悪友だったひと5
1日3話更新、本日3話目です。
誤字脱字等ありましたら申し訳ありません。
「ただいま〜! ねえ、ロバリー。このひとは敵ってこと? 友達じゃないよね、知ってる!」
砂埃の中から薄らと人の輪郭が見え、亜麻色の長い三つ編みが揺れる。
やがて宙空に浮いた砂が重力に従って地に戻り、がぱり、とくるみ割り人形の口のごとく重さを感じさせずに開かれた瞼の先、青暗い双眸と目が合った。その仄暗さと状況に似つかわしくない明るい声が、ざわざわと不吉に核を揺さぶってくる。
「敵……」
目の前の男を表す言葉が与えられた。
きっと、ワタシは今まで、この男を対立する存在だと思えていなかった。どこかでずっと、友のままだと思っていた。……思っていたかった、それだけの弱い心持ちだったのかもしれない。
現に、ワタシは今も昔も、身の危険を感じたとしてもこの男に殺意を抱いていない。裏切られたとは、思っていたが。
「心外だなぁ。それを言うなら『仇敵』とでも言って欲しい。僕はロバリーと出会ってずっと。今日までも、この先も、呪われ続けているのだから」
間近で肩と砂を揺らして笑い出した男、ワタシの敵は、視線はワタシに寄越したままセヴィアを煽る。
かちり、と一つ落とされたのはカスタネットの音。
止めていた足を動かし、殺気を抑えていないセヴィアが距離を詰める。どこか嬉しそうに、目の前のガラスの中で砂が揺れた。
ふと、この男を放っておいたら危険な気がした。拘束されていない自由な両足、その片方を静かに本来の肉体へ戻す。
人の足を模っていた両足が細く、鋭くなっていくのを感じる。やがて、完全に形状の変化が終わったのを感じそのままぐっと片足を振り上げた。
ガラス越しに見えたのは、黒と銀の鎌。
ガラス上部に突き立てた鎌の足先から、蜘蛛の巣状に目の前のガラスへと拳一つ分ほどのヒビが広がる。
「な……!」
「えっ」
二人から困惑した声が漏れたのは同時だった。
木でできた肩を殴り、緩んだ腕の拘束から抜け出す。
「これでおあいこデス。ビトレ。ワタシはアナタを縛りたくない。ましてや呪った覚えなどありマセン」
縫い合わせた目を無理やり開く。ぷちぷちと糸の切れる音がした。切れた糸が風に靡き連れ去られる。
通常の目と、あの日、ビトレの手で刻まれた怪我から黒く反転した目と。両の目で友であり、敵であった男を見やる。
「ワタシはアナタの主人でも神でもなんでもありマセン。アナタに殴られたら、殴り返すことのできる対等な存在デス。逆も然り。ワタシはアナタを友だと、そう思っていマシタよ。ワタシなりに」
「っ……!」
訪れたのは沈黙。
男の、ビトレの言動は昔から時折違和感があった。
貴方と呼んだり、敬語が混じったり。ふたりで立ち上げたとはいえ、一応ワタシが劇団の長であったからだと思っていたが、どうやら根本から認識が違ったらしい。
ワタシは幼い頃、路地裏で出会ったビトレを友だと思っていた。
けれど。彼はワタシのことを何も知らずに王座でふん反り返る汚れのない存在だ、とでも思っていたらしい。
はくはくと漏れる息遣いを聞きながら、本来の形に変えていた足を人間のものに見立てたそれへと戻す。
ビトレから離れて立ち上がると、彼もだらんと項垂れたまま無気力に立ち上がった。その姿はさながら、下から順にブロックを積み上げて作品が作られていくよう。
そこへ、パチパチと軽快な拍手が響いた。
「お疲れ様です! なんだか厄介そうなことになっていますが、一件落着……したところでしょうか!」
揺れる薄桃色のポニーテールに金の四白眼。
「イノセントさん……」
名を呼んだのは、ワタシではなくビトレだった。拡声機を通しても、覇気のない声。
イノセントさんはビトレを睨むように一瞥しただけで、その言葉はただ空虚に消えていくだけだった。
「ロバリーさんもセヴィアさんも、もう戻られていたんですね! すみません、少し帰るのが遅くなってしまいました! この不法侵入者とお話中でしたか?」
「ああ、いえ……。ちょうど終わったところデス」
「そうですか! お話しするのは大事ですけど、次からは誰かを園内に入れるなら私に一声かけください! 今ここは、私の管理下にあるんですから。あ、セヴィアさんにもですよ! 知らない人がいたら攻撃してしまってもおかしくないですからね!」
ソプラノの明るい声で饒舌に喋ったイノセントさんは、ふと両手を大きく広げた。バチン! と大きな音を立ててビトレの前で小さな手が打ち鳴らされる。
「ちょっと待——」
声を残し、一瞬にしてビトレの姿がどこかに消えた。咄嗟に以前から彼女の知り合いであるセヴィアを見れば、あんぐりと口を開けている。どうやらセヴィアも知らない現象のようだ。
「えっと、イノセント。あのひとどこに消し飛ばしたの……?」
「消し飛ばしただなんて失敬な! 元いた場所に片付けただけですよ!」
「くはっ、待って、片付けたって……くくっ」
またしても、謎のツボにハマってしまったらしいセヴィアが地面に転がり、腹を抱えてのたうち回る。
「イノセントさん、先ほどのあれは魔法か何かデスか?」
「フフン! よくぞ聞いてくれましたねロバリーさん! その通り、あれは私の魔法です! 簡単に言うと、私が管理する区間でものを転移させる魔法です。まあ、補助は貰っているんですけどね!」
輝くような満面の笑みを浮かべられる。どことなく感じる言葉の覇気に、思わず後退りそうになる。足に鞭を打ち、地に踏ん張ることでそれを食い止めた。
「そう、デスか」
緊迫は和らぎ、ここ最近慣れつつあった穏やかな空気感が戻ってくる。
たった少しの時間で起きたアクシデント。唐突に訪れたかつての友との離別。それはワタシへ安堵とともに、どこか、胸にぽっかりと穴が空いたような孤独感をもたらしてきた。
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