表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異形の再演  作者: 笹井凩
11/51

立てない舞台2-悪友だったひと(過去回想)

1日3話更新、本日2話目です。

誤字脱字等ありましたら申し訳ありません。



 夢を追い続けていた日々が完全に壊れたのは、まだ両目で世界を見ていた百二十年前のあの日だった。


「ロバリー、お疲れ様。今日の千秋楽、過去最高の舞台だったんじゃ? はぁ、終わってしまうのが惜しいな」


 公演が終わり、異形頭仲間……砂時計に茜の花が巻き付いた頭をした、ワタシよりも少しだけ背の高い男が片手をあげながら声をかけてきた。


「お疲れ様デス。みなさんの努力の成果だ。今回も、楽しかったデスね。この調子で次回に繋げまショウ」


 大道具も小道具もあらかた片付け終わった舞台上。つい数時間前まではひとであふれていたが、今ではすっかりがらりとしてしまっている。余韻からか輝いて見える二千人分の客席を見ながら、今回の公演でワタシの隣に立ち準主役を努めた友と語らう。


 ギャグとシリアスを混ぜこんだミュージカル。ワタシの劇団で初めて行ったミュージカルは、五日間に渡っての公演だった。


「それにしても、今回の公演は結構攻めていマシタよね」


「まあまあ、初日から昼公演も夜公演も変わらず満員御礼だったからいいだろう? ロバリーも愛称までついて。なあ、女王様?」


「……あれは不本意デス」


 公演内容から付けられた名に顔を顰めながらも、目が合って数秒の沈黙の末、ふたりして吹き出した。


 こうして全ての公演を終えた舞台上で空っぽになった客席を見やり、公演までの準備や本番での緊張を振り返る時間が好きだ。


 今となれば大きくなったこの劇団で、いつの間にか悪友のようになっていた隣の男と同じ舞台に立つのは数年ぶりのこと。存外話が弾み、今回の公演について話していた内容は、劇団ができる前の話にまで遡っていた。


「覚えているかな? まだ僕らが子供だった頃、街で路上パフォーマンスをしては『ここは私有地だぞ!』って怒られていたよな」


「はい、覚えていマスよ。逃げるとき、アナタがよく足を引っ張っていマシタから」


「おいおい、記憶が真逆になっているんじゃないか? まっ、いいけども。……たしか、まだ僕らがこのくらいの背丈のときだったよな」


 今のワタシたちよりもずっと低い、足のあたりで「このくらい」と手で示し、くつくつと笑う友につられて笑みが込み上げる。


 幼き日。ワタシが芸術という観点で下剋上を決意するも、スラム街でくすぶっていた頃。この男を誘ったことがこの劇団の、ワタシのパフォーマーとしての生の始まりだった、ように思う。


「ロバリーさん! お話し中にすみません、小道具について少し確認したいことがあって!」


 すっかり思い出話に花を咲かせ夢中になってしまっていたところ、舞台袖から顔を覗かせた団員が声をかけてきた。


「分かりマシタ! 今行きマスね」


 返事をし、友に向き直る。


「少し話しすぎマシタね。この話は、また飲みの席の共にでもしまショウ」


 飲みの誘いをして、別れる。それがワタシと彼との習慣になっていた。しかし、今日はなんだか友の纏う雰囲気が変だ。俯きがちで、黙りこくって。


「どうかしマシタか? いつも騒がしいアナタらしくもない」


 肩に手を置くと、その体がゆらりと動いた。

 かと思えば、突如としてみぞおちに重たい衝撃が走る。


「ゔっ……⁈」


 何が起きた?

 困惑にぐるりと思考が回る中。衝撃で体が揺れたまま、肩を押され床に背を打つ。舞台の床で強打した背を庇いながら起き上がれば、眼前で煌めいた、強い照明を反射させる銀色。


「え?」


 視界いっぱいに見慣れた砂時計が映った後。ガラスの中でさらりと砂が落ち、小さな声が聞こえた。


「そうやってお前は、僕のことも捨てる気か?」


 少し起こした背が再び床にぶつかり、片付けたはずの小道具を手にした友に乗り掛かられる。振り上げられたのは小道具のナイフ。スローモーションのようにゆったりと時間が流れた。それが迫り、紙の裂かれる音。ふと、右目に激痛が走る。


「っ……⁈」


「へえ、トランプ頭のくせに目は破れないのか」


 痛みはあるのに頭はひどく冷静で。欠けた視界で見えたのは、愉悦からか不規則な量で砂を落とし、くるくると上下に頭を回転させる友であるはずの、狂気を纏い豹変した男の姿だった。


「ロバリー。お前、妹にも親友だと思っていた僕にも裏切られて可哀想だなぁ。頭の傷、妹につけられたって言っていたもんな」


 左上部の切れ込みを撫でられ、ナイフが突き刺さっていないほう、左目でさらりと舞い落ちる砂を睨みつける。


「それで次は目か。あっはっは! やっぱりお前、惨めな姿のほうが似合ってるよ」


 砂から生まれる小さな声が、異形頭の声を外に届けるために作られた拡声機を通し、増した声量でノイズ混じりに鼓膜を揺らす。

 どこか遠くでその声を聞いていれば、心底楽しそうな笑い声が響いた。


「あはっ、はははっ! どうせ切れる縁ならこちらから切ってやるよ。なあロバリー、お前の大切な物を壊せば、僕は貴方の記憶に残り続けられるか?」


 ぐるりと偽の刃物が目を傷つけ、すっと抜かれる。からん、と軽快な音を立てて舞台に落ちたナイフには、銀色のさらりとした液体が付着していた。


「お前の過去も、今も、未来も! 僕は全部否定してやる」


「待ち、なサイ……。突然何を言い出すのデスか、ワタシは——」


「その命令口調がうざったいんだ! 僕がいなければっ、ここまでこられなかった癖に!」


 余裕なく怒鳴った友は止めようとする団員を押し除け、舞台後方にある照明器具を持ち上げて、振りかぶった。

 ガシャン! と派手な音を立てて器具が割れる。ガラスの破片が飛び散り、ぱらぱらと床の上を転がった。


「チッ」


 止めようと立ち上がる前に舌打ちが響き、もう一つ、二つと照明が木の床とぶつかり割られていく。


「だから、待てとっ……」


 立ち上がろうとすればズキリと目が痛んだ。

 ぼたり、ぼたりと涙のように銀色の体液が漏れ出して床を汚す。久しぶりに見た己の体液の気味悪さに背筋が凍った。


「なんで、やめ、やめてください!」


 舞台袖のほうから去年入ってきたばかりの団員の声がした直後。何度目かの照明が割れる音が響く。同時にぶわりと衝撃波のような熱風が押し寄せ、暖色の光が視界の端で揺らめいた。


「うわぁあ! 火事、火事だ!」


「誰か水を操れるひとはいないのか⁈」


 割れた照明から発火し、袖幕に引火したらしい火はすぐに大きくなり場内を眩しいほどの橙の光で埋め尽くす。

 歓声に満たされるべき劇場は、悲鳴と忙しない足音に包まれた。


 責任者はワタシ。友を止め、被害を最小限に抑えなければならないというのに。銀色の液があふれる目と、強打し感覚がない背。乗り掛かられた際に潰された足で身動きが取れない。


「ロバリーさん、大丈夫ですか⁈ すみません、戻るのが遅くなってしまって……⁈」


 駆けつけた人間の団員になんとか少し起こしていた上体を支えられた。流れる銀色の体液に息を呑む音がやけに大きく聞こえた。見苦しい姿を見せてしまったことにゆるりと顔を背ける。


「いえ、ありがとうございマス。あの男を、なんとかしなければ……っ」


 立ち上がろうとしても、やはり崩れる体。


「ロバリーさ——」


 手を伸ばした団員の真後ろ。いつの間にか、言葉の通り頭を縦に回転させながら現れた友は不快な声で笑い、壊した照明の尖った部品を振りかざした。


「危なっ、い……!」


 ワタシを支えようと伸ばされた団員の腕を引き、じくじくと痛みを取り戻し始めた背を下敷きに後方へ倒れる。


「うっ、ぐ……」


 人間の肺に当たる部位が圧迫され、声が漏れる。空を切った凶器を手に動きを止めた友を片目で睨みつけ、怒鳴った。


「何が、したい! どうして、裏切るような真似をっ……するのデスか! ビトレ!」


 大袈裟に友の肩が揺れた。

 振りかぶった凶器を投げられ、団員の頭を抱えながら思わず目を瞑る。顔の側で空気が揺れ、ドスっという何かに突き刺さる音が響き、振り返れば。最前列の客席、その背もたれに刺さった照明の部品を見やりほっと息を吐いた。


「そうさ、ロバリー。僕がビトレだよ、お前の悪友だった。久しぶりだ。いち、にぃ、さん……もう半年と十日ぶりだ。お前の口から、僕の名前を聞いたのは」


 拡声機を通さない小さな声。

 燃え盛る炎を背にした友の顔色……砂の動きは、炎の眩しい光量により逆光となって伺えない。ただ、なにか。ひび割れたガラスから、涙のように一筋、さらさらと煌めく砂がこぼれ落ちていた、ような気がした。


 黒煙のせいで息苦しい。熱が喉を焼き、金属が溶けるようで声が出せない。


 この惨状はワタシが最も信頼していた友により引き起こされたもので……?


「……」


「なあ、ロバリー。早く逃げないとお前は溶けかけて、核が壊れるのも時間の問題。その人間も死ぬ。生きろよ。生きて、ずっと憎み続けてくれよ。忘れられないよな? 夢も、約束も、友情も。何もかもめちゃくちゃにした男のことなんて」



ご閲覧ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ