第59話 家、
「………」
ここは?と聞きたいところだけど…なんとなく予想が付くような気がする。
岩瀬先輩は少し戸惑う僕を置いて、カンカンカンと少し錆びてしまっている階段を上っていく。
「ほら、早く来ないと食べ物が冷めるよ」
「あ、すみません。えっと、ここは」
「君の予想通りだけど?」
「…でも」
「まぁそういう反応をしたくなるのは分かるけどね」
大したことじゃないよ。とでも言いたげな顔をして、岩瀬先輩はインターホンを押す。
ビィィーーと古い感じのインターホンの音がドアの向こうから聞こえて、しばらくするとギギギィと重たそうなドアが開く。
「どう?覚悟はできた?」
「…するしかないでしょ」
ドアの隙間から少し顔を赤くした会長が岩瀬先輩を睨む。
やっぱりここが会長の住む家なのか?でも、藤堂家ってこんな言っちゃ悪いけど貧相な家に住むような家庭じゃ無かった気がするけど…。
ドアの隙間から見える会長の目が僕に向けられる。
「ワンちゃん…びっくりしたでしょ?」
「え?あ…えっと…」
「ほらほら、こんな寒いのに家の前で会話なんてバカのすることだよ」
岩瀬先輩は少ししか開いていなかったドアを無理やり開き、僕を家の中に招く。
会長はすでに僕が来ることを知っていたのか、少しだけ不安そうな顔をしながらも家の中に招き入れてくれた。
「ありゃ、珍しく家の中が温かいね」
「そ、そりゃっ…っ…」
「ふ~ん、私が来る時は暖房なんて着けてくれないのに犬塚くんが来る時は付けるのか。そーかそーか、特別扱いか」
「や、え、ちがっ」
「くくくっ、そんな慌てなくても大丈夫だよ。ほら、犬塚くんもいつまでもそんな所で突っ立って無いで中に入ってこれば?」
「あ、はい」
靴も脱がずに辺りをキョロキョロしていた僕に岩瀬先輩が声を掛ける。
この家を簡単に言ってみれば、よくTVドラマで貧乏な主人公が住んでいる激安アパートのような感じだ。間取りは1DKで、玄関から1歩で寝室と言う訳ではないけど。
岩瀬先輩は何の躊躇も無く、狭めなダイニングキッチンを抜けて行き、ドアを開け、奥の部屋へと入っていく。
僕もじーっと玄関に居るの変なので「お邪魔します」と会長に言って靴を脱ぎ、部屋に上がる。
それにしても…歩くたびにギシッギシッと音が出るのは設計時に「1人暮らしの子のためにうぐいす張りにしておこう。気付きやすくなる」と言った配慮があったからだろうか…。と冗談を言いたくなるようなぐらいギシギシと音がする。
「さぁて、それじゃ遅くなってしまったけど文化祭の打ち上げでもしようか」
「…はい?」
「綾乃も犬塚くんもしてないんでしょう?文化祭の打ち上げ」
「してないですけど…」
文化祭という単語で思い出すのは、あれしかない。
会長も同じ事が頭に浮かんだらしく、僕の方をチラっと見て、顔を背ける。
「くくくっ、良い反応をしてくれるから面白いね」
「あの!僕、帰ります。打ち上げは」
「今回は君が主役なんだけど?あのバカな3年生の相手をして、その上に抜き打ちテストをして最後までやり遂げたんだから」
「ちょ、それは」
「綾乃が知らないわけないでしょ。今日、生徒会室に入って気が付かなかった?綺麗になってたの」
「あっ、あれって」
「綾乃だよ」
「………」
「…そうですか。すみません、会長。勝手に抜き打ちテストなんてしてしまって。月曜日に知らせようと思ってたんですけど」
「ううん。り、理由は奈央から…教えてもらったから」
「そうですか……え~っと…すみません…」
どうしよう…ただでさえ、緊張して顔が熱いのに更に熱くなる。
まさかテストを行った理由まで知られているなんて…。
それに、この部屋はさっきのうぐいす張りされたダイニングキッチンとは違い、女の子らしい部屋になっているし、良い匂いもする。
そして、部屋の端には会長がいつも寝る時に使っているんだろうと思われるお布団が畳まれているのだ。
さっきから心臓が爆発しそうなほどドキドキしてしまっている。
「あの布団が気になるのかな?あれは毎晩綾乃が寝ている」
「な、奈央っ!!!」
「ありゃ、怒られちゃった。あっ!!綾乃の好きなジュースを買うの忘れてたよ。私、買ってくるね」
なんとまぁ…わざとらしい…。
ニヤニヤしたまま、僕と会長に言う。その顔は明らかに「覚悟しときなよ」と言いたいような顔だ。
そして、出て行く前に岩瀬先輩は会長に近寄り、耳元で何かを話かける。
すると、会長の顔がさっき異常に赤くなり、目を大きく開いた。




