逃げ帰った路地裏で2
1日3話更新、本日3話目です。
誤字脱字等ありましたら申し訳ありません。
「……元に、戻れると思いマスか。あの子と」
今さら都合の良いことを言う。そんなこと、ワタシ自身が一番よく分かっていた。自分が傷つきたくないだけだろう、そうあの子に言われれば反論する資格もない。
けれど。
もし、またあの頃のように戻れるなら。
もし、ジェラースとまた「双子」として過ごすことができたら。
もし、欠けた片割れを取り戻せるのなら。
「ええ。そうやって喧嘩して成長していくものじゃないですか! それに、今回の件はジェラース様もやり過ぎです。私が代わりに怒ります!」
腰に両手を当て、ふん、と胸を張るイノセントさんのどこか子供のような姿に少し、張り詰めていた気が緩んでいくのを感じた。
「セヴィアとも、その、仲直り……できるでショウか。先ほどはつい怒ってしまって。思い返してみたら、あのときのセヴィアは少し変だったように思いマス。……あれが、本当のセヴィアなのでショウか。ワタシは、彼について何も知らない。ワタシと舞台に立ちたいと言ったセヴィアは、偽りだったの、でショウか——」
「あー! あー! 落ち着いてください! ほんっと、あなたたち双子は沈みだすとずぶずぶ、ずぶずぶと!」
再び、気づけば俯いていた顔を無理やり上へ向けられる。金の四白眼と眉を吊り上げ、大声を出したイノセントさんに思わず肩が跳ねた。
「ふう……。すみません、驚かせてしまいましたね」
「い、いえ」
「で、す、が! そう卑屈になっていては何もできませんよ? ……私もセヴィアさんと交流が長いわけではありませんが、あなたのよく知る姿が本当のセヴィアさんで間違いないです。それは、確かです」
真剣な双眸に射抜かれる。その真摯な目はあまりに真っ直ぐで、イノセントさんの情熱を普段は片目で受け取っているワタシには、両方の目をしっかりと合わせることができなかった。
「ああ! あと、ジェラース様はずっとあなたのパフォーマンスを見たがっていましたよ!」
途端、「閃いた」と言うようにぽん、と手を叩いたイノセントさんが一歩後ろに下がる。その際に白衣の裾が宙で泳ぐように揺らめいた。
「あの子が? ……それなら今日、散々な結果のあれを見せたと思うのデスが」
「まだ、信じられませんか?」
「……」
イノセントさんが言いたいことは、なんとなく解る。きっと、ジェラースは「兄」としてあの子の隣で輝いていた頃の、無邪気な少年の芸を見たいのだろう。
「……ワタシはもう、あの頃のようなパフォーマンスはできマセン。ただ夢を追いかけていた、あの感情がもう分からない」
「あー! もう! 焦れったいですね⁈ セヴィアさんとやったみたいにやればいいじゃないですか! あのときのあなた、本っ当に楽しそうでしたよ!」
半ば、怒り混じりの強い語気。
それができたら、できる勇気があったなら! ワタシは、この百年を無駄にはしていない。
「っ……! ワタシには、できない! どうせ先ほどのように失敗しマス! 昔も、今も、これからも! ワタシは道を間違え、誰かを傷つけることしかできないのデスよ!」
核にヒビが入るような心地だった。
過去も現在も未来も。ワタシの歩む生にスポットライトなどなく、照っている光だと思ったものは全てを焼き払う業火でしかない。
ああ、だから。
「ハっ、セヴィアもあんな失態を晒したワタシに失望したのではないデスか? あの子に聞いたのかもしれませんが、ワタシが持てはやされたのももう百年前の話。やっぱり声をかけるんじゃなかったと、憧れだとほざいたことを今さら後悔でも——」
「セヴィアさんは‼︎ ……あのひとは、あなたのことを裏切りません。あなたを裏切るなんて、あり得ないです。絶対に」
「っ……。デス、が……」
強い怒りと悲しみを混ぜ、煮詰めたような金色。大きなそれは、ワタシを見透かして罪を暴き断罪するようで。やはり、直視できなかった。
「ジェラースも、ビトレも、他のひとたちも。そうデシタ。裏切らないと、自分は期待に応えると言って……ワタシの隣で狂っていった」
ぎゅっ、と顔のパーツが歪む。
「ワタシのせいなのデスか⁈ ワタシだって、誰かと対等な立場で舞台に立ってみたかったのデスよ、叶うなら……。ワタシなりに、ひとを愛し大切に接しマシタ! それでは、だめなのデスか……。ワタシひとりの、思い上がりでしかない。自己満足でしかなかったのデスよ! 人間のあなたには、解らないでショウっ……!」
言いながら、後悔に目を眇める。
どうして。やはり、ワタシは誰かを傷つけることしかできない。
刃物の四肢で人間を真似し、本来の姿を隠しても。
どれだけ舞台に立ち、さまざまなひとの役を演じても。
鋭い刃は消えやしない。
冷たい体温は、変わりはしない。
ワタシは温かい人間ではなく、醜い化け物でしかない。
目の前で、なんの表情も映さないイノセントさんが佇む。また、ワタシは。言ってはいけないことを言った。親身になって助けようとしてくれた人に、導こうと手を差し伸べてくれた人に。
失望されただろう。きっと、踵を返し見放される。
「……」
俯く資格などないのに、ふらふらと逸れた視線は闇に溶けるレンガの床を見つめる。
ふと、ぽつり、ぽつりと地にシミができた。
「イノセント、さ——」
月からワタシを隠す影の色が深くなり、近づいた人間の体温と飴玉のような香り。目元を温かい手で覆い隠され、静かにこぼされる嗚咽に息を呑んだ。
「辛かったですね。ずっとひとりぼっちで、あなたはよく、頑張りましたよ」
「っ……?」
膝を立てて座り込んだワタシの足に、熱い雫が降り注ぐ。
「私は、あなたがどんな苦労をしたのか、その痛みは分かりません。でも、報われない努力の痛みは、私も少しは解りますから」
訪れた、沈黙。
ふと、一つ。ワタシの喉からしゃくりが漏れた。
核がじくじく、ずきずきと痛み、背が丸まり、肩が震える。立てていた膝にも力が入らなくなって、体が金属の塊へと溶け出すときのように脱力した。
「うっ、く……、ふ……」
噛んだ口に、歪む目元。
ぼろり、ぼろりと。イノセントさんに釣られ、双眸から溢れ出したのはさらりとした銀色の冷たい液体。
今まで生きてきて一度も経験したことのない現象に、戸惑いが生じる。
しかし。そっと、けれど力強く背を撫でられて溢れ出す液体も、大きくなるしゃくりも止めることができなかった。
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