02:各国模様
『それでは、各国の状況を教えて下さい』
画面の中で、テナが集まった者達へと呼び掛けた。
その場で円卓を囲っているのは教団の中の有力者達、勿論はっちゃけ教皇もいる。
国家樹立宣言以降、各国の動向を窺う為に人を派遣し様子を見るようにさせていたが、それらの報告がこの場で為される予定だ。
出席自体は既に私の名代として認識されているテナに任せて、私は最上階層から画面で様子を見ることにした。なお、私の隣ではリリが絵本を読んで文字の勉強をしている。文明レベルが中世ヨーロッパレベルの割に妙に識字率と印刷技術が高いこの世界において、文字の勉強は必須事項だ。
テナは円卓の後ろの一段高い場所に特別に設けられた椅子に座って、その場に集まった者達を見下ろしている。私が神族に変わっても外見上の変化が無かったように、テナも使徒族に変わっても外見は変わっていないが、何処か超然とした雰囲気を纏うようになった気がする。
美しい金髪に幼いながらも凛とした顔、神秘的な雰囲気を持つ黒い衣装を纏ったその姿は、まるで何処かのお姫様か巫女のようだった。って、巫女はその通りか。
『それではまずは私から。
聖光教総本山のルクシリア法国の動向ですが、我が国の国家樹立宣言を即座に否定。
各国に対して同調するよう呼び掛けています』
いきなりの報告に会議場内にどよめきが走った。
『落ち着きなさい、アンリ様もこの場をご覧になっておられるのですよ』
ざわつく議場に教皇の声が響くと、円卓はシンと静まりかえった。
確かに見ているけど、わざわざ言わなくていい。
『ルクシリア法国がそのような対応をすることは、最初から分かっていたことです。
問題はそれに対する各国の反応です。
そちらの方は如何ですか』
教皇の言葉に、一人の女性が手を挙げた。
『そちらについては、まず私から報告します』
『貴女は……確かフォルテラ王国の担当でしたね』
『はい』
フォルテラ王国は今私達が居る場所が元々属していた国であり、利害関係者としては最も重要な存在と言えるだろう。この報告は非常に気になる。
『フォルテラ王国はルクシリア法国の呼び掛けを拒否しました。
更に、現聖光教上層部の不正を訴えて新たに派閥を形成、敵対の構えを取りました。
また、我が国の国家樹立宣言についても否定はせずに中立の立場を取っています』
先程の報告以上に室内が騒がしくなる。
有史以来、人族領の全ての国家の国教となっていた聖光教に真っ向から反抗したのだから無理もないだろう。いや、新たな派閥ということは聖光教自体には反してはいないということだろうか。
『新たな派閥の名前はオリジン派、女神の教えに忠実であることを主軸にしている模様です』
『ルクシリア法国側はフォルテラ王国の声明に何と反応してますか?』
『教皇自ら遺憾の意を表明し、撤回を求めています』
女性の報告に教皇が、最初にルクシリア法国の動向を報告した男性へと問い掛けると、ある意味当然と言える答えが返ってきた。しかし、それで撤回するならば最初からそんな声明は出していないだろうから、敵対は必至だ。
『各国もルクシリア法国とフォルテラ王国の睨み合いの動向を窺う姿勢を見せており、膠着状態となっています』
それにしても、どういうことだろう。
フォルテラ王国からしてみれば、うちの国──自称だが──は自国の領土を勝手に乗っ取って国家宣言しているのだから、真っ先に否定して当然の筈。実際私もそうなると予想していた。
それが蓋を開ければ中立、それも聖光教の総本山と敵対しながら、だ。私達と敵対するよりもルクシリア法国と敵対することを選ぶ理由が分からない。
「進展があったのか?」
後ろから掛けられた声に振り返ると、そこには魔族領側の情報を集めるために留守にしていた筈のレオノーラの姿があった。振り返った瞬間、目を逸らされた。流れるような反応だ……慣れてきたな、彼女。
「おかえり」
「ああ、今戻った」
人族領であれば教皇達に任せてもある程度の情報が入ってくるだろうが、魔族領の情報は流石にそうはいかない。この場所は丁度両方の領土の真ん中付近にあるため、そちらの情報も疎かにするわけにはいかない。そのため、レオノーラに頼んで情報を集めて貰った。流石に彼女も自国を不利にするような情報はくれないだろうが、魔族領と敵対しているわけでもないので普通の情報でも十分だ。
そうだ、先程の話についてレオノーラにも意見を聞いてみよう。一応王族の彼女なら、王国の思惑が分かるかも知れない。脳筋の部分が不安だけど。
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「成程……」
議場では会議が続いているが、最も重要な部分は既に聞くことが出来たので、休憩にしてお茶を飲みながら先程の件をレオノーラに相談してみる。彼女は腕を組みながらしばらく考え込んだ。私は隣で甘い菓子パンに目を輝かせているリリの頭を撫でながら、彼女の考えが纏まるのを待った。
「3つ程思い付く事はあるな」
「どんなこと?」
やっぱりレオノーラは頼りになる、脳筋とか思ってごめん。
「1つ目、単純にお前のことを怖がっている」
「…………………」
褒めた私が莫迦だった。いや、確かに怖がられているとは思うし、推察としては間違ってはいないのだろうけど、期待していたのにその答えは酷い。テーブルに突っ伏した私の頭をリリが小さな掌で撫でてくれた。いい子だ。
「2つ目、元々フォルテラ王国と聖光教上層部との間で何らかの確執があった」
「確執?」
「ああ、この前王国軍が攻めてきた時に『自国の問題を聖光教や他国に対処されれば借りを作ることになる』と言っただろう?
聖光教もそうなることは理解出来ていただろうに、それを知りつつ敢えて聖光騎士団を結成しようとしたわけだ。
邪神の対処を優先しようとしただけかも知れないが、王国との間に何らかの確執があった可能性もある」
「聖光騎士団の結成は王国に対する圧力ということ?」
「推測に過ぎないがな」
成程、確かにそんなことがあったのだとしたら、今の王国と法国のいがみ合いも頷けるかも知れない。
「3つ目は……魔族領との関係だな」
「……………?」
魔族領がどう関わるのだろうか。
小首を傾げる私に、レオノーラは続きを話し始めた。
「この地はフォルテラ王国の中でも魔族領に最も近い辺境だ。
フォルテラ王国は魔族領に接した最前線だが、ここに国が出来れば事情も変わる。
辺境の僅かな領土を失ってもメリットの方が大きいと判断してもおかしくはない」
「それは……」
つまり、私達を魔族領に対しての盾にしようとしているということか。
確かにそれなら、中立の立場をとることの説明になる。盾にするなら敵対関係でも友好関係でも駄目だ。前者は魔族領の代わりに新たな敵が出来るだけだし、後者だと敵を押し付けられなくなる。
そして、邪神国家と中立の立場をとる──敵対しないことを選択する以上、聖光教との関係悪化は必至。予めそれを見越していたからルクシリア法国に対して反旗を翻した、という流れか。
「どれもあり得るし、理由は一つだけとは限らないからな。
案外、今まで挙げたことが複合的に絡み合った結果なのではないか」
そうかも知れない。
取り合えず、直近で敵対する可能性が最も高かったフォルテラ王国がルクシリア法国と睨み合って膠着状態に陥ってくれているのは、私達にとっても好都合だ。
今の内に国としての体裁を整える動きをするべきだろう。
「そう言えば、魔族領の方は?」
「ああ、概ね静観だな。
魔族としては邪神という存在を好んではいないが、それは人族が我らが信奉する闇の神を貶めるための概念だったからだ。
闇の神とは全く別のお前と敵対する理由はない。
私を通して意志疎通が可能な状態なら、当面はこのままの関係を維持する方針だそうだ」
「そう」
それを聞いて安心した。
少なくとも当分の間は人族領の問題に専念出来そうだ。
私はお腹が一杯になって眠気まなこを擦っているリリの頭を撫でながら、安堵の溜息を吐いた。
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『各国の動向や我が国の運営についてはこんなところですか。
ここで一つ、テナ様にはアンリ様にお伝え頂きたいことがあります』
『なんですか?』
ん?
休憩の間に細かい話は概ね済んだみたいだけど、教皇が何か言い出してきた。
『実は各国にアンリ様の素晴らしさを知らしめるための方策を考えたのです。
是非ともアンリ様に内容を確認して頂きたく』
何をする気だ……。
不安だ、激しく不安だ。