出遭ったのは妙な生き人形3
1日3話更新、今日だけ6話更新!本日3話目です。
誤字脱字等ありましたら申し訳ありません。
腹部のコルセットをきつく締め直し、俯いたまま、重く、長く、不安を出し切るように息を吐く。ワタシの身に纏うものの中で最も黒いそれは、闇からワタシを支えてくれるようだった。
「……ようこそ皆さん! ワタシのステージへ。思う存分、楽しんで行ってくだサイ!」
朝日が遮られ、薄暗い路地裏。
清々しい空気など吹き込むはずもなく、もう麻痺して何も感じないが、腐敗臭に包まれているのであろう地でトランプの頭を下げ、胸に手を当て、燕尾服を揺らし。震える体とうるさい鼓動に気づかないフリをして、低音の声を響かせながら仰々しく礼をする。
毎日毎日、生きながらえるためだけにやる馬鹿げた無意味な行為に希死念慮だけが募っていく。
特に昨夜、いや、あれも今朝と呼ぶべきか? ともかく日が昇る前は散々だった。ただでさえ嫌な毎日だというのに、妙な生き人形に追いかけまわされて……。いっそあれは悪夢だったと信じたいほどだ。
目を瞑って思考を飛ばす。今は、憎き大道芸の最中だ。
悪人面だのなんだのと揶揄され続けた顔に笑みを浮かべ直す。表情なんてものがあるから、そこを取り繕わなくても良い顔のない人外を時折うらやましく思う。
奥底で渦を巻き続ける思考に見て見ぬ振りをして、道端に転がるガラス瓶を使った芸を披露する。そうすればすっかりワタシに懐き、娯楽に飢えているスラム街の人間たちは澱んだ目を精一杯に輝かせて一挙一動を眺めてきた。……こんな芸にすら喜ぶ彼らに本物の、眩しいほどに輝く芸術を見せてやりたいくらいだ。あの衝撃を、ぶつけてやりたかった。
ああ、違う違う。そんなこと今のワタシはやりたくない。
まあ、やろうとせずとも、今のワタシには到底できるはずもないのだが。
彩度のない枯れた世界で、薄く乾いた失笑を漏らす。
食料を与えてやる代わりに「異形頭」と呼ばれる人外であるワタシの芸を見てもらう。それが目の前にいる人間たちと交わした約束。
……パフォーマンスなんて子供じみたものは嫌いだ。頭と、縫い合わせた右目が痛くなる。
それでも、人間の変化する新鮮な感情。それのみを肉体を維持する栄養として生きるワタシはこの約束を違うことはできない。
百年以上生きて体に染みついたのは、子供のように夢を追いかけていた頃の、パフォーマーとしての笑顔と技術だった。無心でいたって、頭部以外人間を模した金属の体は勝手に動く。空いた思考で考えるのは、いつも過去への後悔と憧憬だった。
どうせ、ワタシの芸を望む者などもういない。
堕ちるとこまで堕ちたのなら、夢とともにパフォーマンスというワタシの存在意義さえも捨てられたら良かったのに。
俯きそうになった重たい頭を持ち上げる。
大技でも挟むかと瓶を十本持った内、半分を空中に高く投げたところ。
ドン、と背中に固い衝撃が走り、ぐらりと体が傾く。僅かに濡れたレンガの床を転がり衝撃を受け流せば、先ほどまでワタシが立っていた場所から場違いなほどに明るく大きなアコーディオンの音が鳴り始めた。
「くはっ! さっきぶりだね、ロバリーさん! それと、初めまして! ロバリーさんのお客さん! ちょーっと邪魔するよ!」
しゃがんだ状態でぶつかってきた張本人を見やるまでもなく、この場から逃げ出したくなった。渋々顔を上げ、つい先程見たばかりの悪夢を再び目にし、口を引き結ぶ。
スポットライトのごとき陽の光を一筋。輝きを全身に浴びて現れた姿に、嫌悪感から顔が歪む。視界の端で、煌めくような亜麻色の長い三つ編みが揺れた。
再びワタシの前に現れ、ワタシを邪魔し。文句を言ってやろうと口を開く。しかし、生き人形の動きを見て開いた口は自然と閉じてしまった。
生き人形は、アコーディオンのついていない片腕でワタシが宙に投げた五本の瓶を金属の鉤爪に一本一本引っ掛けて受け止める。
本当にどういった原理なのか、人体で左腕が生えているはずの部位へ腕の代わりにくっついたアコーディオンは、蛇腹を伸び縮みさせて音を鳴らしていた。
胴体部分の舞台のようなものの上では、不恰好でところどころほつれている小さな人形二体が生き人形の動きに合わせてアクロバットを披露している。
それを見て、観客である人間から驚きの歓声が上がった。
生き人形の動きは洗礼されており、たまに軸がブレることはあるが、無駄は少ない。たゆまぬ努力の見える動きに、思わずそっと目を背けた。
ご閲覧ありがとうございました!




