立てない舞台5
1日3話更新、本日2話目です。
誤字脱字等ありましたら申し訳ありません。
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夕日も沈み、蓄音機の音も止み。暗幕のような闇と静寂が包む夜がやってきた。
崩れ落ちた観覧車。
腰掛けるのは寝床として使っている物。ずいぶんと前に落下して地に突き刺さり、塗装の剥がれたゴンドラ。その上に座り、足を揃えて地につけた。薄らと赤色の残ったゴンドラにワタシが、青色の残ったゴンドラにセヴィアが腰掛け、ふたりで並んでいた。
イノセントさんが外に用事があると遊園地外へ駆けて行ったのを見送ったのは、もう数分前のこと。しばらくお互いの息遣いだけを聞いていれば、ふと、セヴィアが地に届かずぶらりと浮いた足を組んで、その上に頬杖をつき。静寂を破った。
「ね、ロバリー。今日は楽しかった?」
やけに静かな声が、涼やかな空気を柔く揺らす。
月と星、それから遠くに見える街の明かり。それくらいしか光がない夜の遊園地でいくら人間よりは夜目がきくとはいえ、隣に見る、目を伏せたセヴィアの顔色までは伺えなかった。
「……」
「っ……」
再び訪れる沈黙は、先ほどまでのものとは違いどこか心地悪かった。セヴィアから喋る様子はなく、ワタシが話すまできっとこのまま静寂が続くのだろう。
何度か口を開閉させ、ぐるぐると核で思考する。
文句を言おうと口を開いて、閉じ。存外楽しかったと言おうと口を開いて、閉じ。
とくとくと脈打った核。あの感情が何なのか分からなくて、結局口をつぐんだ。一分、二分とゆるりと時間が流れていく。
セヴィアはきっと、悩むワタシを眺めているか、ぼんやりと暗闇に目を向けているだろう。
膝の上に重ねた両手をいじり、思案する。
最初は……きっと怖かった。克服できていない過去を思い出していつも通り足がすくみ、逃げ出したくなって。片方だけ使っている目も瞑っていたように思う。
けれど、手を引かれて、舞台に立って。段々と思考がクリアになり力が抜けて行ったのも事実。夕焼けに照らされながら口元が緩んでいたのも、事実。
そういえば、あれからずっと核の片隅で考えていたことがある。ワタシはまだ、舞台に立ちたいと考えているのかもしれないと。
おもむろに俯いていた顔を上げる。
すると、セヴィアの閉じられていた糸を彷彿とさせる目が開かれた。多くの時間、瞼に隠されている青い双眸と視線が交わる。
「嫌ではなかった……と、思いマス」
言いながらふらふらと視線を彷徨わせ、再び膝の上に置いた手を見つめる。
ようやく出た言葉はひどく曖昧で、少しでも風が吹けばかき消されてしまいそうなものだった。我ながら情けない。やはり、あのときからワタシは自分の気持ちを言葉にすることが上手くできないでいる。
「それなら良かった! もし二度と舞台に立ちたくないなんて思わせてたら……」
セヴィアからパチン、と頬を叩く硬い音と、アコーディオンから音程が定まらず揺れる音がした。頬を両手で挟み叩いたのは何かの決心なのか。
「オレさ! 誰も彼もを魅了して、色んなひとを笑わせてやるパフォーマーになりたいんだ!」
語られた夢の内容に思わず目を見開く。
落とされた声は夜に似つかわしくないほど明るく大きな声で、けれど夜闇の中で光り輝く一等星のようだった。
「だから最高のパフォーマーを目指してる。オレひとりで目指すのもいいけど、やっぱりロバリーとやりたくってさ! 今日だって息ぴったりだったし! ね、ロバリーの夢は何? 一緒に目指そうよ!」
腰掛けていたゴンドラを降りて、セヴィアはワタシの前に立つ。
ちょうど同じくらいの高さになった目線を合わせながら、心なしか核が重くなった。このときばかりは、セヴィアの全てを見透かすような青い瞳と視線を交わらせなくて良いことがありがたかった。
「……ワタシは協力すると言いマシタが、アナタがその夢を掲げるのなら、ワタシがアナタの隣に立つのはふさわしくないと思いマス」
「え? どうしたの、急に。協力してくれるならさ、ロバリーの夢も叶えたいじゃん?」
「夢、と言いマスが……。ワタシには夢などありマセンし。それに……」
夢は、舞台に立てなくなったあの日に捨てた。
芸を楽しいと思っていた感情も失って。人の食事では栄養を摂れないこの身体で、生きる糧として人間の感情が必要だったからそれを揺さぶるために芸をした。
誠実な芸などできないワタシが、舞台でスポットライトを浴び、眩しく輝けるセヴィアのようなひとの隣に立てば、その輝きを奪ってしまう。
また、誰かを不幸にしてしまう。
「それに、過去のワタシはアナタと同じものを掲げて失敗しマシタ。そんなひとと一緒にいたら、叶う夢も叶いマセンよ」
思ったよりも冷たい、突き放すような声が出る。
訪れた何度目かの静寂に、からりと明るい笑いが落ちた。
「待って待って、それじゃあロバリーもオレと同じ夢を追ってたってこと⁈ 失敗したってことはさ、叶ってないってことだろ? なら今から叶えればいいじゃん!」
決まり! とセヴィアは両手を打ち鳴らした。
「アナタが待ちなサイ。ワタシは舞台に立てない。舞台に立てなければ……そんな夢、叶えられないでショウ。それに、ワタシは人前に立つことすらできマセンし……」
「でも、さっきオレとステージでちゃんとパフォーマンスできてたじゃん? 初めて会ったときだって、人前でやってたしさ」
「生きるため、仕方なくデス。ワタシは、あれしか人間の感情を動かす術を知りマセンから。もし舞台で大勢を前に芸を披露できたとして、半端な芸しかできないワタシには——」
「あー、もう! だったらそこから克服していけばいいだろ! オレだって半端なロバリーに比べてもまだまだ未熟だしさぁ! オレは技術、ロバリーは心持ちでそれぞれ成長すればいい話! どう? 覚悟は決まった?」
闇を切り裂くように、光が差し込むように金属でできた手が差し伸べられる。
百年以上変われなかったワタシが、今さら変われるとでも……? 馬鹿馬鹿しい。また、くだらない夢を見て何かを失うのは嫌だ。
けれど。
「……もし、ワタシがアナタともう一度舞台に立ってみたいと言うのなら、ワタシは、過去を清算しなければならないのか」
ぽつりと呟けば、カチリと一つ、カスタネットの音が鳴った。
「やろうよ! オレもイノセントもいるしさ! まずは舞台に立つ練習から! オレもロバリーと並べるくらい芸の練習、いっぱいするからさ!」
瞼の裏に隠れているはずの強い意志を宿す青く透き通る双眸に、真っ直ぐ射抜かれた心地になる。それは人工の物であるはずなのに、生きている熱があった。目を逸らすこともできず、満月を背に佇むセヴィアを見る。満面の笑みを浮かべる自信に満ちた顔を見ていれば、セヴィアが語った夢が本当に実現できるような気がしてきた。
もう一度、願ってもいいのか。もしかしたら、今度は……。
おもむろに、縋るように、ふらりと片手を伸ばす。
差し出されたセヴィアの手に、人間の手を模したワタシの手を重ねる。カツリと、金属どうしがぶつかり合う音が夜に響いた。
お互いの肉体に体温はない。夜風に冷やされた金属の温度があるだけだ。けれど、合わせ、握られた手はどこか温もりを纏っているような気がした。
「くはっ! そうと決まれば、さっそく明日から特訓だね! は〜、楽しみだな! しっかり休んで明日に備えないと! それじゃあ、おやすみロバリー!」
「……はい、おやすみなサイ」
カチカチと足音を立ててセヴィアが青いゴンドラに戻っていく。
アコーディオンが音を抑えて、ゆったりとアレンジされた曲が響く。それは街でよくカーテンコールに使われる楽曲……かつてワタシの劇団員が書き、劇団で使用していた曲だった。
ざわりと動揺を覚えるが、セヴィアはワタシの過去など知らないはず。ゴンドラの中に身を収めて、細く息を吐き。騒ぐ核を見ないフリする。
落ち着いた曲調の間から、一言、小さなセヴィアの声が聞こえた気がした。
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