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2話 目覚めと兆し

アリアが再び目を覚ましてから、数日が過ぎた。

森の中には、彼女の魔力が少しずつ流れ始め、風が柔らかく吹き、空気が澄み始めていた。


――そして、その変化に最も敏感に気づいたのは、森のふもとに暮らす人々だった。


「森が……また、目を覚ましたぞ」

「風の香りが変わった。精霊様が、戻ってこられたんだ」

「ついに……祈りが届いたのだ!」


村人たちは、半ば熱に浮かされたように森へ向かい、花を摘み、果実を捧げ、祈りの唄を口にした。

その瞳には涙が滲み、顔は歓喜に染まっていた。



アリアは、村の境界に近い森の小径で、ゆっくりと歩を進めていた。

百年ぶりに見る空。百年ぶりに感じる風。

すべてが、どこか新鮮で、けれどどこか寂しかった。


「……知らない世界みたい」


そんな彼女の前に、ひとりの少女が現れた。

年のころは十歳ほど、両手に野花を抱えている。


「……あなたが、精霊様?」


少女の声は震えていた。恐れではなく、圧倒と、熱に浮かされたような信仰の震え。


アリアは戸惑いながらも、頷く。


「たぶん、そう……かも。あなた、村の子?」


少女は膝をつき、頭を深く下げた。

「お会いできて、光栄です……! わたし、あなたにこの花を……村のみんなが、あなたに感謝しています!」


「え、あ……ありがとう……?」


アリアは困惑しながらも、そっと花を受け取る。

その背後から、大勢の足音が近づいてくる。

老若男女、村の者たちが列をなしてアリアの元へと集まり始めていた。


「精霊様!」

「ご加護を……どうか我が子に祝福を……!」

「あなたが戻られたことで、我らはまた生きられます……!」


誰もが口々に言葉を捧げ、涙を流し、膝をつく。

まるで神の降臨に出会った信徒のように。


アリアはその様子に、圧倒された。


「……私、何もしてないのに……」


「いいえ、精霊様。あなたがいてくださるだけで、我々は生きていけるのです」

「どうか、この地に留まり、再びお導きを……」

「あなたの魔力が、命を与え、土地を清める……あなたこそ、この世に遣わされた奇跡なのです」


――奇跡。

――導き。

――精霊様。


その言葉はどれも、柔らかな信頼と、ほんの僅かな熱狂を孕んでいた。

人々の目に宿る光は、どこか危うく、まるで“信じたいもの”にすがるような渇きがあった。


アリアは、そんな人々を見て、ふと胸がざわつくのを感じた。

これまで他者に求められたことなどなかった。

それは決して悪い気持ちではなかった――けれど、どこか、息苦しかった。


「私……そんな立派な存在じゃないよ。私は……ただの――」


「違います、精霊様」


村長が、一歩前に出て口を開いた。

彼の声には、確かな確信が宿っていた。


「あなたは“この世界の祝福”です。謙遜なさることはありません。

我らはあなたに尽くし、あなたの言葉に従い、この森を、世界をお守りします」


そして村人たちが再び一斉に跪いたその光景は、

どこか――アリアの知る“優しい村”の姿とは違って見えた。



その夜。

アリアは静かに森の聖域へ戻り、巨木の根に腰を下ろしていた。


「……なに、これ。すごく……こわい」


風が吹く。夜の森は静かで、それでもどこか、重苦しかった。

まるで、彼女が目覚めたことを喜ぶ誰かと、恐れる誰かが、同時にこの世界に存在しているような――そんな気配。


「私……眠っていればよかったのかな……」


そう呟いたとき、どこからか風が答えるように葉を揺らした。

彼女の長い耳がそれをとらえる。


“まだ始まってもいない”――そう告げるように。


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