出遭ったのは妙な生き人形2
1日3話更新、今日だけ6話更新!本日2話目です。
誤字脱字等ありましたら申し訳ありません。
「なんっなんデスか、アナタは! しつこいデスよ!」
「だ、か、ら! オレを相棒にしてって言ってるんだってばロバリーさん!」
「嫌デス! お断りデス! 遠慮しマス! ついて来るな!」
声を荒げたのは何十年ぶりか。
嫌悪を感じることは日常茶飯事になっているからもはやダメージなどないが、思わず顔をしかめて左目で鋭く後方を睨む。
ガシャガシャと立てられるやかましい音。
音の種類はいったいいくつあるのやら。
ざっと聞こえるだけでも、ワタシより少し高いくらいの声、床を打つカスタネット。暗闇に包まれた路地裏と、追いかけられている現状にふさわしくない子守唄の旋律を奏でるアコーディオン、金属の部品か何かがぶつかり合う音がうるさく聞こえてくる。
めちゃくちゃだ。こんなものは。
「ロバリーさ〜ん! なんで逃げるの! なーあー! 一緒にやろ? パフォーマンス! オレ、何でもできるよ? 大道芸も、演奏も、殺陣も、あ、飛び蹴りも得意! やってみようか! 結構破壊力高めだよ!」
「アナタ、言っていることが支離滅裂なことに気づいてマスか?」
「そう! この話術もオレの長所!」
会話が成り立たないとはこのことか。
いくら速度を上げようが、ワタシの名を呼びながら後ろ五歩分の距離を保ち追い続けてくる存在を振り返る。
ソレは一見、人間のようにも見える。しかし、突っ込みどころが多い容姿をしているコレは人外でしかないだろう。そして、この形状は明らかに人形。ワタシたち人外の核、人間でいう心臓を動力部に動く生き人形。文字通り、生命と自我を持つ生きた人形だ。
生き人形という存在には少々思うところがある。
ワタシたち人外の核を無理に取り出して、新たな存在を形作って。核には元の肉体の持ち主である者の記憶が残っているうえで新たな人格が宿るのだとか、思考はそのままで肉体だけが全くの別物に変わっているのだとか、諸説あるが不気味な話だ。
また、対象とされる人外はワタシのように路地裏やスラム街で身を隠す者たちらしい。実際、ふと見なくなった人物が数ヶ月後に全く姿形を変え、気配だけが同じもぬけの殻となってゴミ溜めに横たわる姿を目にしたことがある。
これでは非道な人体実験となんら変わりないではないか。まあ、過去を振り返る現実逃避は終わりだ。
コレを造ったひとに言ってやりたい。造るならせめて、会話の通じるものを造ってやれ、と。
ちらりと背後を覗き見る。
大きく揺れるのは亜麻色の長い三つ編み。じっと突っ立っていれば足首まであるのではないかと思うほど長い髪は、風を受け、宙でぶんぶんと弄ばれている。
大口を開けて笑っている口元にはサメのようなギザギザとした歯が覗く。ワタシ含め、顔のある人外にこの尖った歯を持つ者は多い。だが、この歯に何の得がある? 刺さったら痛いだけだというのに。造った人物はこの歯が好きなのか?
そして、ここからが問題だ。
この人形はどうして目を開けない。ワタシの右目のように縫い付けられているわけでもないのに、両目は糸のように閉じたまま。そんな状態で満面の笑みを浮かべ迫られるのはかなり恐怖心を煽られるのだが。
こういうときは人外であったことを少しばかり恨めしく思う。人間と同じ目を持っていれば、この暗闇の中、人形の表情など見ることもかなわなかっただろうに。
一度前を向き、再び後ろを振り返る。
浮かぶのは先ほどと変わらないやかましさと、狂気さえ感じる笑み。
夜目が効くことに助けられたことは多々あるが……。まあ、片目でこの情報量なのだから、もう片方の目を閉じていて良かったと思うしかない。
それよりも、肉体のデザインもどうかと思う。詰め込みすぎではないか。
ざっと見ただけでも、人形劇をモチーフにしたのであろうと丸わかりな、小さな舞台が嵌め込まれた胴体。右腕の代わりに肩から生えるのはワインレッドのアコーディオン。左手には鋭い鉤爪が。道化師がよく使う、先端が少し巻かれた靴のかかとにはヒールの代わりにカスタネットがくっついている。
ワタシは、人間の姿形を模している肉体の状態から元の……金属の塊に戻ろうとすれば、まずは四肢が金属に戻る。具体的に言えば、両手は関節部のある細い棒から鉤爪の手が生える形に、両足は関節部がついた鎌の形になる。
そして、姿が変わった際の、より人外らしくなったワタシの状態にどこか共通する形状をこの人形は備えている。
自意識過剰だとか勘違いだとかいうのは百も承知だ。そのうえで、似通った部分が偶然だからこそ気味が悪い。
人外とは様々な種類がおり、親族以外と、それも種族が違えば形状が似ることはほとんどない。つまり、ワタシとこの人形、しかも人工物である人形と形状が似るのは常識的に不気味だと感じてしまうのだ。
考え込み、嫌悪感の正体を探ってしまえば一層背筋に寒気が走る。
ワタシはこの街を追い出される寸前で、それでも駄々をこねてしがみつくような存在と変わらない。トラウマからの長い逃亡生活の末、結局は生まれ育った街に帰って来てしまい、行く当てもなく彷徨い続けている現状だ。つまり街の底辺に属するワタシに、よりにもよってパフォーマンスについて誘いをかけるなど狂気の沙汰。
例えるならば、そう。この生き人形は、路地裏を這い回る黒光りする虫へ「一緒に芸を披露しよう」だのと言ってのけるようなものだ。なんならそちらのほうがマシかもしれない。
「つまりアナタがワタシをこうして小一時間追いかけ続けるのはおかしいのデス! さっさと諦めてどこかへ消えろ!」
「だ〜! もう! ロバリーさんって案外面倒くさいんだね、それと、段々口悪くなってきてるよ! それだけ打ち解けられたってことかなぁ! くはっ!」
生まれて初めてこんなくだらないことで泣きたくなった。
埒が開かない。
ワタシは、二度と他人とパフォーマンスなどするものか! もう、もう裏切られるのは懲り懲りだ。これ以上ワタシに何を失えと言う?
「……と……ス」
「え?」
「失せろと言っているのデスよ! 表の世界のひとがワタシに関わるな!」
叫んだと同時。呼吸の仕方を見失い、乱れた息で周囲を伺う。
相変わらずじめじめとして狭い、スラム街と表の街とを繋ぐ迷路のごとき路地裏。その中でも奥まった場所までくれば、あるのは廃墟と化して骨組みが剥き出しになった小屋と、ゴミの山程度のもの。
胸ポケットに潜ませていた貴重な煙幕の一つを取り出して、生き人形目掛け投げつける。
「うわぁっ⁈ くっは! 何これ煙玉⁈」
白い煙の中、笑い声を上げる生き人形の影を尻目に跳躍する。五メートルほどある壁を越えて小屋の屋根に登った。骨組みの屋根から飛び降りれば、反対方向の、ワタシがいつも身を隠しているスラム街の方向へと駆け抜けた。
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