第38話 風邪引きさん?
何年ぶりに風邪を引いただろう?
会長のメールアドレスを聞き逃した日から僕は風邪を引いてしまった。
今日で4日目。
普段、風邪を引かない人が風邪を引くと重くなるのかもしれない。
「げほっげほっ…ずぅ…うぅぅ…」
鼻水が洪水のように流れ出るのをティッシュで拭き取り、布団の中に潜る。
この作業をすでに飽きるほどやっているのに鼻水は出続けるのだから身体ってのは不思議で仕方がない。
「まだ治ってないのね。まぁいいわ、とりあえず昼ごはんは作っておいたから温めて食べなさい。それじゃ行ってくるから」
「うん。いってらっしゃい」
母さんは新しく開けたティッシュ箱を僕の手の届く位置に置くと部屋から出ていく。
今日は何だっけ…。あまり興味が無いから聞いてなかった。
玄関の閉まる音が耳の中に入ると家の中は静寂に包まれる。
ここの所ずっと寝ていたせいか、なかなか眠くならない。
天井の汚れなどをじーっと見ながら時間が過ぎていく。
そして、しばらくそんな無意味なことをしているとスマホがピカピカと光り、メールが来たことを知らせる。
-大丈夫?ここ4日間の分のノートを届けに行くからよろしく。
要くんからのメールを見て返事をする。
本当に休み過ぎると他の人に迷惑がかかってしまう…。会長は大丈夫だろうか?
そろそろ文化祭の事を進めないと大変なことになってしまう。
それに、今日ぐらいから各クラスの文化祭実行委員の人たちとも会議をしないといけないし、各クラスがどんなことをするのかを書いた紙も今日辺りで集まるはずだ。
「………なんか凄く心配になってきた」
こんな所で風邪を引いて寝込んでいる場合じゃないのかもしれない…。
あの会長の事だから最低限の事はしてくれているだろうけど、「後でいっか」とか言って後伸ばしにしている可能性も否めない。
どうしよう…心配でじっとできなくなってきた…。
メールを打つにも会長のメルアドは聞き忘れているし、電話番号も覚えていない。
そもそも今は授業中なのだから電話しちゃいけないんだけど。
あとから岩瀬先輩にでも会長のメルアドを聞いて、メールしてみよう。
僕は布団を顎の位置まで上げて、眠る体制に入る。
会長の事は気になるけど、今僕にできることはこの風邪を早く治すこと。
あまり眠気は襲ってこないが、目を瞑っていればいずれ寝るだろうと考えて静かに目を瞑る。
10分ぐらいだろうか?
それぐらいずっと目を瞑り、ようやく意識が遠のいていくような感覚に陥ろうとしていた時、家のインターホンが鳴る。
その音は僕の眠気を根こそぎ奪い取り、何度も鳴る。
もし、このインターホンを鳴らしているのが宅配便なら訴えても良いレベルだ。
しかし、そんなことをする宅配便さんもいるはずもない。
僕の脳裏に1人の女の子が浮かんでくる。
いやいやいやいや…あの人は今学校だし…。
布団の中で手を左右に振り、一瞬頭に浮かんだ人を消していく。
そもそも、あの人は僕の家を知らないはずだ。つまり、僕の脳裏に浮かんだ人は違う。
となると、可能性としては母さんが出てくる。しかし、母さんはカギを持っているし、僕が風邪で寝ていることぐらい把握しているのでこんな嫌がらせはしない。だから母さんの線は消える。
次に考えられるのは父さんだ。父さんなら僕が風邪を引いていると知らないだろうし、こういうことをする可能性もある。しかし、父さんの線は無い。なぜなら日本に居ないから。
あと可能性とかして考えられるのは…要くん・お婆ちゃんだ。
要くんは僕の家も知っている。しかし、こんなバカげたことをする人でも無いし、さっきのメールでわかるように4日間分のノートを持ってきてくれるのだから放課後に来るはず。
そして、お婆ちゃんはまずこんなことをしないし、もし来るなら母さんが知っているはずだ。
つまり、このインターホン連打をする人は僕の知っている人では無く、空き巣狙いの泥棒の可能性がある。
まぁ泥棒ならこんなことをしないだろうけど…。
「……ちゃ~……」
インターホンが鳴り終わり、静かになると家の外から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
いや、まさか…熱が出過ぎて幻聴までするなんて…ちょっと頭を使い過ぎたのかもしれない。
そうやって現実から目をそらそうとすると、次はしっかりと聞こえてしまった。
「ワンちゃ~~ん」
この呼び方をするのはあの人しかいない。会長だ。
重い身体を起き上がらせて、玄関へと向かう。
そして、ドアに付いている小さな覗き穴を覗くと会長の目が大きく移される。
僕と同じように覗き穴を覗いているらしい。
本当に会長はバカなのかもしれない…。
そう心の底から思いながらも、どこか嬉しく思ってしまう。
自分の嬉しそうな顔を直して、ドアを開ける。
「あ、起きてた」
「会長、なにしてんですか?」
ドアを開けると制服姿の会長が太陽よりも眩しい笑顔を僕に向ける。
「今日も休みだと思ったから私が看病しに来てあげたんだよ」
「……はい?」
「だから、ワンちゃんのために私が来てあげたの」
ニコニコとする会長の手元を見ると彼女の言うことは偽りでは無いらしい。
会長の手には近くのスーパーで買ったと思われる野菜などを入れたビニール袋。
しかし、今日は平日で学校もちゃんとあるはずだ。
「げほげほっ。ちょ、ちょっと待ってください。会長、学校は?」
「まぁまぁ気にしない気にしない。あ、ご両親いるの?」
「いや、出かけてますけど」
「そっか。お昼作ってあげるね」
「いや、ちょっと待ってくださいって。だから学校は」
「休んじゃった」
「はい?」
「だってワンちゃんが居ないと文化祭のこと始まらないんだもん。奈央に頼んだら、私に頼む前にワンちゃんの風邪を治してあげた方が良いんじゃないか?とか言うし」
いや、それはめんどくさがって適当に言っただけじゃ…。
「とにかく、ワンちゃんは生徒会に必要なんだから私がとっておきのお昼を作って治してあげようと」
「げほっ、意味が分かりません。それにお昼は作ってありますから。だから会長は今からでも学校に行ってください」
「堅いなぁ。ちょっとぐらい休んでも大丈夫だよ。ほら、ワンちゃんしんどそうな顔してる。寝てて良いよ」
ニコニコと笑い続けながら家の中に入り、靴を脱ぐ。
そして、せき込む僕の背中を押しながら僕の部屋へと案内させた。




