第6話 ペールはそれを証明するために
大気が凍り付く音でも聞こえてきそうな静寂は、しかし、森の中を巨大な物体が移動する音によって遮られた。
氷結した湖面の方に目をやってみれば、湖を取り巻く周囲の森の中から、続々と雪の精霊たちがその姿を現し始めていた。雪の精霊は一種の走性により、マナの極光が降る夜は空が開けた場所に吸い寄せられるのだ。
ペールとカーステン二人の背後の森の中からも、騒々しい物音がやってくる。二人は自然な動作として一緒に数歩横にずれ、雪の精霊たちに進路を譲った。巨体を引きずりながら移動する彼らに巻き込まれてしまうと、雪と氷にまみれて大変なことになってしまう。
見上げるばかりの大きさの雪の精霊たちがすぐ目の前を通り過ぎていく──その巨体を前にすると、なにか自分がとっても小さくなったような、そんな錯覚があった。
二人は、なんとなく顔を見合わせる。
「なにさ」とカーステンは睨み返す。「人の顔をじろじろ見て」
「いやね……」
ペールは口答えをしようとしたが、なんだかうまく言葉が続かなかった。
なにやら切ないような気分が、ふとペールの胸の中でうずいた。
「──姉さんは覚えているかな。ずっと昔、『雪の精霊のお話』の真偽を確かめようとしたことがあったよね」
「……覚えていない。忘れた」
「そっか」
あいかわらず姉さんはわかりやすいな、と口には出さず、ペールは心の中で思った。
──そして、彼の中にあの日の記憶がよみがえってきた。
雪の精霊のお話を長老から聞かされたあの晩、ペールは姉弟子がすすり泣く声を聞いて目を覚ましたのだ。わけを聞いてみれば、どうもカーステンは昼間にうっかり雪の精霊の側でうかつな言葉を口にしてしまったらしく、それが原因であのお話のように呪いの冬がやってきてしまうのではないかと、ひどく怯えていたのだ。
そんなことはない、とペールは姉弟子を慰めてあげたかった。あれはあくまで迷信で、怖がることは何もないんだと信じさせたかった。だからペールはそれを証明するために、夜の中に飛び出したのだ──
そしてそれは今も同じだ、と青年のペールは思った。
ぼくが共和派の招聘に応じる決意したのは、自分のため、呪い師一門のため、そしてなにより──。
「姉さん」ペールは改めて姉弟子と相対した。
彼女は美しく、なにより気高かった。
「ぼくは、帝都に行くよ」
「……あんたを諭そうとするのも、そろそろ馬鹿らしくなってきた。もう、いい。好きにすれば。帝都だろうと、どこだろうと、勝手に行ってしまえ」
「うん、そうするよ」
どちらからというわけでもなく、二人は自然と、並んで帰路についた。
帰り道、積雪を踏み分けて歩きながら、ペールがふと口を開いた。
「姉さん。ひとつお願いをしてもいいかい?」
「なにさ」
「ぼくが帝都に行っている間、誰とも結婚しないでくれ」
「は?」カーステンは怪訝そうに眉を顰める。「あんたに言われるまでもなく、あたしみたいな女を嫁にしようとするやつなんていないだろ」
「そうかなあ……。でもまあ、姉さんが結婚しないというのなら、それでいいよ。うん、それでいい」
「……」
会話はそれっきり止まる。
カーステンは、弟弟子がなにを言わんとしているかを図りかねたが、しかし、こいつがわけわからないのはいつものことかと思い、とくに気にしなかった。