百年越しの邂逅
1日3話更新、本日2話目です。
誤字脱字等ありましたら申し訳ありません。
○
いつの間にかワタシはひとりで街を歩き、人間のポジティブで、得られる種類の増えた感情や、出店のものを食べ歩けるようになっていた。
自由時間には廃遊園地に引き篭もったり、セヴィアやイノセントさんと過ごしたりするのではなく、ワタシひとりで出歩くことが増えたのだ。大体、週に一度、多ければ四度ほど街へ出かけ空腹を満たし娯楽を楽しんでいる。
今日も、街の出店の物陰で子供に向け路上パフォーマンスをした。揺れ動いた感情を少しだけいただいて、くもり空の下でゆったりとレンガ造りの街を歩く。
昼過ぎにしては暗い。空は分厚く黒い雲に覆われ始めていた。
もうじき、雨が降り出すだろう。頭部のトランプも耐水性はあるが、早く遊園地へ戻るに越したことはない。
そう思い、踵を返す。賑わいのある街を抜け、遊園地の崩れかけの門を目指した。
気配を消しながらスラム街に入れば、雨の匂いに混じって腐敗臭の嫌な匂いが嗅覚を刺激する。
少し前までは嗅ぎ慣れて、嗅覚も麻痺していたため感じることなどなかったが。また戻ってみれば酷い匂いだ。
「……ここは、相変わらずデスね」
薄暗いし、あちらこちらにゴミが散乱しているし。
あまり足音が鳴らないように背伸びをして駆け足で移動していれば、ふと、曲がり角でひとの気配を感じた。それも、知っているような気配で——。
「そう? あたしは好きだけど。ここ」
「っ……⁈」
一瞬、体が硬直した。
少しだけ下のほうから、音も気配もなく突然落とされた声。誰に伝えようと思ったわけでもない呟きを拾い上げられ、通り過ぎた曲がり角、背後を振り向きながら咄嗟に距離をとる。
「あはっ! やっと見つけた! 久しぶり、とでも言えばいい? ビトレに泣きつかれて面倒だったんだけど。はあ。今さらのこのこ出てくるとはね。百年間、必死に逃げ隠れてきた癖に。どういう風の吹き回し? 遠足気分なの? おにーちゃん?」
「……」
それはひどく、聞き馴染みのある声。ずっと脳裏にこびりついて、離れることなどなかった声だった。
彼女は自分の人間を模した手、その爪を彩った黒いネイルを見つめていて目は合わない。ゴシックロリータに身を包んだ……ワタシと同じ、トランプの頭をしたひと。
ぱき、と重くも軽くもない金属が折れる音。いつの間にかコルセットへ強く突き刺していた爪が割れて地に転がっていた。
「何? またあたしを無視するつもり? あんたこそ相変わらずね。さっさと答えてよ」
沈黙に、ギロリと向けられた真紅の双眸。
彼女のトランプは、黒いスペードのJACK。ワタシと違って汚れや傷は一つもなく、記憶の中にある少女の面影を十分に残していた。
「ジェラース、ワタシは……アナタと敵対したいわけではありマセン」
彼女はワタシを見るなり殺しにかかってくるかと思ったが、どうやら落ち着いているように見える。少しならば話だって聞いてくれそうにも。
「ハッ。何を言い出すかと思えば。ふざけないでよ。あたしのこと、舐めてる? ねえ、お兄ちゃん?」
浮かべられた、嘲笑。
双子として育った幼い頃にさえ呼ばれもしなかった「兄」という単語の気味悪さに背筋が凍る。
前言撤回。これは、ただ怒りを抑えているだけだ。それか、とっくのとうに理性など崩れ去っているように見える。
「……はあ。もう百年も待った。一ヶ月後。街の大会で、あたしと舞台で勝負しなさい?」
好戦的な笑みを湛え、ワタシと瓜二つの顔を持つ、何もかもが違う存在に胸ぐらを掴まれ見上げられる。かつては同じ目線で景色を見ていたのに、金属を減らし質量を変えているのか、頭一つ分はある身長差。
下から憎々しげに、けれどもどこか愉悦の滲んだ睨みにこくり、と一つ嚥下した。
「嫌、と言っていマス。ワタシにアナタと敵対する理由などない。時間の無駄デス。アナタはアナタの——」
「ぷはっ! 理由ならあるでしょ? あたしの生をめちゃくちゃにしておいて。それで何もないって言いたいってこと? いい加減にしろ。ふざけてるの?」
ぐるぐると渦巻く、見開かれた赤い瞳がぎらりと鋭く光る。
軽く肩を押し、後退りながら距離をとれば、満足げな笑みを浮かべてジェラースは小首を傾げた。
「ねえ、もう一回言ってあげる。あたしと舞台で勝負して? 百五十年も待ってあげたんだから」
「……」
幼い頃の記憶にあるよりも、意地悪げで無邪気に弾む声。
記憶の中の彼女、ジェラースは心優しく我慢しがちで、傷つきやすかった。だから、本心を包み隠さず曝け出すような今の態度に、どうしても少しばかり安堵してしまう。場違いだと、分かっていても。
この子はやはり、ワタシなどに縛られるべき存在ではない。
ワタシたちが隣り合って過ごしたのはたったの七年間。残りの百五十年、ワタシはそのほとんどを無気力に過ごしたが、彼女は違ったのかもしれない。
「だんまり? 何か言ったらどう? それとも、凡人にすら勝てないほど落ちぶれた?」
ああ、でも。それなのに時間すらもワタシたちを切り離してはくれないようだ。七年間の瞬きのような、夢のような時間はいつまでもワタシたちを愛憎に縛りつける。
そうしてまた、出遭ってしまって。
きっとここで逃げ出しても変わらないのだろう。また探し出されて、どこかで鉢合わせる。それどころか、悪化するばかりなのではないか。
「……分かりマシタよ。芸を競う大会デスか。アナタが主催なのだと二十年ほど前に噂で聞いたことがありマスが、本当だったのデスね」
「ハッ、そんな古い記憶で大丈夫? トレンド更新くらいしたほうがいいんじゃないの?」
喧嘩腰を崩さないジェラースは優雅そうに見えて荒々しい仕草、銃を構えるようなポーズをワタシに向けてきた。
遠い昔の、記憶と重なる。
幼少期、彼女が得意としていたのは自身の体を用いての芸。特出していたのは、切り離した体を自在に操る能力。
しまった、と気づいたときには遅かった。
「ばーん」
ジェラースの力は、戦闘にも長けている。
幼い笑顔と明るい掛け声ともにいつの間にか金属の腕に戻っていた指先から、一粒の球が生み出される。それは一瞬にして彼女の元を離れ、人間の爪先ほどしかない金属の球がワタシの太ももを貫いた。
流れ出す銀の体液を押さえながら、肉体の内部を変形させ貫通した部分を塞ぐ。
「……ジェラース」
「あはっ! 結構練習したの。痛いでしょ?」
ジェラースの頭に縫い合わせられている、片目を隠すベールが風に靡き揺れる。
再び、ぐっと詰められた距離。
交じる視線の先、ジェラースは仄暗い瞳をしてにまりと持ち上げた口角でちらりと鋭い歯を覗かせた。
するり、と肩を撫でられる。
「……ロバリー、今度は逃げないし、逃さないから。絶対来て? じゃないと、あの生き人形は壊してあげる」
「なっ……、セヴィアは、関係ないでショウ」
「……へえ。そんなに気に入ってるんだ。あの人形のこと」
向けられる敵意を隠そうとしない憎々しげな双眸。その中には明らかな殺意があった。
……昔は同じだった一人称も、身長も、身なりも。今では何もかもが違う。
今では、ワタシがこの子の手を引くこともできない。
ワタシがいなくともジェラースはひとりで強く生きてきた。
かつてあった背を預け合う安心感など、今はない。対峙するだけでも調子が悪くなりそうだ。
ずっと、目を逸らし続けてきたツケが回ってきたのだ。それに、やっと隣に立ちたいと思えたセヴィアを巻き込むわけにはいかない。
いい加減、ワタシも過去に縋ってばかり、過去に囚われてばかりいてはいけない。
きっとワタシの生は、道化だ。
それならば、ワタシはこの拗れ絡まったストーリーを紐解きたい。それぞれのハッピーエンドを迎えられるように。
「……ジェラース。ワタシももう、逃げマセン。アナタの舞台で決着をつけまショウ」
「……」
ワタシは、笑えているだろうか。
ジェラースを、ワタシの片割れである彼女を真っ直ぐ見つめて。
交差した視線を先に逸らしたのはジェラースだった。歯を唇に突き立て、銀色が滲むほど噛み締めるのは彼女の癖だ。
けれど、もうその銀色を拭い傷口に触れるのはワタシの役目ではない。
震えそうになる体を叱り、踵を返す。
ジェラースは何も告げてこない。それを確認して重たい一歩を踏み出し、歩みを速めた。
ずきり。
治ったはずの彼女につけられた頭部の傷と、先ほど貫かれたばかりの太ももが痛んだ気がした。
ご閲覧ありがとうございました!




