いつもアルバムを見ていた。アルバムの中の侑真だったら、顔を見ても嫌われない、恥ずかしくない。
だから私のアルバムには侑真がいっぱいいる。
昨日開いていたページは、まだ自分の写真ばかりだからバレずに済んだのだ。あれ以上先を見られたらとんでもないことになる。帰ったらアルバムを奥深くに封印せねばなるまい。
電車に揺られて手すりを掴んでいた私はバランスを崩した。
そこへ助けの手が入る。侑真だ。
「危なかったなぁ、もっとしっかりしろよ」
侑真が顔を赤らめながら視線を反らして言う。
見ているこちらまで赤面しそうだ。
「あ……ありがと」
でも、この反応は、まさかのまさか……
そりゃないか。自分を振り返り自分に言って聞かせる。
いつもそうだった。言いかけた気持ちにセーブをかけ、誤魔化してきた。
侑真はこんなにそばにいるのに、とても遠い存在だ。
◇
町はすっかりバレンタイン色に染まっている。
私は今年こそは、と思うが、あの女子の海へと飛び込む勇気がもてず、一度も侑真にチョコを渡したことがない。
侑真の家は今建て替え中で、まだしばらくは侑真と過ごすことになりそうだ。
私は覚悟を決めた。
侑真にチョコを渡そう。
それは侑真が友人と話している内容を聞きかじってしまったことから始まる。
「侑真、お前さ、好きなやつとかいないの?」
「あぁ、いるにはいるんだけど、告白する勇気がなくってな」
好きな人がいるんだ……
なら、いっそのこと思い切りフラれてすっきりしてしまいたい。
私は女子の海へ飛び込んだ。
チョコレートと一口には言っても、色々あるんだなということがわかった。
侑真ならどれが好きかな?
選ぶうちにわくわくしてきた。これが巷の女子の気持ちってやつなんだな。わかる気がしてきた。
一番高そうなチョコを買うと、バッグの中にそっと隠し込んだ。
◇
バレンタイン当日。
いつものように朝から侑真と通学。渡すのは放課後、部活の前だ。
そうすれば、泣いても帰るまでには平気な顔になれるだろう。
ところが、電車の中でまでバレンタインチョコを渡してくる強者がいる。
「いつも朝から見てたんです。私の気持ちです!」
必死になって渡してくる女の子を尻目に、
「俺、興味ないから」
とつっけんどんな侑真。
「せめて受け取ってあげる位すればいいのに」
「受け取ったら期待するだろ?」
「でも、告白するのってすごい勇気がいるんだよ?それをあんなに無下にして……」
「興味ないものは興味ないから」
「……侑真のばか!!」
私は一人、乗る車両を変えた。
あぁ、なんてバカな私!
告白するタイミングを逃してしまいそうだ。
その日の登校は一人だった。
◇
「侑真!ちょっと話があるんだけど」
私は侑真を呼び出すことに成功した。
侑真には他の女子からも誘いがあっていて、その全てを興味ないから、と断り続けていた。
私の話に応じてくれるのは幼なじみの強みだと思っていた。
心臓の音が破裂しそうに高まる。私以外の人……侑真に聞こえてしまいそうだ。
階段の踊り場で、人気のないところを選んだ。
唾を飲み込む音が聞こえる。
チョコを差し出すと、
「これ……本命チョコだから!」
と言い切った。目の前がぐるんぐるんして膝が笑い始めた。
「これ……俺のこと、好きってこと?」
何度も言わせないでよ。
「そういうこと……かな」
しばらく沈黙していたが、いきなり抱擁される。
「ありがとう!俺もお前のことが好きだった!」
まさかの展開にパニクる私。
「だだだ、だって男同士だよ?」
侑真は極上の笑みで答えた。
「それがなんだっていうんだ?」
「不道徳とか、思わないの?!」
「惚れちまったら性別なんて関係ないだろう?」
そして私のファーストキスの相手は侑真になった。
◇
「ったく……俺はお前と一緒にいたかったよ」
引っ越し当日、文句を言う侑真を宥めながら荷物を運んだ。
「ショウ……好きだぜ」
「侑真……私も」
三度目のキスは、ガムの風味がした。