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第5話 非魔術師にできることといえば


 オルゴニア帝国西側の呪い師一門の長老たちは、すっかり不貞腐れていた。いくら権利を保障するといわれたところで、共和派は皇帝陛下を処刑した憎き仇敵でしかないのだ。特にこの極北大公領を縄張りとする一門の長老たちは、輪をかけての尊皇家揃いであった。

 魔術研究のためそれぞれの一門は優秀な魔術師を帝都に送られたし──と共和派からの通達が来ても、長老たちは忌々しげな表情で額を突き合わせ、なんとかこの不愉快な召集を黙殺できないかと相談する始末だった。


 冬の夜、空にはマナの極光がはためいている。

 凍り付いた湖のほとり。夜の世界は恐ろしいほど冷え切っていたが、その冷たく澄んだ空気は胸の中と頭の中にしみわたり、思考を明瞭にして、悪い気分を洗い流す。ペールは気分転換のためにしばしばこの場所に訪れていたが、最近ではその頻度も高まっていた。

 いまやペールは凛々しい青年になっていた。その目には狡知の光が宿り、口元は思慮深く結ばれている。彼は木の幹にもたれかかり、物憂げに湖を眺めて、思案を巡らせていた。

 ふと、女性の声が投げかけられる。

「──ペール。あんた、帝都に行くつもりなんだって? 共和派の連中の誘いにのって、のこのことさ」

 森の中から現れたのは、姉弟子カーステンの姿だった。彼女もすっかり成長し、かつて森の中でべそをかいていたときの面影はなく、鋭い顔つきをした男勝りで苛烈な女となっていた。

 姉弟子の姿を認めたペールは肩をすくめて見せる。

「まあね。向こうは優秀な魔術師を寄こせと言っているんだ。この一門から優秀な魔術師を選ぶとなれば、ぼくがそれに応じるしかないだろう」特段驕る風でもなく、ただ単に事実を述べるように、ペールは淡々と答えた。

 ちらり、と彼は姉弟子に悪戯っぽい視線を向ける。

「それとも、姉さんもいっしょに帝都へ行くかい? 魔術を戦争に使いたがっている共和派のやつらからしたら、『熊殺し』の魔術なんかは興味深そうだ」

「──」

 姉弟子が無言で放った魔法花火がペールの顔の近くで爆ぜた。その二つ名は客観的事実を反映したものであるが、カーステン本人はそれを厭っている。

 煙を吸い込んでしまってせき込むペールに向かって、姉弟子は眉を顰める。

「長老たちは嫌な顔をするでしょうね」

「……この際、長老たちがいうことは関係ないよ。いまや共和派はこの国の──少なくとも西半分の──支配者だ。軍を差し向けられてしまえば、こちらにはどうすることもできない。感情的な問題を抜きにすれば、今のうちから彼らにおとなしく従うのが一番合理的さ。皇帝に忠誠を誓えるのならば、共和派にだって同じことはできる。

 ……そもそもぼくからしたら、あの処刑された皇帝はそんなに尊敬できるような人間だったとも思わないけどね。。その点で言えば、独裁を試みたオルゴニア皇帝よりも、共和派の連中が喧伝する政治の理論のほうが、よっぽど筋が通っている」

「筋が通っている?」姉弟子は苛立たし気に声を上げた。「これまでの戒めを破棄して、魔術師を政と戦に関わらせることが?」

「そりゃそうさ。その方がよっぽど合理的だ」

 ペールは自分の手のひらを開いて見せる。

「だって、ぼくたち魔術師は非魔術師カタギにはできないことができるじゃないか」

 彼の声には確信が満ち、その顔は真剣そのものだった。

「その上、非魔術師(カタギ)にできることといえば、魔術師にもできることばかりだ。すなわち、ぼくたち魔術師というのは非魔術師(カタギ)の連中よりも、完全に──」

 姉弟子の花火魔術が顔面のすぐ近くで爆ぜてペールの言葉を遮った。

「馬鹿野郎!」姉弟子はペールを罵りながら、慌てて周囲を見た。他に誰もいないことを改めて確認すると、彼女はペールに詰め寄る。

「大それたことをいうな! ──いま、あんたは自分がなにを口走ったのか、わかってる?」

「……」ペールは身体を曲げて涙目でせき込みながら、姉弟子を睨んだ。

 カーステンもペールを睨み返す。

「魔術師優越主義者みたいなことをうっかり口走って、カタギの連中にでも聞かれてみろ! どういう風に思われることか!」

「……非魔術師(カタギ)の連中の機嫌を損なうから、黙っているべきだっていうんだね」

「ひけらかす必要のないことをひけらかそうとするんじゃない」

「そうやって非魔術師(カタギ)の連中に気を使って、へりくだって、目先の保身ばかりはうまくいったかもしれないけどね。その結果、ぼくたち魔術師はいつまでたっても侮られて、見下されているじゃないか。

 ──それも当然の話だ。いぼ取り、性病の治療、茸の毒抜き、失せもの探しの占い、獣除けの花火! けちなお呪いでお代をふんだくるだけの呪い師たちを、いったい誰が尊敬するっていうんだ?

 ……ぼくはもう、いやだ。誰にだって侮られたくないし、誰にだって見下されたくない」

「だから帝都まで行って、共和派の言いなりになろうっていうの?」

「……なにも、共和派の連中の言いなりっていうわけじゃない。ぼくにはぼくの考えがあるんだ」

「あんたの考えなんか、浅知恵でしょう」

「浅知恵だって? 姉さんや長老たちの迷信よりは、ずっと賢いつもりさ! ──いや、やめよう、姉さん」ペールは唐突に頭を振った。「これ以上は、いくら話しても平行線だよ。だからこれ以上話しても無駄だ」

 カーステンは憤然とする。

「こっちはまだ、あんたを罵り足りないんだけど」

「ぼくはもう、結構だ……」

 ペールは背中を木の幹に集めたまま、ずるずると座り込んだ。

 しばらくの沈黙があった。

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