第21話 弱点?
結局、イベントが終わってからしばらく経ってもA男さんは生徒会室に来なかった。
そりゃそうだろう。だって家に帰って会長がA男さんに言った四字熟語「以升量石」って言葉は作って無かったんだから。
「犬塚~、皆島先輩が学校に来てないらしいぜ」
「皆島先輩?」
「会長を守る会の現会長」
あぁ…A男さんは学校に来れなくなったんだ…。
そりゃ会長からあんな態度を取られたら絶望だもんな…。
「へ、へぇ…何かあったのかな?僕と話した時は特に感じなかったけど」
「さぁな。元々守る会の中でも嫌われ者だったからなぁ。あの人」
「そうなの?」
「ああ。かなりのイケメンだけど性格悪いし、生徒会長は自分の物と思ってる感じだったからあの人は浮いてたなぁ」
「へぇ」
「まぁ俺としてもあの人が居なくなって良かったと思うかな。だって、俺もあの人嫌いだし」
クラスメイトは白い歯を輝かせながら笑うと、会長の話を僕にし始める。
このクラスメイトは会長の話をする時が一番輝いている気がする。
僕は時々相槌を入れながら、次の授業の準備を始める。だって、クラスメイトの話す会長話は何度も聞いているし、誇張しすぎている所があるのだ。
例えば、会長は物凄く綺麗で皆に優しい上に自分の事は二の次だとか。食べても太らないとか。トイレに行かないとか。歳をとらないとか……もはや人間で無くなっている。
何を思ったのか「トイレ行ってくるね。おっきいほうじゃないよ?」って僕にわざわざ言う会長は見せられない。あの人は勉強はできても中身は子供だ。今の小学生でも笑わない下ネタ…とも言えないような例えば「う○ち」のような単語でも異常に笑う子供だ。
「そういや、そろそろ夏だなぁ。プール開きがあったらいいのに…そしたら会長のスク水姿が…」
「あ~、そうだね。いいね、プール」
「だろ?ほんとスク水いいよなぁ…なぁ、東!夏休みのイベントで水泳大会とかしろよ!」
「水泳大会かぁ………確かに面白そうかも。この前のイベントは失敗しちゃってるし」
「そうそう!ぜひやってくれ!」
懇願するクラスメイトは置いておいて、確かに水泳大会は魅力的なイベントかも。
四條学園は通常、水泳部以外はプールを使用していない。一応、誰でも使えるようになっているのにだ。
つまり、プールの存在を知らないんだと思う。校舎からも離れているし、普通に過ごして居ればまず行かない場所だから。
それに、ここ最近は水泳部もあまり成績を出せていない上にマンネリ化しているからここは一つ、学校内で活気を出させ、水泳部の注目度を高めたい所である。
チャイムが鳴った後も、僕の頭の中は水泳大会の事で一杯でまともに授業を受けれなかった。
「無理、ダメ、却下です」
放課後、会長に水泳大会の事を言ってみると以外にも物凄く拒否された。
てっきり…「いいね!水泳大会!!!熱い夏の日にプール!ワンちゃんは天才だね!もうそんな天才的な提案をしてくれるワンちゃんの願いを1つ叶えてあげちゃう!」「それじゃ副会長辞めさせてください」「おっけ!!!」とこのような会話が……成り立つとは思って無かったけど、この反応は意外だ。
「どうしてですか?」
「プールは水泳部が大会に向けて使うから」
「水泳部の顧問にはすでに許可は得てますよ」
「ダメです。断固拒否します。そもそもプールは水泳部のためにあるもの。それを私たち一般生徒が使うなんてあり得ません!!」
「いや…うちのプールは一般生徒も使用可ですけど…」
ここまで拒否するってよっぽどだ…。
そもそもあの会長が今まで水泳大会というイベントを見逃してたのもおかしくないか?
会長なら間違いなくすでにやっていてもおかしくないのだ。しかしやっていない。それもこれだけ拒否する。ということは………。
「もしかして、会長って泳げないんですか?」
「そ、そそ、そそそんなわけないでしょ!私は泳げます!!!」
「目は立派に泳げてますね。面白いですよ?きっと」
「うっ…」
「まぁ泳げないなら僕も諦めますけど…でも、あの何でもできる会長が泳げないなんて無いですよね?」
「……うぅ……わ、ワンちゃんの…ばかぁぁぁぁぁぁ、うぇぇぇぇぇぇぇえぇええぇぇぇん」
「えぇっ!?」
ヤバい…これは本気泣きだ…。
会長の目から洪水のように溢れ出る涙を見るのはこれで何度目か分からないけど、これは何度経験しても焦るはずだ。
慌ててポケットに入っていたハンカチを会長に渡す。
そして、必死で謝る。これが最善の方法である。
「ごめんなさい。僕がやりすぎました」
「うぇぇぇえぇぇぇん」
「ほんっと、泣きやんでください。もう水泳大会とか言わないですから」
「うぇぇぇえぇぇぇえええぇぇん」
ダメだ…聞いちゃいない…。
下げていた頭をあげて、泣き崩れている会長を見ながら自分を怨む。
会長だって人間だ。得意不得意ぐらいある。
それなのに会長は完璧超人だから…みたいなことを勝手に想像して意外にも欠点があることを発見して面白半分でそこを突き過ぎた。
僕は横で大泣きする会長の背中を撫でるように泣きやんでくれることを待つ。
「すん…すん…」
はぁぁぁ…ようやく泣きやんでくれた…。
会長は鼻を啜り、僕のハンカチで涙を拭く。
人ってこんなに泣けるのか…ってぐらい泣いたせいで喉が痛んだんじゃないか?と不安になってしまうぐらいだ。僕はホットミルクを作って会長に飲ませる。
「…ありがと」
「もう大丈夫ですか?」
「うん…ごめんね…」
「いえ、僕が悪いですから」
「ううん……あのね…笑わないで聞いてくれる?」
やばい…この状況で不謹慎だけどかなり可愛い………。
目に涙を溜めながら頬をほんのりと赤く染め、上目使いで僕を見つめる。
「は、はい。絶対に笑いません」
「あのね、私ね、小さい時に海で溺れてから水に顔が付けられないの…」
「でも、小学校中学校と水泳の授業ありましたけど、その時は」
「何かと理由付けて…」
どうしてそこまで…という言葉が出かけてた喉の辺りで止める。
なぜなら会長は“何でもできる人”でずっと通っているんだから、この人もそれに答えるように今まで生きてきたんだ。
そんな人に“どうして”なんて分かりきった答えを聴くようなまねは2度と踏まない。
「でもね、私も泳ぎたいと思ってるの。泳げるようになってまた海に行きたい」
「海なら泳げなくても」
「ううん、泳がないといけないの…皆の期待に応えなくちゃ…」
何もそこまで皆の期待に答えなくても良いだろうに…。
聞いているこっちが頭痛くなる…。そして、返答に困るのだ…この手の問題は…
「………」
「…………」
僕と会長の間に沈黙が流れる。
どのぐらい沈黙が流れただろう…しばらくの間、シーンとした空気が流れる中を過ごしているとさっきまで涙を溜めていた会長の目がムッとした顔になる。
「…ワンちゃん、どうして何も言ってくれないの?」
「え、いや~…僕には難しいかなぁって」
「…そう」
気まずい………。
とりあえず、この空気を何とかしないとこっちの気がおかしくなりそうだ…。
イケメンならこういうときどんな言葉を掛けられるんだろう…。
頭をフル回転させて何か言おうとしていると会長がこっちを向く。
「あ、あの…わ、ワンちゃんは泳げる?」
「へ?あ、はい。得意ですから」
「その…あのお…しえてほしい…」
「はい?」
「教えてほしいの…泳ぎ方を…」
会長は真っ赤な、そりゃもうリンゴもビックリなほど真っ赤な顔をしながら僕に言ってきたのだった。




