第8話 悪魔に取り憑かれた?
GWっていうのは素晴らしい週間だと思う。
休みが長く続くと言う理由だけでも学生にとっては素晴らしいのだけど、僕にとってはあの会長と一緒に居なくていいっていうことが素晴らしいのだ。
「平和だなぁ…」
いつも通り、朝6時に起きて母親が作ってくれた朝ごはんを食べる。
「あんた、今日も家に居るの?」
「へ?どして?」
「いや、母さんの友達が来るから邪魔かなぁと」
ついに母親から邪魔者扱いを受けるとは…通りで今日の朝ごはんは手抜きでは無く旅館のようなメニューなんだな…。
母さんの息抜きにも手伝ってあげようと快く「了解」というと樋口先生を渡される。
「まぁ私も今日は贅沢させてもらうわけだし、あんたも贅沢させてあげるわ」
「良いの?こんな貰って」
「四條学園の副会長になったらしいからお祝いよ。あんた言いなさいよ」
「いや、大したことじゃ」
「あんたご近所でヒーローよ。あの学校の生徒会副会長だなんて」
「なりたくてなったわけじゃないけどね。でもまぁ、これはありがたく頂きます」
母さんがこんな機嫌の良い事は無いのだ。
少しでも機嫌を悪くすればこの樋口先生は手元から無くなってしまう。
なるべくご飯を速く食べて、自分の部屋へと向かう。
そして、今日の予定を立てるためにパソコンの電源を付ける。
やっぱり樋口先生がいるのは心強い。
久しぶりに映画でも見に行こうかなぁ…昼ごはんはファーストフードで済ませば良いし、足らなければ適当に自分のお金を出しせばいい。
とりあえず、見たい映画はネットで調べ上げて予定も付いた。
今日はとことん遊ぼうじゃないか!
「すみません、高校生1枚」
「学生証などはありますか?」
「あ、はい」
「はい、ありがとうございます。席の方は」
「あ~ここで」
「ありがとうございます。こちらチケットになります」
綺麗なお姉さんからチケットを受け取り、映画館の中へと入る。
今回の映画は戦争映画。最近よくCMで宣伝していて気になっていた奴だ。
時間的に早いため、空席が目立つけど開演時間になればもう少し増えるだろう。
俺はジュースだけを持って真ん中の特等席に座る。
映画が始まるまであと10分、5分、と近づくに連れてどんどん人が入っていく。
というか…周りはカップルばっかりだな…。
「あのすみません」
「あ、ごめんなさい」
僕が足を出していたせいで通れなかったみたいだ。
足を引っこめて謝ると相手は可愛く微笑みながら僕の膝の上に座ろうとする。
悪魔再来。
「私の特等席みーっけ」
「おいこらまて」
思わず本気でため口を吐いてしまった…。
僕の膝の上に座っている女の子をひょいっと持ち上げて横の席に座らせる。
どうして、休日にまでこの悪魔に会うんだ…なんだ?運命か?運命なのか?そんな運命くそくらえだ!…いや、悪魔だから取り憑かれたっていうのかな…?
「も~、1人でこれを見に来るってワンちゃんは寂しいんだね」
「それはお互いさまでしょう、会長。というか戦争映画ぐらい1人で見てもいいじゃないですか」
「あれ?知らないの?戦争物だけど恋愛モノとしても良いんだよ?だからこうしてカップルで」
「だからカップルが多いわけか…まぁ僕はそういうの気にならないので大丈夫ですけど」
「ふふふ、今は私たちカップルに見られてるもんね」
腕を組もうとするな、腕を。
パッと避けるように腕を引くと同時にブーッと始まる音が流れる。
今から映画が始まるという状況では、さすがの会長も騒ぐようなことはしない。
映画の方は洋画の戦争物らしい王道ストーリーで進んでいく。
そして、音楽が素晴らしく、一瞬で映画の世界へと惹き込まれていく。
2時間なんてあっという間だ。
最後には泣かせるシーンもあったりして、周りからはすすり泣きの音も聞こえてくる。
僕も少し泣きそうになってしまったけど、何とか耐えてエンドロールを見る。
感想は最高だった。
何度も見たいぐらいの傑作。
最後まで見てから席を立つと会長はピッタリと僕の横を歩く。
それも、まるで彼女のように話かけてくるのだ。
「うぅぅ、本当に感動しちゃったよ~。特に最後なんてハンカチが手放せなかったよぅ」
そのハンカチは僕のです…会長。
ぐしぐしと涙を拭きながら、僕の横を歩く。
もしかして、このままついてくる気なんだろうか?
会長が横に居ることを無視しながらファーストフード店の中に入り、自分の食べたい物を注文しようとすると会長は普通に割り込んできた。
「てりやきバーガーのセットでドリンクとポテトはLで」
「あ、私はハンバーガーセットのドリンクとポテトはMで」
「はい。合計1380円になります」
店員さん…僕が払うかのような目で見ないでください…僕の注文に被せてきたこの人は他人です…。
とは言えずに財布の中からお金を出す。
そして、代金のお返しに番号札を渡され少し待つように言われた。
「ごちになります~」
「ちぃっ」
「じょ、冗談だよ。はい、私の分のお金」
「はぁぁ…別に良いですよ、これぐらい。この前クレープ奢ってもらいましたから」
「あらら?よく覚えてるね」
「そりゃまぁあそこのクレープ初めて食べましたから」
「嬉しいなぁ。私と一緒に食べた記念を覚えてくれるなんて、ワンちゃんはきっと女の子にモテるよ」
「そうですか。それは光栄ですね」
「あ、呼ばれたよ。私は席を取ってくるね」
あの人に「モテるよ」なんて言われても、いまいち嬉しいと思えないんだよなぁ…。
店員さんに呼ばれ、頼んだものを受け取り、会長の元へと向かう。
すると、たった1分という時間の間に会長は2人組の男の人にナンパされていた。
ここは男として行くべきなんだろうけど、そんなイケメンなことをすぐに実行できるほど僕はイケメンでもない。
遠くの方から様子を見て、少しの間、覚悟を決める時間を作ってから会長の方へ向かう。
そして予想していた通り、会長の彼氏という立場に立たされてしまった。
「ごめんね、彼氏と来てるの」
「なんだよ~そっか。ごめんね、それじゃまた」
「私が覚えてたらね」
今回のナンパさんは好青年だったみたいだ。
笑顔で別れて僕は会長の前に座る。
そして、言わせてもらう。
「だれが彼氏ですか?」
「ワンちゃん。私、思うんだけど会長と副会長ってよくあるパターンじゃない?」
「副会長、辞めさせてもらってもいいですか?」
「私のハンコが無いと勝手に辞められないよ?」
「なら勝手にハンコを押させてもらいますね」
「残念でしたぁ。私のハンコはいつも持ち歩いてるんだよ」
会長はハンバーガーに被りつき、口の端にケチャップを付けながらニコニコする。
そんな顔を見せられると何故か僕は何も言えなくなるのだ。
僕は何も言えない代わりに大きくため息を吐いてから、てりやきバーガーに被りついた。