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邪神アベレージ  作者: 北瀬野ゆなき
【前篇~邪之章~】
18/82

18:狂宴

 ダンジョンの入口部分はかなり広めのホールになっている。各階層で気絶した侵入者を転移させて放り込む場所でもあるため、余裕を持ったスペースとなっているのだ。それこそちょっとした催し物を開くことが出来るぐらいの広さはある。魔物も入口のある部屋までは出て来ないことに加え、わざわざ夜にダンジョンを訪れるような無謀な者はまず居ないため、深夜の時間帯であれば邪魔が入ることもない。




 ……だからって、ここでサバトとか開くんじゃない。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 先日友人となったレオノーラはまた来ると約束して再び旅に出たが、彼女から聞いたリーメルの街の噂──このダンジョンに邪神が棲み付いているというもの──については、気になっていたのでテナに街で調べて貰った。

 その結果、あの噂は2つの原因から広まったことが分かった。


 1つは今から1〜2ヶ月前、このダンジョンの異変が起きた頃に前後して起こった聖光教の教会への襲撃だ。まだ日も高い日中に突如恐ろしい何者かが教会を襲撃して邪なる者を拒絶する筈の聖なる結界を容易く破壊し、嘲笑うように立ち去っていったらしい。

 もう1つはこのダンジョンから発見されたという武具。邪神の祝福を受けたその剣は凄まじい威力と呪いを孕んでおり、邪神直々に加護を与えたものと推測されている。

 これらの事実から、ダンジョンに邪神が潜んでいるという噂が広まったのだ。


 ……心当たりなんてない、ないったらない。





 噂が何処まで広がっているかは分からないが、少なくとも邪神を信仰する者達が大人数集まる程度には広まってしまっているらしい。そのことを、映像越しに頭の痛くなる光景を見ながら私は痛感していた。


 部屋の中央には篝火が焚かれ、その上で何処から持ってきたのかと不思議に思うような大釜が乗せられている。大釜の中には怪しげな液体が煮立てられており、周囲に薄いピンクの煙が立ち込めていた。映像越しのために匂いは分からないが、あの部屋の中に強烈な匂いが充満しているだろうことは想像に難くない。

 篝火を囲む形で100人近い人間が生まれたままの姿で狂態を晒している。一心不乱に踊り狂う者も居れば、近くに居る者と絡み付くように抱き合ってその身を貪り合う者も居る。充満する煙には麻薬のような薬効があるのか、みな恍惚とした表情をしている。


 まさに魔宴と呼ぶべき狂乱の宴だった。とても正気で見ていられる光景ではないが、私はこのダンジョンの主としてきちんと監視しなくてはいけない。決して興味津々で覗いているわけではない。


 宴は時間と共にその興奮を増していき、やがて頂点に達する。叫び声が上がる中で、唯一人服を纏ったままの者が部屋の中央に進み出てくる。

 その者は20代前半に見える若い金髪の男性で、端正な顔立ちに司祭服を纏っていた。彼は大釜の前に立つと居並ぶ信徒達の前でサッと右手を掲げる。その瞬間に狂乱の宴は一斉に止み、周囲に緊張感を孕んだ静寂が満ちる。


『これより贄の儀を始める!』


 静寂を切り裂くように放たれた青年司祭の声に、先程までを凌ぐ大きさの歓喜の叫びが上がる。異様な空気の中、大柄な男性が4人掛かりで石造りのテーブルを運んで来て、青年司祭の前に降ろす。


 贄と言うからには生贄を捧げる儀式だろうか。生贄と言えば山羊だよね、普通。

 映像越しに見える場の雰囲気から嫌な予感がするけど。


 そんな私の予感を肯定するように、連れて来られたのは粗末な貫頭衣を着せられた8歳くらいの少女だった。栗色の髪を肩口まで伸ばしたその少女は手を前で縛られ猿轡を嵌められた状態で無理矢理引き立てられてくる。

 これから自分を襲う運命が理解出来ているのか恐怖に涙を浮かべて必死に抵抗するが、所詮は幼い子供の力であり、ささやかな抵抗にしかなっていない。

 石造りの祭壇まで連れて来られると、着ているものを剥ぎ取られ手を頭上に伸ばした状態で祭壇の下を通した縄に手足をそれぞれ縛り付けられて固定されてしまう。


『んーーーーーっ!!』


 じたばたと暴れようとする少女だが、縄はきつく彼女を戒めており僅かに身を捩る程度の動きしか出来ていない。そんな少女を見下ろしながら、青年司祭は懐から短刀を取り出した。ギラリと光るその凶器に少女はイヤイヤをするように首を振るが、その場の誰もそんなことに構う者は居ない。


『我らが神よ、どうか供物をお納め下さい』


 青年司祭はそう告げると振り被った短刀を少女の心臓目掛けて躊躇なく振り下ろし……って、冗談じゃない!

 現実感の無い異常な光景に呑まれていた私だが、ハッと我に返ると慌てて転移陣を祭壇の上に発動させて少女を自分の元へと転移させる。一瞬の光の後、私の目の前には両手足を縛られて猿轡を嵌められた少女が横たわっていた。

 かなり際どいタイミングだったので心配になって少女の様子を見るが、その幼い胸に血が出ている場所は無かった。彼女の胸の中央に手を当てて見るが、殺され掛けた恐怖のためか早鐘を打つような状態ではあったが、心臓の鼓動がしっかりと感じられた。

 どうやら何とか間に合ったらしい。




 ホッと安堵する私の耳にパリーンと何かが割れるような音が聞こえる。


 怪訝に思って首を捻る様にそちらを向くと、部屋の入り口に立つテナと彼女の足元に散らばる陶器の破片が目に入ってくる。どうやらお茶を淹れてくれようとしたテナがティーセットを落として割ってしまったようだった。何故か動こうとしない彼女に片付けるように言おうとするが、彼女の浮かべた表情に私はその言葉を飲み込んだ。


「ア、アンリ様……」


 驚愕、怒り、哀しみ、絶望……それらの入り混じった表情を浮かべながら、彼女は私の方を見て硬直している。ティーセットを割ってしまったくらいでそこまで咎めるつもりは無いんだけど。


「そ、そそ、その女の子は……?」


 その言葉に彼女の視線の先に居るのが私だけで無い事を思い出し、この部屋に居るもう1人の存在である少女に目を遣る。恐怖の表情で涙を目に浮かべながら私を見上げる少女の姿に、私はふと冷静に立ち返って今の自分達の状態を客観的に見てみた。


 8歳くらいの幼い少女が全裸にされた状態で手足を縛られ猿轡を噛まされ涙を浮かべている。

 そして、そんな少女に覆い被さるようにして彼女の薄い胸に手を当てている私。


 へ、変態だ……って、違う!

 自分がどう見られているか理解した私は慌ててテナの誤解を解こうと彼女の方を向く。


「話せば分か……」

「────っ!」


 私が声を掛ける前に、テナは泣きながら部屋を飛び出して行ってしまった。


 ちょ、待って。逃げないで。

 せめて割れたティーセットを片付けてって。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 面倒なことになった。テナの誤解は後でちゃんと解いておかないと、私が百合趣味の上に小児愛嗜好だという思い込みが定着してしまいそうだ。縛られたまま転がっているこの少女のこともどうにかしないといけない。

 しかし、それ以上に今急いで対処しなければいけないのは、生贄が消えて混乱しているサバトの方だ。咄嗟のことで後先考えずに行動してしまった為、どうにか収拾を付けないといけない。加えて、今後同じようなことを繰り返されても嫌なので、その点も何とかする必要がある。

 と言うわけで、縄は後で解くので済まないがもう少しの間そこで転がっていてくれ、少女よ。


 映像を見ると、捧げようとした生贄が殺される瞬間に消えたことで、集まった信徒達は当然ながら大騒ぎになっていた。神聖な儀式の最中に起こったアクシデントに恐慌状態になる者もいる。しかし、短刀をしまった青年司祭が振り返り手を挙げると、騒ぎは収まっていく。


『皆も見届けたであろう!

 我等が神は供物を受け取って下さった』


 その声に信徒達は一瞬静まり返ると、爆発的な歓声を上げた。青年司祭は満足そうに頷くと、祭壇の方を振り返って無言で待つ。信仰する神が反応を見せたと思い、続くリアクションを期待しているのだろう。


 これ、やっぱり私が何か反応しないと駄目なんだろうな。放置して寝たい気持ちで一杯なんだけど、それをした場合に彼らがどんな行動に出るか想像出来ない。

 さて、どうするべきか。少女を掻っ攫った以上は生贄など要らんと言うのは通らないだろうし、返したら彼女は殺されてしまうだろう。かと言って良くやったとか褒めたりすると、今後も同じことが続く可能性が高い。


『……不味い』


 考えた挙句、妥協することにする。生贄は受け取ったが気に入らない、次回以降はもっと別の物にしろという作戦だ。

 あ、呪いのテナ人形を置き忘れた。まぁ、今回はいいか。


『え? あ……申し訳ございません!

 その、お口に合わなかったのでしょうか?』

『人族や魔族は口に合わない。

 牛、豚、鶏、山羊──動物推奨』

『し、承知致しました!

 あ、あの……大変恐縮ですが、我らが神に相違ないでしょうか?』


 ちょっと邪神っぽさが無くて違和感があっただろうか、少し疑われているようだ。しかし、私に邪神の演技をしろと言う方が無理があるのだから、これくらいで勘弁して欲しい。


『いかにも』

『おお! お言葉を賜り光栄の極みに御座います!』

『口に合わぬ物だったとは言え、供物を捧げた信仰は大儀。

 故にこの杖を授ける』


 侵入者の魔導士から回収した杖に加護付与をして青年司祭の前に置かれた祭壇の上へと転送する。邪神は偽物だけど加護は本物だから、これを渡しておけば多少の違和感は誤魔化せるだろう。


『こ、これは!?

 ま、まさか神器を授けて頂けるとはっ!』


 青年司祭は祭壇の上に置かれた杖を恭しく持つと驚愕し、歓喜の涙を流す。


『以降も信仰に励むように』

『ははっ!』


 深々と頭を下げる青年司祭を映像越しに見て、私は何とかなったことに安堵する。映像では青年司祭があげた杖を掲げて信徒の前で演説を行っているが、もう知らない。

 次回があったとしても食用肉が送られてくるだけだ、儲け物と思っておこう。




 サバトの方が収拾が付いたので、私は転がったままだった少女の手足の縄を解く。どうにも静かだと思っていたが、どうやら恐怖のあまり気絶していたらしい。この部屋に転移してきた時は意識があったと思うんだけど、どのタイミングで気絶したのだろう。


 不思議に思っていると、執務室の入口から先程飛び出していったテナが無言で入ってくる。


「………………」

「テナ?」


 動きを見せないテナに不審に思って私が声を掛けると、彼女は決意の表情で徐に来ていた巫女服を脱ぎ出した。服を脱ぎ捨てて下着姿となったテナの姿は歳相応の未成熟さの中に僅かな色気を孕んでいた。

 部屋の灯りに照らされて浮かび上がるその白い肌は羞恥のせいか薄っすらと赤みが差している。


「その……アンリ様。

 どうしてもと言うなら私が……」


 私はその言葉に思わずテナに向かって無言で手を伸ばし──




 ──威力の弱い闇弾を彼女の顔にぶつけた。

 私はノーマルだ、男っ気無いけど。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 冷静に戻ったテナに割れたティーセットの片付けと少女の世話を一通りさせてから、私は彼女に起こったことを説明して何とか誤解を解くことに成功した。状況を正しく把握したテナは真っ青になって謝ってきたが、赦さない。

 彼女の誤解も止むを得ない光景だったとは思うが、その後の反応には思うところがあったため安易に赦さずにお仕置きをすることにする。

 お仕置きといっても別に変なことはしていない、ただ1時間程正座させただけだ。それだけか?と思うかも知れないが、この世界の人間に正座という習慣はないようなので、慣れないこの姿勢は結構な苦行になるだろう。その証拠に1時間経過した後の彼女は足の痺れに立ち上がれず、床で悶えていた。

 ちょっと悪戯心が湧いたため、テナの足を軽く指で突いてみる。


「ひぃっ!?」


 テナは敏感に反応して仰け反るが、身体を捩ったことでジーンという足の痺れが響いたらしく芋虫のようにのた打ち回る。素晴らしいリアクションに感心した私は続けて逃げようとする彼女の足に追い打ちを掛ける。

 つんつん。


「あぅ!……やっ!……ダ、ダメです!………突つかないで下さいぃっ!」


 つんつん……ちょっと愉しい。




「それで、あの子はどうするのですか?」


 ようやく痺れが引いたのか何とか立ち上がったテナだが、顔は赤みが差したままであり目は微妙に涙目だった。彼女の反応に思わず興が乗っていぢめてしまったが、これ以上やると本気で嫌がられそうなのでこの辺で止めておく。

 あの子と言っているのは先程世話を任せた生贄の少女のことだろう。彼女はテナが入浴させて服を着せて今は寝室のベッドで眠っている。


「親元に帰す」


 当然だろう。彼等が何処から攫ってきたのか知らないが、人道でも厄介事を避ける意味でもそれが最善の筈だ。


「でもあの子、奴隷みたいなのですが……」


 テナの言葉に思わず固まる。


「奴隷?」

「はい、首輪をしてました」


 首輪、してたっけ? バタバタしていたのでそこまでハッキリと覚えていない。しかし、言われてみれば最初に少女が着ていた服は奴隷の着るような貫頭衣だった気がする。


 ……拙い、彼女が奴隷だとすると色々と話が変わってくる。先程の邪教徒達の中に彼女を買った主が居るのなら、彼女をどう扱おうとその主人の自由であり、むしろ助けた私の方が盗人ということになる。攫われてきたのなら親も探しているだろうから見付けられるかと思ったが、奴隷として売られたとしたらそれも望み薄。どうにも出来ない。


「で、どうするのですか?」


 黙りこくった私に追い打ちを掛けるかのようにテナが問い掛けてくる。

 ……どうしよう。









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ひっ!?」


 私と目が合うと栗色の髪の可愛らしい少女が引き攣ったような悲鳴を上げて、テナの後ろに隠れる。ここ数日お馴染みとなってしまった光景であり、彼女は先日の生贄の少女だ。

 リリと言う名前と流行病で親を亡くしたことは聞き出せたが、それ以上のことは彼女自身よく分かっていなかったようで、何処の出身なのかも奴隷となった経緯も不明のままだ。

 結局何も思い付けなかったので、少なくとも暫くの間はこのダンジョンで育てることにした。聞き出した話からすると親元に返すことも無理そうだ。


「リリ、アンリ様は怖くないですよ」


 ちなみに、彼女から話を聞き出したのは私ではなくテナである。リリは世話をしてくれたテナに懐いたらしく、彼女の後ろを付いて回っている。対照的に私は怖がられていて、先程の反応の通り話し掛けようとしてもすぐに逃げられてしまう。


 私は姉妹のような掛け合いをしている2人の姿を眺めながら、溜息を吐いた。

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― 新着の感想 ―
興味津々で見とらんで、さっさと追い払えば良かったのに…………。
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