女子大生、国外追放されかける?
病院実習をすっぽかした女子大生。地下街を歩いていると、突如ブザーが響き渡る。
増えすぎた外国人を国外追放する活動だって?
あの、私、日本人なんですけど!
※Nolaノベル・note運営の物語投稿サイトtalesにも投稿。
※当作品に、外国人差別の意図は一切ありません。
今から思えば、その日はずっと何かが変だった。
目が覚める。私の部屋。私のベッド。でもカーテンの向こう側が妙に明るい。枕元のスマホを確認すると、11時を回ったところ。ベッドから抜け出す気にもなれずに再びまどろんでいると、両親が昼ご飯を食べに出ないかと言いに来た。
車で15分ほどかかる定食屋へ向かう。安くてボリュームがあるため、休日は家族でそこへ赴いていた。
後部座席で、ぼんやりと車窓を眺める。眩しい日差しの中、外国人留学生が列をなして自転車を漕いでいる。
その時、急に思い出した。
「あっ!今日、実習じゃん!」
私は大学4年生。医療系の学部で、病院実習期間の真っ只中だ。どうして忘れていたのだろう。
母が助手席で慌てふためく。
「えぇっ!?何で今頃!」
本当にそうだ。月曜から金曜までびっちり入っている実習を忘れるなんて変だ。
「何でそんな大事なこと忘れるの!早く大学の先生に連絡して!いや、病院実習なら病院に電話した方が早い?え?スマホ持ってない?何でよぉ!?あんたねぇ、いっつもスマホばっかり見てるのに、どうしてこんな時だけ持ってないの!」
車が赤信号で停まったタイミングで、私は後部座席のドアを開けた。
「もう、母さんうるさいから自分で帰る!」
運転席から父が身を乗り出していたが、何を言っているかは分からなかった。両親を振り切り、私は自宅を目指すのだった。
車線から外れた小道を歩く。それにしても今日は暑い。スマホも無ければ財布もない。なるべく地下を通って、涼みながら歩こう。
目についた地下道への入口から降りる。開けた地下街を歩いていると、彼方に行列が見えた。確かあの先には美術館があるが、そこを目指して多くの外国人が列を組んでいるようだった。
それにしても、本当に外国人だらけだなぁ。
数年前、日本は少子化で減った労働力を補うべく、大規模な外国人受け入れ政策を打ち出した。あれよあれよと言う間に外国人は増え、今では日本に住む4割近くが外国人であるとされている。
私のいる学科は小規模なので、外国人も少ない。実習に入る病院も、医療保険の関係でそう頻繁に外国人を見ることはない。しかし、こうして街中を歩くと、外国人の増加を実感するものだ。
***
家に近いところまで地下道を歩き、地上への階段を昇る。その時、けたたましくブザーが鳴り始めた。
何だ!?
周りの人が地下へ向かって走りだすので、流れに沿って地下へと戻る。よく見えなかったが、地上で事件でも起きたのだろうか?
周囲に合わせて地下通路を走っていると、彼方で鉄格子が降りるのが見えた。隣にいた外国人男性が何かを叫ぶ。閉めるな!と言っているのだろう。しかし私が辿り着く前に、鉄格子はガシャンと降りてしまった。周りの人は、進路が塞がれたことを確認するなり、散り散りになって逃げ出す。
分からない。一体何が起きているんだ?
階段を見ると、昇る人もいれば、降りる人もいる。地上に出たが最後、命を失うわけではないらしい。ならば一度、地上の状況を確認しよう。意を決して、階段を昇る列に加わる。
地上では、なんと警官が市民を次々に取り押さえているではないか。それを見た周囲の人々は、再び地下へと逃げていく。目を凝らして遠くを見ると、どうやら車線を規制してバリケードを作っている。
どうしよう。罪を犯した覚えはないが、捕まると変なところへ連れて行かれるかもしれない。地下はシャッターをして逃げられないから、まずは地上から制圧しているのだろうか。ならば警官が来る前に、地下で逃げ道を探そう。
私は地下道を歩き、水のムワッとした臭いが漂う方へ向かう。
……あった!用水路だ。
格子がはまっているが、この幅なら出られる!
汚い下水かもという抵抗感が一瞬生まれたが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。勢いよく飛び込み、格子を抜け出した。
水面から顔を出すと、そこは地下広場の大きな噴水に繋がっていた。天井は吹き抜けになっており、地上から噴水を見下ろすことができる。地上の通行人は、まだこちらに気づいていない。しかし、声を上げても引き上げてもらえる高低差ではない。
「ほら、こっちこっち!」
中央の噴水の石段から声がした。水流に逆らい、必死に泳ぐ。引き上げてくれたのは、背の高いアフリカ人女性だった。
「やっぱり!アナタ日本人!なんで!」
事情を聞きたいのはこっちの方だ。他の水路からも逃げた人々が泳いできて、石段のスペースを奪う怒号が聞こえた。
「行こ、日本の子!」
女性は再び水に飛び込み、泳ぎ始める。私は必死に彼女の後を追った。
***
私が来た水路とは違うところを通り、知らない地下通路に出た。女性は歩きながら、この騒ぎについて教えてくれた。彼女の話によると、日本に住む外国人を抜き打ちで拘束し、国外追放するという運動があるらしい。
「みんな、いつもパスポート持つ決まりね。でもずっと住むと、時々忘れちゃうね。捕まる、持ってない、追放、バイバイ」
「えっ?そんなの、聞いたことないです!」
「政府、頑張って隠してる。でもアナタみたいに、巻き込まれる日本人いる。もうすぐビッグニュース、アタシ思うね」
日本政府は、増えすぎた外国人をどうにかしたいと思っていた。そんな時、外国人同士が、日本に住む権利を巡って争いを始めたのだという。出身国、人種、収入、日本語の習熟度、職業……優劣をつけられる箇所はいくらでも存在する。
「外国人が、外国人を追放してる。政府、ちょうどいいね、知らんぷり」
警官に見えた人々は、勝手に外国人を取り締まって、強制的に国外追放している組織らしい。日本人も、拘束時に身分証がなくてアジアの他国まで一度飛ばされ、現地の大使館に泣きついたケースがあるという。
「そんな!私、身分証、持ってないのに……」
女性はニッコリ笑って、通路の曲がり角を指した。
「大丈夫!ここずっと行く、日本人助ける場所あるよ。アタシ見たら捕まっちゃう、聞いただけね」
ずっと歩いていた女性は、いつの間にか立ち止まっている。
「あなたはどうするんですか?」
「アタシ、ルート知ってるね。大丈夫!」
「もしかして、私のために、わざわざここまで案内してくれたんですか?」
「ウン、日本好きだから!日本人優しいね。アタシ最初来た時、いっぱい優しかった」
そうか。この人が私を助けてくれたのは、優しかった日本人のおかげ。彼らがいたから、この人は私を信じてくれた。
「ホントはみんな、日本が好き。みんな好きなのに、追い出す人いるね」
そう言って、女性は少し悲しそうな顔をした。私は勇気を振り絞って、彼女に話しかけた。
「……でも、あなたは私を助けてくれました。一人ひとりは、優しい人です。私もあなたみたいに、優しい人になります」
そう言うと、女性はニッコリと笑い、手を振った。
「ウンウン!ありがと!バイバイね!」
「はい、どうかご無事で!」
女性に背を向け、曲がり角を進んだところで気づいた。
そうだ、名前を聞いていない!後でお礼ができればいいなと思っていたのに!
別れた場所へ走ると、もう女性はいなかった。慌てて元来た道を遡ったが、女性は忽然と消えてしまったかのようだった。走る足音もしなかったのに、変だ。
私はしばらく女性を探したが、やがて教えてもらった道へ戻った。逃走ルートを知っているようだったし、きっと彼女なら大丈夫だ。私も捕まらないうちに、然るべき場所で保護してもらおう。
***
地下通路を進むと、やがて開けた地下街へ出た。立ち並ぶ店舗のシャッターは、どれも降りていた。警官風の服を着た人はおらず、一般市民であろう人々が、みんな一方向へ歩いていた。
同じ方向へ歩いていると、地下広場に「日本人支援センター」と銘打たれたテントがあるのが見えた。しかし、その周りには大勢の外国人がたむろしている。日本人じゃないから助けてもらえなかったのだろうか。
テントの中を覗くと、溢れ返る人々を、三人の白人男性が懸命に誘導している。警官風の服を着ているので、彼らも外国人を国外追放する集団なのだろう。
「身分証ある人、こっちに並べ!身分証ない人はあっちに並べ!」
私は列を見て首を傾げた。変だ。日本人支援センターなのに、どこにも日本人がいない。中国や韓国、東南アジアの人々が並んでいる。
私は男性の一人に声をかけた。
「あの、私、日本人で!」
男は私を一瞥し、怒鳴りつけてくる。
「お前らみんなそう言う!並べ!」
私はすごすごと身分証のない列に向かった。彼らは日本人が見分けられないのだろうか。それとも日本人だと偽る人々が多すぎて、問答無用で並ばせているのだろうか。
列の最後尾を目指すが、テントの外を出てもまだ列の終わりは見えない。こんなところにいたら、何日も経ってしまいそうだ。それに、この順番を待っていたとしても、身分証を持っていない時点で私も他国に送られてしまうかもしれない。
私は列を離れ、元来た地下通路を目指す。消えたアフリカ人女性について、ひとつの可能性を見出したのだ。
***
「……あった!やっぱり!」
女性と別れた場所。その通路の壁に、うっすらと境界線が見える。ここに扉があるのだ。ドアノブはないので、グッと押してみる。カチッと音がして、壁に擬態した扉が開いた。
扉を元通りに閉めてから、細い通路を歩く。突き当たりは、水門の出口のようだった。侵入防止の柵の向こうでは、轟音とともに激しい濁流が流れている。しかし水量はさほど多くなく、まるで汚いウォータースライダーみたいだ。
きっとあの女性はここから脱出したのだ。私は柵を乗り越え、濁流へ飛び込んだ。真っ暗な水路を流されていくのに、不思議と恐怖は感じなかった。なるべく水を飲まないように息を止めていたが、曲がりくねる水路に翻弄され、いつの間にか意識は彼方へ飛んでいった。
***
薄暗く閉鎖的な空間の中、私は意識を取り戻した。
「……うわっ!?」
なんと、下半身がトイレにハマっているではないか!
慌てて身体を引き抜こうとするが、なかなか出られない。変だ!トイレの便座に下半身がすっぽり入る空間なんてあるはずないのに!
私が焦っていると、遠くから声が聞こえてきた。男性の声だが、外国語なので何を言ってるのか分からない。
「えぇっと……ヘルプ!ヘルプミー!」
トイレの扉が開き、恰幅のいいインド人の男性が姿を現した。直感的にインド人だと思ったのは、料理店員の制服を着ており、カレーのスパイスの匂いが漂っていたからだ。
店員は私を見て、ワオ!と声を上げた。
「ニッポンジン!なんでだ〜!?」
私がトイレにハマっていることではなく、日本人であることに驚くとは。変なシチュエーションもあったもんだ。
店員は私の腕を掴み、トイレから引き上げてくれた。さすがの体格である。私は泥に塗れた身体をはたく。ずぶ濡れで気持ち悪い。濁流を通ってきたせいか、全身が泥水に浸かっていたようだ。靴もどこかで脱げたらしく、指の間にも泥がこびりついている。
私がトイレの個室から出ようとすると、店員が制止する。
「まってまって……ハイ、オーケー、ゆっくりね〜」
トイレを出た私は、ぎょっとして立ち止まった。隣の部屋に、巨大なワニが複数寝ていたのだ。
「しずかに、ゆっくりね〜」
店員に言われるまま、私はそっとワニの横を通り、階段を昇った。
出口は料理店の厨房だった。私が出たトイレは、地下室にあったようだ。店員は私を店の裏口へ案内する。
「アナタ、まちがっちゃったのぉ?」
「うぅーん……歩いてたら、道がシャットアウト、逃げたらここに」
身振り手振りで伝えると、店員は分かってくれたようだ。
「オーケー、オーケー!アナタ、ラッキーね!ここ、ナイショのルートよ、ナイショね!」
「はい、内緒、オーケーです」
裏口からの風景を見て、私は愕然とした。ここは自宅の近所にあるインド料理店だったのだ。そんな運命的なことがあるだろうか。
裏口を出ようとすると、店員が靴箱に置いてあった黒いサンダルを指した。
「それ、あげるね!」
「えっ、でも、いいんですか?」
「いいのいいの!アナタくる、カリーナンセットたべる、いい?」
そう言って、店員はウインクしてみせた。
「はい……!オーケー、ありがとう!」
「バイバーイ!」
恰幅のいい店員は、身体を揺らしながら手を振って見送ってくれた。私は黒いサンダルを履き、料理店を後にしたのだった。
***
夕方の町を歩く。貸してもらったサンダルがありがたい。私の泥にまみれた異様な姿を隠すかのように、空が暗くなっていく。
あぁ、どうしよう。両親や大学に、何と言えばいいんだ。外国人の追放運動に巻き込まれたと言うのは簡単だが、そうなると、私を助けてくれた人々はどうなるだろう。あのインド料理店は、きっと罪なき外国人を逃がすための場所なのだ。私の話から、あの店に取調べが入ってしまうかもしれない。そうなると、私が通ってきた用水路も封鎖されるだろう。今日起きたことは、心の中に留めておいた方がいい。
泥に塗れ、ぐちゃぐちゃになった格好の言い訳を考えながら、私はすっかり夜になった家路を歩くのだった。
***
目が覚める。私の部屋。私のベッド。カーテンの向こう側は薄暗い。枕元のスマホを確認すると、5時を回ったところ。
あれっ?変だ。あの後どうなった?
母は私の汚い格好に驚いていたっけ。私は大学に何か連絡しようと、母に構わずスマホを手に取った。でも夜だから、もう大学の事務に電話は繋がらないし、教授も帰宅してメールも確認されないだろうと思った。まずい。形だけでも報告しておかないと。あの後、ちゃんとメールしたのか?
心臓がバクバクするのを感じながら記憶を辿っていると、寝起きの頭がだんだん覚めてきた。
いや、待て。
今日は月曜日じゃないか。
昨日は日曜日で、そもそも実習の日じゃない。
なんだ、私は勘違いしていたのか。良かった。
そう安堵した後で、初めて気づいた。
いや、そもそも私は「社会人」だ。実習なんて10年近くも前の出来事だ。
私は嫌な汗を拭い、ため息をついた。ああ、全部夢だったんだ。実習があることを忘れる自分。外国人の受け入れ政策。抜き打ち国外追放。機能していない日本人支援センター。隠し扉とウォータースライダーのような水路。地下でワニを飼い、外国人を匿うインド料理店。道理で変なことばかりだったわけだ。
はぁ、随分と壮大な夢を見て、朝から疲れた。そう思いながら2階の自室を出て、階下のトイレに向かう。
しかしそうなると、私が出会ったアフリカ人女性も、インド料理店の店員も、私が生み出した妄想だったわけだ。実際、近所のインド料理店には一度だけ行ったことがあるが、店員はみんなヒョロっとしていて、恰幅のいい人物はいなかった。2人の身にしみる優しさも虚構だったのは、ちょっとだけ残念だ。まあ、あんな物騒な世界が嘘で良かったけども。
階段を降りた時、チラリと玄関が見えた。
見慣れない影に、目が引き寄せられる。
ん?知らない靴がある?
両親の新しい靴か?にしては古く見えるけど。
近寄ってみて、私は目を疑った。
それは紛れもなく、インド料理店の店員がくれた、黒いサンダルだったのだ。
サンダルには、白く乾いた泥がこびりついていた。
意味が分からない話でしたよね。私にも分かりません!
実は月曜日を迎える深夜、この夢を見たんです。あまりにも鮮烈に覚えていたので、必死に書き留め、2日で仕上げました。
近所のインド料理店に行くのがちょっと怖いなと思うこの頃です。