4話 穢れの鉄靴、祈りの刃
森を裂くように、金属の轟音が響いた。
重装の兵士たちが鉄の列を成し、聖域へと続く一本の小道を踏み荒らす。彼らは“帝国特別先遣隊”――中央より派遣された、精鋭中の精鋭たちだった。
空には黒い旗が揺れていた。
それは、鉄と血と略奪の象徴。世界に絶え間ない戦火をもたらし、数多の民を焦土に沈めた、あの“戦争貴族”たちの紋章。
「前方、森の村落まで約五百メートル。索敵部隊、展開開始!」
軍の魔導通信士が魔石を手に叫ぶ。彼らにとってこの任務は、“資源回収”に過ぎない。ただ、森の力の根源――“神秘の核”を押さえる。それだけで良いはずだった。
だが――。
「やめてください!」
静かに、しかしはっきりと道を塞ぐ者がいた。
白い布を纏い、額に葉の冠を戴く一人の少女。年端もいかぬその姿には、恐怖の色はなかった。
「この森は、精霊様が守っておられる場所です。これ以上、穢してはなりません」
少女の背後には、村人たちがいた。
老人も、女たちも、そして子供までも。手には農具、簡素な魔術具、粗末な弓矢。しかしその目は、異様なほどに輝いていた。
「我らは選ばれたのです。精霊様の、聖なる加護に触れた存在。……あなたたちのような汚れた者が、足を踏み入れていい場所ではない」
それは祈りというより、呪詛だった。
軍の指揮官は、短く息を吐く。
「威嚇射撃。散開。……交渉の余地なしと判断」
魔導兵が杖を振るい、赤い雷光が空に弾ける――その瞬間だった。
「――精霊の加護を受けし我らが、偽りの軍靴を拒む!」
誰ともなく声が上がり、村人たちは叫びと共に突撃を開始した。
農具が鋭利な刃のように振るわれ、木の枝に宿した精霊術が火を吹く。
狩猟魔術の矢が兵士の防具を貫き、土魔法が大地を揺らす。
帝国兵たちは戸惑った。
彼らの前にあるのは、軍ではない。ただの村人だ。だが――その動きには、異常な加速と正確さがあった。
「こいつら……ただの民間人じゃない! 精霊術が、身体能力まで底上げされてやがる!」
それは、アリアが眠る間に放っていた魔力が、村人たちの身体に染み込み、彼ら自身を“半ば精霊化”させていた証。
信仰は力となり、崇拝は狂気と化し――今、彼らは“聖戦”を名乗る戦士と化していた。
ひとりの老婆が、血を流しながら兵士にしがみつき、震える声で叫ぶ。
「……我らの精霊様は、お目覚めになられたのじゃ……
この命、捧げようとも、森を穢す者には、死を……」
彼女は炎と共に焼かれ、笑いながら崩れ落ちた。
その姿に、兵士たちの背筋が凍る。
これは、“戦闘”ではない――“信仰の暴走”だ。
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砦の後方、観測塔の通信魔導士が蒼白な顔で報告する。
「前線より連絡途絶! 第三中隊、壊滅の可能性あり! ……村人たちが、あまりに……異常です!」
指揮官のレオニスは、歯を食いしばりながら空を睨んだ。
「……あれが、“神”を崇めるということか。ならば、もう遅いかもしれんな」
森の奥深く、静かに風が吹く。
そしてその中心――
黄金の瞳を持つ少女が、誰の声でもない囁きを聞いていた。
「――もうすぐ。あなたの神話が、始まる」