夫の浮気が発覚した翌日、私は公爵夫人になりました
前編
「ほらッ! アンタの朝飯だよッ! さっさと喰いなッ!」
「お前はこの腐ったニンジンが好きなんだよなぁ? 好きなだけ喰いなよ!」
「全部食べたら人間の食べ物を出してやるよぉ! ぎゃははは!」
そんな下品な言葉と共に、腐って原形を留めていない野菜がテーブルに叩きつけられる。その所為で伯爵夫人ジェルメーヌの顔に腐った汁が飛び散ると、三人のメイドはけたたましい笑い声をあげた。
「ひゃははは! そのお化粧、似合ってるよ!」
「きゃはははぁ! 伯爵夫人の癖に汚いねぇ!」
一方、飛び散った汁が目元にかかったジェルメーヌは眉を顰める。すると向こうは“睨まれた”と受け取ったらしく全員が苛立ったようにテーブルを蹴り始めた。
「ふざけるなよ! その反抗的な目は何だい!」
「本当だよ! お飾りの伯爵夫人の癖に!」
「アンタは言い成りになっていればいいんだよ!」
こうなるとメイド達を止めることはできない。殴ったり蹴ったりなどの直接的な暴力は与えられないが、部屋を滅茶苦茶にされてしまう。
こんなの……――
こんなの耐えられない……――
一ヶ月前、伯爵令嬢ジェルメーヌは子爵令息ヤニックと結婚した。恋愛結婚ではなく、ロストルム伯爵である父親が決めた結婚だった。
実はジェルメーヌには学園時代に“お互いに心を通い合わせている”と感じる相手がいた。しかし自分も相手も何の行動も起こさず、ただ心の中で思い合っているだけの関係であった。そのためジェルメーヌは父親の命令を断ることができず、ヤニックと結婚してしまったのである。
しかしそれが不幸の始まりだった。
初夜、ジェルメーヌは「まだ心の準備ができないので、少しだけ待って下さい」と低姿勢で申し出た。するとヤニックは「俺とは寝たくないのか! 他に男がいるのだろう!」と激怒し、粗暴なメイド三人を伯爵家に送り込んできたのだ。そしてジェルメーヌは屋敷に軟禁され、虐待を受けるようになったのである。
「馬鹿なジェルメーヌ! 全部アンタが悪いんだよ!」
「ヤニック様に恥をかかせた性悪女め! さっさと死んじまえ!」
「アンタがいるだけで空気が汚れる! 今すぐ舌を噛め!」
ジェルメーヌは頭を抱え、震えていた。
自分が悪いのだ。自分の所為だ。自分がヤニックに無礼を働いたから、酷い目に遭っているのだ……――そう思い詰める。
ヤニックは私のことが好きだったのかもしれない。いや、好きではなくとも、妻として大切にしようと思ってくれていたのかもしれない。だからこそ彼の好意を裏切ってしまった私は最低なのだ。早く死ななくては。早く罪を償わなくては。
やがて三人のメイドは部屋中を荒して去っていった。
ジェルメーヌは千切れたカーテンを拾い、首に巻き付ける。
これで首を括って死ねば、許されるかしら……――?
「駄目です! ジェルメーヌ様、お待ちになって下さい!」
その時、ひとりのメイドが部屋に飛び込んできた。彼女は昔からロストルム伯爵家に仕えるブリジットである。彼女はジェルメーヌの首からカーテンを取り払うと、相手を宥めるように語り出した。
「あのメイド達は明日の午後まで休暇だそうです。昔から伯爵家に仕える使用人達はジェルメーヌ様の部屋に入ってはいけないと前伯爵様に言われているのですが、隙を突いてやってきました。ああ、こんなにやつれてしまって――」
「ありがとう、ブリジット……。でも私はヤニックを傷つけた悪人よ……」
ジェルメーヌが泣き出すと、ブリジットはその涙を拭った。
「どうか自分を責めないで下さい。ヤニック様はあなたが思うような純粋な方ではありませんよ。あの方は、結婚前から関係のあった女性と遊び歩いています」
「えっ……? ヤニックが浮気をしているの……?」
「残念ですが、その通りです」
ヤニックが浮気をしていた……――
その事実に、ジェルメーヌは激しい衝撃を受けた。夫は清廉潔白で、妻の自分が悪者なのだと思い込んでいた。しかしそれは大きな間違いだったのである。彼女が茫然としていると、ブリジットは「心を強く持って聞いて下さい」と前置きして、さらなる真実を語った。
「実は、ヤニック様は前伯爵様からジェルメーヌ様の生殺与奪の権利を買い取ったそうなのです……。だからあの最低なメイド達はあなたを“死ね”と追い詰めるのですよ……。ヤニック様はあなたがいつ死ぬのか仲間と賭けていると……」
「そ、そんな……――」
ジェルメーヌは力無く崩れ落ちた。冷たい父親ではあるが、まさか娘の命を売り払っていたとは。そしてヤニックがそこまで下衆だったとは。
「ジェルメーヌ様! ここから逃げましょう! 私の実家がある田舎へ逃げれば、誰も追って来れません! 私はあなたの死に顔なんて見たくないのです!」
ブリジットは必死に訴えるが、ジェルメーヌは頷くことができない。きっと彼女と逃げれば、二人とも殺されるだろう。娘を売るような父親が、妻を賭けの対象にする夫が、自分達を逃がして生かす訳がない。
どうにかしなくては……――
どうにか策を考えなくては……――
そして彼女はひとつだけ助かる方法を思いついた。相手にとっては迷惑かもしれないが、現時点で他に方法がない。ジェルメーヌはブリジットに待つように告げると、一通の手紙を書いた。
「ブリジット、今すぐ仕事を休んで、この手紙を直接届けてほしいの」
「仕事なら休暇届を出してありますが、こちらの手紙は……?」
「レミ・ティグリス公爵への手紙よ」
ジェルメーヌは内気だった。好きな相手に好意を打ち明けることができないほど、内向的だった。しかし命を弄ばれた今、彼女は吹っ切れていた。
………………
…………
……
ブリジットに手紙を持たせたのは午前十時だったが、辻馬車で公爵家へ向かわせたため遅くとも夜には帰ってくるはずだ。ジェルメーヌは窓際の椅子に腰かけて、ブリジットの帰りをひとり待ち侘びていた。
しかし予想に反して、ブリジットは夕方の四時に帰ってきた。彼女は感動に打ち震えた様子で、ティグリス公爵家の封蝋がある手紙を差し出す。
「公爵様は今すぐ返事が欲しいそうです……。その返事は私が持っていきます……」
ジェルメーヌはレミからの手紙を開き、息を飲んだ。そうしてある行動を取ると、返事をブリジットに託した。
その深夜。
ブリジットは再び戻り、レミからの伝言を告げる。
ジェルメーヌはその両目に涙を滲ませ――そして微笑んだ。
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中編
翌日の午後――
「ほら! 挨拶しな! 世話役が来てやったよ!」
「今日も伯爵夫人に餌をあげようかね! 腐った肉をさ!」
「その口に押し込んでやろうか!? ぎゃはははぁ!」
いつも通り騒ぎながら三人のメイドがジェルメーヌの部屋に入る。しかし普段とは違った光景を目にすると、ポカンと口を開けて立ち止まった。
昨日、荒したはずの部屋がすっかり綺麗になっている。しかもジェルメーヌは飛び切り美しいドレスを着て、化粧までしている。そんな彼女の周囲には、昔から伯爵家に仕えるメイド達が並んでいた。
「何やってんだ! 伯爵夫人はアタシ達が世話する約束だよ!」
「アンタ達は出て行きな! 前伯爵様にお叱りを受けるよ!」
「そうだそうだ! 邪魔者は消えな!」
しかし古参メイド達は鼻で笑い、出て行こうとしない。そんな態度に激怒した粗暴なメイド達は足音を響かせて近付いてきた。
「アンタ達……! いい加減にしないと……――」
「ブリジット、こいつらをやってしまって」
「はいっ! ジェルメーヌ様っ!」
ブリジットが合図をすると、カーテンの裏に潜んでいた使用人達が現れた。そして箒やモップを振り上げると、三人のメイドをバシバシと叩き始める。
「よくもジェルメーヌ様を追い詰めたなッ! この性悪メイド共ッ!」
「いじめ抜いて自殺させるつもりだったんだろッ!? お前らが死ねッ!」
使用人達は怒りを込めて、憎きメイド達を叩く。すると三人は情けない声で悲鳴を上げ始めた。
「ぐあっ……ぎゃあああぁぁぁ! やめておくれえええぇぇぇ!」
「痛い痛い痛いッ! 骨が折れちまうよおおおぉッ!」
「いだいいい! うがっ……ぐぎゃっ……やめっ……――」
やがて使用人達は三人のメイドの尻を蹴り飛ばし、部屋から追い出した。
「ほらッ! さっさと前伯爵とヤニックに報告してこいッ!」
「ひぃ……! お助けええええええぇ……!」
三人は腫れ上がった顔で泣き出すと、這う這うの体で逃げていく。そんな様子をジェルメーヌとブリジットは冷静な面持ちで眺めていた。
「さあ、私の命を弄んだ悪魔達が来るわよ?」
「大丈夫です、ジェルメーヌ様。私達がついております」
ブリジットの言葉に、幼い頃から懇意にしていた使用人達が力強く頷いた。前伯爵の命令により手出しできなかったが、全員がジェルメーヌを心配していたのだ。そして状況が大きく変わった今、使用人達は正々堂々と彼女の味方となった。
「ありがとう……あなた達がいてくれて、本当によかったわ……」
ジェルメーヌが涙ながらに告げる。
その直後、扉が激しい音を立てて開かれた。
「ジェルメーヌッ! ヤニックのメイドに暴力を振るうとは何事だッ! 大人しくしてればいいものを調子に乗りおってッ! それに、使用人共もなぜここにいるのだ!?」
それはジェルメーヌの父親であるエドメ・ロストルム前伯爵だった。彼は娘に掴みかかろうとするが、使用人達に阻止される。
「な……何をするッ! 使用人の分際でッ!」
さらに前伯爵はその場に跪かされ、手首と足首を拘束された。動くことも逃げることもできなくなった前伯爵はより一層激怒する。
「貴様らあああぁッ! 裁判にかけて死刑にしてやるうううぅッ! よくもこんな真似をしてくれたなぁッ! ジェルメーヌ、貴様もだぞッ!」
しかしジェルメーヌも使用人も微動だにせず、怖がる者はひとりもいない。むしろ冷たい表情で、睨みを利かせている。それに気付いた前伯爵は少しずつ焦り始めた。
「な……なぜだ……なぜ誰も怯えないのだ……」
その時、低い声が響いた。
「それは、私があなたを捕らえるように指示を出しておいたからだ」
前伯爵が後ろを振り返ると、ある人物が立っていた。美しいと言えるほど整った顔立ちをしているが、どこか冷たい雰囲気を醸す銀髪の長身痩躯の青年。前伯爵はその顔を見るなり、青ざめた。
「あ、あなたはティグリス公爵!?」
「その通りだ。話すのは初めてだったな、ロストルム前伯爵」
レミ・ティグリス公爵はそれだけ言うと、縛られた前伯爵を素通りする。そしてジェルメーヌの元に歩いていくと、顔を逸らして立ち止まった。彼は美しい女性を直視できない少年のように視線を遠くに向けながら、そっと彼女に語りかける。
「ジェルメーヌ、無事だったか……?」
「はい、レミ様。全てあなた様のお陰でございます」
「いや……私は何もしていない……。それより、書類を提出してきたが……」
するとジェルメーヌは花開くような美しい笑みを浮かべた。
「本当ですか? 私達は夫婦になれたのですか?」
「うむ……何の問題もなく、私達の結婚は認められた……あっ!」
その途端、ジェルメーヌはレミの両手をぎゅっと握り締めた。するとレミは頬を赤く染めて硬直してしまった。そんな二人を見た使用人達は涙を流しながら頷いていたが、前伯爵だけが理解できないという素振りで苛立っていた。
「待て! どういうことだ!? ジェルメーヌはヤニックの妻だろうが!?」
するとその場の全員が前伯爵を見た。
「お父様は気付いていなかったようですね」
「ああ……知っていたかもしれないと思ったが……」
ジェルメーヌとレミが口々に語ると、前伯爵はさらに怒り散らした。
「まさか公爵家の権力を使って離婚させたのか!? そうなのだろう!? 貴様らは最低だな! 人間の屑だ!」
前伯爵は被害者面をして非難する。
そんな相手に対し、ジェルメーヌは反論した。
「いいえ、お父様。レミ様はそんなことはしておりません。私達は正式な手続きを踏んで、合法的に結婚しました」
「何だと……!? それでは、ヤニックが離婚に応じたのか……!?」
その問いに、レミがすかさず答えた。
「いいや、ヤニックは離婚に応じていない。それどころか、伯爵家がこんな事態に陥っていることも知らないだろう」
「なにぃ……!? 公爵家の権力も使わず、ヤニックも離婚に応じていないのに、ジェルメーヌとティグリス公爵は合法的に結婚しただとぉ……!? 一体どういうことなのだ……!? 全く理解できんぞ……!」
前伯爵は混乱しつつ答えを求める。
しかしその時、ヤニックと浮気相手ロラが部屋に現れた。
「はあッ……!? この状況は何なんだッ……!?」
「きゃあ! 人が縛られてる!」
ヤニックとロラは逃げ出そうとするが、使用人達に捕らえられた。そしてヤニックは前伯爵と同じように拘束され、ロラは周囲に見張りをつけられる。
レミはそれを見届けると、全員に向かって語りかけた。
「それでは、説明を始めよう。なぜ私がここにいるのか。なぜヤニックと結婚しているはずのジェルメーヌと私が結婚できたのか。何もかも語ろう――」
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後編
「何だとッ……!? ティグリス公爵とジェルメーヌが結婚しただとッ……!? どういうことだッ……!? 俺は離婚なんかしていないぞッ……!?」
ヤニックが拘束を解こうとしながら叫び声を上げる。
するとレミは冷え切った表情で、口を開いた。
「ヤニック・ロストルム伯爵、あなたは随分と記憶力が乏しいようだな?」
「あぁ……!? 公爵だからって伯爵を侮辱する気か……!?」
「いいや、事実を申し上げたまでだ。あなたはどこまでも下衆で、最低で、記憶力が足りていないのだ。私の愛する妻の命を弄んだこと、決して許さぬぞ」
「くッ……ううぅ……――」
冷酷な眼差し――それにヤニックは圧倒された。
やがて部屋が静まると、レミは前伯爵とヤニックとロラの前に立つ。そして三人の顔を冷たく見下ろしながら、今回の経緯を語り始めたのだ。
「一ヶ月前、思いを寄せていたジェルメーヌがヤニックと結婚してしまった。私は悲しみに打ちひしがれ、精神的に追い詰められていた。そんな時、ヤニックが浮気をしているという噂を聞いて居ても立ってもいられなくなった私は、友人に協力してもらって調査を始めたのだ」
そこでレミはロラに視線を向ける。
「するとヤニックの浮気相手ロラが信じられない事実を語ったのだ。ロラよ、二週間前に高い酒を何杯でも奢ってくれる青年と飲んだだろう? あれが私の友人だ」
「えっ……!? 嘘っ……!? やばぁい……――」
ロラは驚いたように目を見開くと、そわそわし始める。レミの言葉に、心当たりがあるのは明らかである。その様子を目にしたヤニックはロラを問い詰めた。
「おいッ! お前は何を喋ったんだッ!」
「えっとぉ……色々とお喋りしちゃったぁ……えへへ」
「笑ってるんじゃないッ! 何を喋ったのか思い出せッ!」
しかしその言い合いをレミが止めた。
「ロラを問い詰める必要はない。すでに事は済んでいる」
そしてレミは鞄から一冊の記録簿を取り出した。
それを見た途端、威勢の良かったヤニックが一気に青ざめる。
「まさか……それは……――」
「ようやく思い出したようだな。では、ここで結婚の仕組みをおさらいしよう。王都では、男女がサインを書き入れた結婚宣誓書を庁舎に提出することで、結婚が認められる。しかし王都外の田舎では、聖堂で愛を誓い合い、司祭が結婚記録簿に日付と男女の名前を記すことで結婚が認められる。これは知っているな?」
ヤニックは青ざめたまま汗を掻いているが、前伯爵はまだ理解できない様子で叫んでいる。
「だから何だというのだ!? ヤニックとジェルメーヌは結婚宣誓書にサインをしたぞ!? 庁舎にも提出したし、正式な手順を踏んで結婚している!」
するとレミは頷きながら返答した。
「確かに、その通りだ。しかしそれ以前に問題があったのだ」
「それ以前だと……!? 何があった……!?」
「それでは、ロラから聞き出したことを暴露しよう」
そしてレミは語り出した。
「酔ったロラはヤニックと旅行へ行ったことを語った。今から半年前、二人は王都から馬車で三日もかかる田舎へ行き、そこで古びた聖堂を訪れたそうだ」
ヤニックは汗を流したまま何も言わない。
ロラも引き攣り笑いを浮かべて沈黙している。
「そこで二人は愛を誓い合い、結婚した。田舎の結婚記録簿に名前が記載されたとしても、王都の役人は確認に来ない。それを理解した上での秘密の結婚であったとロラは語った」
その説明に、前伯爵は固まっていた。
レミはそんな相手に対し、静かに語りかける。
「つまり重婚だよ。ヤニックはジェルメーヌと二度目の結婚をしたのだ」
「じゅ……重婚……? そんな馬鹿な……――」
「いいや、重婚は事実だった。ロラの話を友人から聞かされた私は役人と共に田舎へ向かった。そして司祭から証言を聞き取り、この結婚記録簿を借りて、昨日の朝に王都へ戻ってきた。役人は午前中にヤニックとジェルメーヌの結婚を無効にして、私はロストルム伯爵家へ結婚取り消しの報告に向かうつもりだった」
そこでジェルメーヌが口を開く。
「しかし昨日、私はブリジットに手紙を持たせました。するとレミ様はその返事で私を愛していると告白して、サイン入り結婚宣誓書を同封して下さったのです。さらにヤニックの重婚により、私の結婚が無効になったことも教えて下さいました」
そこで彼女はレミに感謝するような視線を向け、続きを語った。
「ですから私は喜んで結婚宣誓書にサインをして、再びブリジットに届けてもらいました。そして深夜に帰ってきたブリジットは“明日、結婚宣誓書を庁舎に届けてから迎えに行く。前伯爵とヤニックを拘束しておいてくれ”というレミ様の伝言を伝えてくれたのでした」
「うむ、ジェルメーヌの手紙には命を売買され、軟禁と虐待を受けていると書かれていたからな。私は昨日のうちに兵士を手配し、今日の午前に結婚宣誓書を提出し、今ここへ来たのだ」
そこまで説明すると、誰も何も言わなくなっていた。ヤニックはがたがた震え、ロラは笑いながら涙を零し、前伯爵は目を剥いて硬直していた。
「では兵士を呼ぶとするか。前伯爵とヤニックはジェルメーヌの命を売買し、軟禁と虐待によって自殺するように仕向けた罪に問われる。勿論、ジェルメーヌを虐げたメイド達も罰を受ける。そしてヤニックが重婚罪で裁かれるのは間違いない」
するとヤニックと前伯爵とロラは泣きながら叫び出す。
「た、助けてくれ……! お願いだぁ……!」
「嫌だあああぁ……! 牢屋に入るのは嫌なんだぁ……!」
「嘘ぉ……? あたしこれからどうやって生きればいいのぉ……?」
その時、公爵家の従者が兵士を連れてきた。前伯爵とヤニックはすぐに連行され、関係者であるロラも一緒に連れていかれた。
レミはそんな様子をじっと眺め続ける。
しかし背後から手を握られてビクリと震えた。
「レミ様、心から感謝しております。これで私は命が脅かされず、軟禁と虐待から解放され、あなた様の妻になれたのですね? 学園時代から心が通い合っていると思っていたことが幻想ではなかった――それがとても嬉しいのです」
ジェルメーヌの涙ながらのお礼の言葉に、レミは深く息を飲み込んだ。
「いや、感謝には及ばない……むしろこちらから謝りたいくらいだ……」
「なぜですか? レミ様は私を救って下さったのに?」
「しかし……私がもう少し早く君に愛を告白していれば、こんなことにはならなかった……全部私の所為だ……私が恋愛に弱気だったから……」
そう言って悲しげな表情をするレミに、ジェルメーヌはにっこりと微笑んだ。
「いえ、恋愛に奥手だったのはお互い様でしょう? レミ様だけが負い目を感じる必要はないのですよ? それに、私はもう吹っ切れました」
「吹っ切れた……? あっ!」
ジェルメーヌは両腕を広げると、レミの体をぎゅうっと抱き締める。
「レミ様、心から愛しております。これからは、私があなた様をお守り致しますね。胸一杯の愛情を表現して、幸せな夫婦になってみせます。ですから、これからどうぞよろしくお願い致しますね――?」
抱き締められたレミは激しく赤面し、そしてゆっくりと妻を抱き返した。
―END―




