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第45話 普通の楽しさと生徒会長としての楽しさ。

 もう思い出したくない…。

 どうして、あんなイベントの許可を取ったんだろう…と物凄く後悔している。


 しかし、僕の後悔とは関係なく会長が考えた「逆カップル」というイベントは大成功だった。


 男子が女装し、女子は男装。という普段では絶対にすることが無い行為。

 文化祭だからできるという開放感もあり、たくさんの参加者が集まった。

 その結果、カッコいい系から可愛い系、またはネタとして出場し、会場に笑いをもたらした逆カップルまで様々な人たちが楽しんでいた。

 しかし、一番楽しんでいたのは会長だ。


「あ~~たのしかったぁ~」


 僕の横で男装した会長が満足そうにつぶやく。

 全力で楽しみました!と言ったような顔だから、僕も許可を取った甲斐があるんだろう。

 まぁ、この女装には納得できないけど…。


 僕の女装はハッキリ言って自分でも恐ろしいぐらい可愛くできている。

 セミロングのかつらを被り、四條学園の女子生徒の制服を着て、岩瀬先輩が本気を出したメイク。

 鏡の前に立っているのに、鏡に映るのは他人という錯覚を起こすようなレベルまで女の子にさせられている。


 そして、会長の男装は元の美少女っぷりが災いして、カッコいい男子よりも可愛い男子になってしまっている。もちろん、現実にこんな人が居たらモテると思う。


「会長、さっさと着替えませんか?」


 一刻も早く僕はこの服を着替えたい。そしてメイクも落としたい。

 しかし、会長が僕の制服をどこに置いたのか知らないため、着替えようがないのだ。


「もうちょっと待って。はぁ…はぁ…」


 肩で息をしながら少し頬を赤く染める会長を見ていると、この人は本当にイベントには全力なんだと思い知らされる。

 心から皆に楽しんでもらおうとしているんだろう。


「ハァ…ハァ…よいっしょ…わっととと」

「ちょ!大丈夫ですか?」


 会長が立ちあがろうとして立ちくらみをしたのか倒れそうになる。

 なんとか倒れる前に会長を支える事ができたけど、会長の身体が熱いような気がする。


「ちょっとすみません」


 会長のおでこに手を置いてみると熱い。


「…まだ熱下がって無かったんですか?」

「ふぇ?あぁ~、大丈夫だよ。少しだけだから」

「また無茶を」

「大丈夫。それよりも見回りをしないと」

「何言ってんですか、死にますよ」

「えへへ、大丈夫だよ、ワンちゃん。人間はね、そんな簡単に死なないの。それに今日で文化祭は終わりだから、今年の3年生が一生忘れられないような楽しい文化祭に」


 会長は僕に力無く微笑む。

 自分の身体をそこまで鞭を打つことは無いだろうに…。

 この人は自分を見なさすぎる。

 ふらつく足で体育館を出ようとするのを僕は後ろから追う。

 そして、ドアに手を掛けて外に出ようとする会長を止めた。


「藤堂綾乃さん、これは命令です。あなたの生徒会長という仕事はこれでお終いです。あとは僕に任せてください」

「わんちゃん?」

「いい加減に自分だけで何もかもするのは止めてください」

「大丈夫だよ、私は生徒会長だもん。みんなの」

「生徒会長の前に藤堂綾乃でしょう?貴方は」


 生徒会長と言っても少しぐらいは普通に文化祭を楽しむ権利があってもいいはずだ。

 確かに会長は今回の文化祭では、MCなどで楽しんではいるけど、普通に友達とお店を回ったりしていない。

 この人はイベントで“普通に”楽しんだことが無いのだ。

 体育祭の時もそう。競技する側に立ってたとはいえ、普通の生徒が3競技に対して会長は8競技だ。

 僕たち生徒会が1人3競技出るだけで十分回せると分かっているのに8競技も参加させている時点で、会長は一般生徒の体育祭とは違い、生徒会長という立場で参加している。


「文化祭を楽しんでいないでしょう?」

「私はちゃんと楽しんでるよ?」

「生徒会長としてでしょう?それは」

「それでも良いじゃない」

「少しぐらい岩瀬先輩とかと普通に楽しんでください。それぐらいの時間は僕が何とかしますから」

「大丈夫。私はこっちの方が楽しいから」

「それは貴方がそっち側でしか楽しんだ事が無いからでしょう。普通の楽しみを経験したことが無いからでしょう」

「っ!!」


 会長はほんの一瞬だけ、顔を歪めるがすぐに僕を睨みつける。

 しかし、その態度が僕の言った言葉を肯定しているのだ。


「そうやって何もかも自分の力だけでやっていこうとしているのが僕はムカつくんですよ」

「ワンちゃんにはちゃんと仕事をやってもらってるよ」

「それは準備の段階ででしょう。いざ文化祭本番になれば僕のやることなんてほとんど無いじゃないですか」

「それはワンちゃんに楽しんでもらおうと思って」

「だからそれがムカつくって言ってるんですよ!わざと準備の段階で何もせずに僕に働かせて、本番になれば僕のやる仕事を少なくして自由な時間を作る。そうやって僕に楽しませようとする。2人でちゃんと分ければ2人とも自由な時間ができるっていうのに。会長は僕に自由な時間を与えて優越感にでも浸ってるんですか?私はワンちゃんのためにたくさん仕事してあげてるんだ、って!その考えが腹が立つんですよ!」

「そんなのっ…」

「そんなの、の後は何ですか?」

「………」

「体調が悪い時ぐらい、僕に頼ってください。貴方は人に頼らなさすぎる。今まではそれで良かったかもしれない。だけど、僕はそういうのは嫌なんです。

 自分がやれば他の人に迷惑はかからない。そんな考えは止めてください、捨ててください。

 人は他人に迷惑をかけないと生きていけないんです!」


 そうだ、人は他人と共存している。

 だから、生きている以上、他人に迷惑をかけてしまうのだ。

 例え迷惑をかけまいと頑張っていても、その行為自体が誰かに迷惑が掛かっている。

 そして、迷惑を掛けている相手に気が付かない事は、その相手に対してずっと迷惑を掛けているのだ。

 会長は気付いていない。会長自身が動くことによって、文化祭委員や風紀委員が休めなくなっていることを。

 会長が他のイベントに顔を出すと言う情報が流れれば、自然とそこに集まる人数は増えてしまうため、文化祭委員や風紀委員が集まり過ぎた人達を抑えるために人を派遣しているのだ。

 その結果、文化祭委員からは僕に「なんとかしてほしい」という声が届いてきている。

 風紀委員からクレームが来ないのはおそらく岩瀬先輩が抑えてくれているんだろう。もしくは、岩瀬先輩が休みなく動いているのかもしれない。

 僕は別に迷惑がかかるのは良い、副会長なのだから。だけど、生徒会ではない岩瀬先輩や文化祭委員にまで迷惑がかかっていることは知っていてほしい。全部1人でやろうとしないでほしい。


「私のできることは全部するの。皆はそれを期待してくれてるの。

 ワンちゃんの言った通り、私はこういう生き方しか知らないんだよ。

 ごめんね、これからは準備も私がやる」

「それは僕なんて必要無いと言うことですか…?」

「…………」


 どうして何も言ってくれないんだ…。

 今まで半年しか一緒に生徒会をしていないけど、僕なりに精一杯やってきたつもりだった。

 少しぐらいは必要とされていると思っていた。

 だけど…だけど、会長のこの沈黙は僕の事を必要としていなかったということか?

 僕が居なくても、文化祭も前にやった体育祭も今までやったイベントも全部できたのか?

 僕の中にある何かが崩れていく…。


「そうですか…わかりました。僕はもう何も言いません…」

「………」


 自分では気丈に振舞っているつもりでその場を離れ、今の女装から元通りになるために準備室へと向かう。

 もう僕は生徒会にとって必要ではないのだ。

 あの人なら何でもできるんだから。1年生の時は1人で全部やってきたんだから…。


 準備室に着くと文化祭委員の人に化粧を落とす物と体操服を貸してもらう。

 僕の制服がどこにあるか分からない以上、ここの服を借りるしかない。あとでクリーニングに出して返せばいいだろう。


「犬塚くん」


 化粧も落とし、体操服に着替えた後、水で顔を洗っていると後ろから岩瀬先輩の声がする。


「せっかく可愛くできたのにもう落としたのかな?」

「別にやりたくてやったわけじゃないですから」

「ふ~ん。…それにしても荒れてるね」

「別に」

「綾乃、あの子は前からあーいう子なんだよ。だから許し」

「だからなんですか?別に僕はもう必要ないみたいですから関係ないですよ」

「……はぁ」


 岩瀬先輩は大きくため息を吐いたあと、僕の手を取り、人ごみの中を引っ張っていく。

 その勢いは今まで見てきた岩瀬先輩とは違い、何も言わせないような雰囲気を持っている。

 岩瀬先輩は生徒会室まで僕を連れてくると、無理やり生徒会室の中に入れてくる。


「今から話すことは絶対に綾乃に内緒だよ。

 私はね、綾乃が四條学園に入って間もない君を副会長にするって言った時ビックリしたんだ」

「そりゃ普通の人ならしないですからね」

「ううん、そっちじゃない。綾乃が初めて自分の意思で近くに人を置こうとしたことだよ。

 あの子は小さい頃から人よりは勉強も運動もできて、容姿も良かった。それに、人を楽しませることに優れていた。だからかな?、綾乃の周りには自然に人が集まるんだよ。

 一緒に居れば楽しいし、たくさんの人とも話せる。そして、何より楽ができるんだよ…」

「楽ができる?」

「真也くんは思ったこと無い?自分が少し頑張ればできることだけど、自分より優れている人なら簡単にできるから任せちゃおうって。私も含めて綾乃の周りに集まる子は皆そんな子だったんだよ。

 面倒くさい事を全部任せられて、綾乃はそれを嫌な顔1つせずに受け取る姿を何度も見てきた。

 あの子の心はすでに麻痺しているんだよ。人に頼っても良い事でも自分で全部しないといけないって、仕事は1人ですることが普通だってね。

 だから、綾乃が生徒会長になって誰も選出しなかったのは驚かなかった。あの子ならそうすると思っていたから」

「それじゃどうして僕なんかが」

「一度、聞いたことがあるんだ。どうしてあんな子を副会長にしたのか?って

 成績も良い方ではあったけど特別凄いわけでもない。綾乃のように人から愛されている人でもない。まぁ本人の前で言うのもなんだけどね」

「いえ…」

「綾乃はこう言ったの。「あの子に本当の楽しさってのを教えてあげようと思った。こんなに世界は楽しいんだよって教えてあげたかったんだ。だから、私が一番楽しいと思っていることを一番近くで見せてあげようと思ったの」ってね。真也くんが本当の楽しさを知ってるのか知らないのかはこの際どうでもいい。綾乃がそう思って君を副会長に任命した。それが現実。

 綾乃にとって生徒会は一番楽しい場所なんだよ。確かに普通の学園生活は送れていない。

 だけど、綾乃にとってそんなのはどうでも良いんだよ。だって、今の生活が一番楽しいんだから」

「でも、それは普通の生活を知らないからでしょう」

「確かに綾乃はこっち側の楽しさを知らない。だけど、私は綾乃側の楽しさを知らない。

 人なんてそういうもんじゃないかな?自分のいる場所が一番楽しいと思わなきゃやってられないよ。

 だけど、君は違う。私たちの楽しさも知っているし、綾乃側の楽しさも分かっている」

「……」

「次はさ、君が綾乃に教えてあげる番じゃないかな?私たち側の楽しさっていうのをさ」

「僕が会長に教える?」

「そう。君が生徒会と言う特殊な場所の楽しさを綾乃を通して知ったように、今度は君を通して綾乃に普通っていう楽しさを教えてあげるべきなんじゃないの?」

「………」

「別に私が勝手に言ってるだけだから無視してくれてもいいよ。これは君が決める事だもん。

 綾乃から不必要と言われて、真也君がこのまま副会長の座を降りるならそれも良し。

 だけど、私としてはこのまま副会長の座に留まってほしい所かな。

 君と出会ってから綾乃は変わってきているから。」

「…本当に教えれるんでしょうか、僕なんかに」


 小さい頃からずっと会長と一緒にいる岩瀬先輩でさえ変えられないのだ、たった半年程度の僕があの性格を変えられるなんて思えない。

 ましてや、あんな雰囲気になってしまって今更、戻るなんて…。


「それは真也くん次第じゃないかな。ただ言えるのは、今、綾乃と離れてしまったら一生離れたままになるよ。さっきも言ったけどあの子の心は麻痺している。だから、真也くんと離れてしまっても、しょうがない。という言葉で済ませてしまう」

「それだけの存在だったってことじゃないんですか」

「それだけの存在だったら君と一緒にケーキを食べに行ったり見舞いに行ったりなんてするわけないでしょ。綾乃も鈍感だと思ってたけど、君もかなりの鈍感だね。それで?真也君はどうするの?

 このまま副会長を続ける?それとも副会長の座を降りる?」

「僕は…」


 会長は僕に生徒会という特殊な世界を見せて、楽しさを教えてくれた。

 会長のあのやり方は納得できないけど、あれは会長が僕のために生徒会の楽しさも普通の生徒としての楽しさも与えようとした結果だと分かっている。

 なら、僕も会長のために何かをしてあげたい。

 岩瀬先輩の言った通り、あの何でもできる天下無敵の我が儘な生徒会長に“普通”という楽しさを教えてあげたい。貴方の知らない世界はこんなにも楽しいんだと。

 会長が教えてくれた生徒会という特殊な世界と僕や岩瀬先輩が知っている普通の世界を行き来できる、僕しか知らない世界を教えてあげたい。


「ようやく男らしい顔になったね」

「岩瀬先輩、ありがとうございます。この生徒会でやるべき事をやっと見つけました」


 もう迷うことは無い。

 優しい顔で笑う岩瀬先輩に頭を下げて、僕は生徒会室を出る。

 僕にはこれからやらないといけない事がある。




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