第36話 会長へのご褒美?
「私にご褒美をください!!!」
体育祭の片付けも終わり、お互い体操服から着替えた後、生徒会室で休憩していると会長が突然言い出した。
「意味が分からないです」
「私、今回の体育祭で8競技も出たんだよ?」
「そうですね。お疲れ様です」
本当に8競技も出て御苦労さまだと思う。
しかし、僕の今の心境では“だから何?”という感じなので、そっけなく返事をする。
すると、会長は不満げな顔をしながら僕にくしゃくしゃに丸めた紙を投げてきた。
「本当に大変だったんだからね!」
「それは十分分かってますよ。本当に心からお疲れ様ですって思ってますし」
「それなら何かご褒美頂戴。ワンちゃん」
「どうして僕が会長にご褒美を上げないといけないのか。という疑問があるので、嫌です」
「ん~、ほら、私は8競技出たし、借り物競走の時も協力してあげた」
「あぁ…あの時はありがとうございました」
マグカップに入ったコーヒーを飲みながら心のこもってない声のトーンで返すと会長はますます不機嫌になっていき、ガサガサと自分の机の中を漁りだす。
そして、顔を上げたかと思うとニンマリと何か面白い事を企んでいるような顔で僕を見てきた。
あの顔は…ものすごく嫌な予感がする…。
野生の勘か、それとも今まで副会長として働いてきた勘か、どっちがよく働いているかは知らないけど、ここは適当にご褒美をあげた方が良いという判断が瞬時にされる。
「そうだ、会長。ケーキを食べに行きませんか?」
「へ?ケーキ?」
「はい、美味しいケーキ屋さんがあるんです。きっと会長も気に入りますよ」
手に持っている紙を僕に見せようとしていた会長の前に僕の先制攻撃。
ケーキ。という効果は会長にとってそれなりの攻撃力があったらしく、手に持っている紙と僕を交互に見る。
そして、何かを決めたように頷くと「よし、そこに行こう!」と嬉しそうな顔をした。
「私はね、あのお店でもよかったんだよ?」
「そうですか。こっちのお店も美味しいですから安心してください」
普段なら駅とは真逆の方向へ歩いて帰るのだけど、今回は隣町に行くために駅の方へ向かう。
体育祭の片付けが終わってから約1時間近くも経てば、周りに学生なんていない。まぁ居たら会長とケーキ屋なんて行くわけがないけど。
ちなみに会長の言う“あのお店”とは僕の母親がやっているあの不定期に開かれるKleine Glückという店だ。
あの店は今日は開いて居ない。なぜなら母さんは今日同窓会とか何とかで家に居ないから。
僕と会長は駅に着くと隣町までの切符を買ってホームに入る。
そして、電車が来るまで適当に話しながら時間を潰し、電車に乗って隣町へと向かう。
「こっちは久しぶり~」
「そうなんですか?要くんはよく来るって言ってましたけど」
「ん~、あの人はモテるから。ほら、それよりも早くケーキ屋さん行こう」
「ちょ、引っ張らないでくださいよ。それに方向違いますって」
カバンを引っ張っていく会長を抑えながら、ケーキ屋さんへと向かう。
その間、会長は仕事熱心というか、僕が話しやすい話題を振らないのがいけないのか、1ヶ月と少しに迫った文化祭の事を話す。
「次の文化祭は生徒会でやろうね」
「やろうねって生徒会が中心に動かないと何も始まりませんし…」
「それもそっか。でも、あのイベントは絶対に盛大にしないと」
「あのイベント?」
「ほら、ワンちゃんが取ってきた逆カップルの」
「あぁ…あれホントにやるんですか」
「うん。だって面白そうだし。一応、私の中ではメイク道具とかは必要最低限のだけでいいと思うんだよね」
「必要最低限ってどのくらいですか?」
「さぁ?分かんない」
「分かんないって…僕は男ですから化粧なんてしたことないので一切分かりませんよ?」
「私もあんまりしないからねぇ~。ん~、そこらへんは適当で良いんじゃないかな?」
「まぁ欲しいモノがあれば各自で持ってくるってことにすればいいと思いますけど…」
本当にこんな調子で上手く行くんだろうか…。
会長は特に不安を感じていないらしく、どんなカップルが現れるのか楽しみで仕方が無いらしい。
そんな生徒会室の中で話す内容とさほど変わらない会話をしながら少し駅から離れて、脇道へと入るとケーキ屋さんが見えてきた。
「あ、意外と言うか落ち着いたお店だね。ワンちゃんは1人で来るの?」
「さすがに最初は無理ですよ。最近は1人でも来ますけど」
カランカランとドアを開けると、いつも通りお客さんは数人程度で店長お気に入りのJAZZが心を落ち着かせてくれる。
「おや、犬塚くん。今日は彼女を連れて来たのかい?」
「違いますよ、中島さん。先輩です」
「ついに犬塚くんに彼女かぁ。あいつ聞いたら飛んで帰ってくるんじゃないか」
「だから違いますって」
相変わらず中島さんは彼女彼女と……あれさえ無ければ本当に良い感じの人なのに。
父さんの親友だから納得はできるけど…。
他のお客さんもほぼ顔なじみなので茶化しに入ってくるため、僕と会長は窓際の皆から少し離れた所に座る。すると、中島さんと他のお客さんは「やっぱり彼女だ。俺らに話を聞かれないためだ」とコソコソと会話をする。
ったく…ほんっと良い歳してなに高校生みたいなことをしているのか…と呆れながら会長の顔を窺うと、会長は彼らの話なんて耳に入っていないのか、店を見渡してメニューを確認して雰囲気を楽しんでいる様子だ。
「ワンちゃん、ここのおススメは?」
「ん~基本なんでも美味しいですけど、いつも僕が食べてるのはシフォンケーキですね」
「シフォンケーキかぁ、美味しそうだなぁ…あ、このミルクレープってのはどんなのなんだろ」
「え~っと…クレープを何枚も重ねて作った奴ですね」
「へぇ~美味しそう」
「あ、でも残ってないかもしれないですよ。人気だったはずなので」
「いらっしゃいませ。今日は可愛い彼女を連れてるのね、真也くん」
「だから彼女じゃないですって…、あとあそこでまだコソコソと話してるおじさんたちを止めてください…早紀さん」
「うふふ、良いじゃない。何かメニューは決まったかな?」
「僕はチョコのシフォンケーキとコーヒーで。会長は何か決まりました?」
「ん~…ミルクレープってのが気になるけど…」
「ミルクレープって残ってます?早紀さん」
「ええ。1つだけなら」
珍しい事もあるもんだ…、ミルクレープは作るのメンドイ!!と中島さんが豪語しているため1ホールしか作られない。だから滅多に残ることは無い。
「それじゃミルクレープとココアをお願いします」
「はい。それじゃちょっと待っててね」
紙にパパパっと注文を書いて、雑談をしている中島さんの所へ早紀さんが向かう。
するとさっきまでコソコソと話していた人達はピタッと僕たちの話を止めて音楽に耳を立てる。
ほんと…早紀さん強いな…。
早紀さんは男共を鎮めるとテキパキと僕たちが食べる物を用意していく。
「ねね、あの人綺麗だね」
「あぁ、早紀さんですか?」
「うん。ワンちゃん知り合いなの?」
「僕の母親の知り合いですね。昔はモテモテだったらしいです、今はあそこでニヤニヤしてる店長の中島さんの奥さんですけど」
「へぇ、どうしてニヤニヤしてるんだろ」
そりゃ僕が会長を連れてきたからだと思いますよ。とは言えないので「さぁ?」と答える。
問い詰められるかも…と思っているとちょうどいいタイミングで早紀さんがケーキと飲み物を持ってきてくれた。
「お待たせしました」
コトンとテーブルの上に置かれたケーキは匂いだけで幸せな気分になるほど美味しそうで、実際に美味しい。
会長はキラキラとした目でケーキを見つめ、早紀さんに「いただきます」と言ってから口へと運ぶ。
「おいしい!!!」
「うふふ、ありがとう。それじゃゆっくりしていってね」
早紀さんは優しい笑顔をしてから中島さんの方へと戻っていく。
「ほんと美味しい!今まで食べたこと無いぐらい!」
「喜んでいただいて嬉しいです」
「ほんと美味しい。どうして今まで黙ってたの?」
「いや、黙ってたわけじゃないですけど」
「まぁいいや。それにしてもワンちゃんがこんな美味しいお店知ってるなんてビックリ。教えてくれてありがとうね」
会長は幸せそうな顔で笑う。
その笑顔を見れただけでこの店を紹介して良かったかも…と思ってしまうのが少し癪に触ってしまうけど、これが惚れた弱みって奴なんだろう…。




