第48話 逃避
ひとまず、道にあからさまな白い粉末が山を作っている状況は頂けない。おれは側溝に落ちた水筒を拾ってから問題のそれを道の外側へ蹴散らした。彼女も意図を理解したのか、排除しきれなかった分を手で払い始める。だがその光景自体が周囲から見れば異質だろうし、ここまでまだ人が近くに来なかったのは不幸中の幸いだろう。おれはもう一つ落ちていた、エナジードリンクの缶を拾ってまだ少し残っていた中身を適当に撒いて、その場の処理をそれでよしとした。
そこからそのまま自習室で勉強を始める、というようなことはなく、おれは彼女の手を引いて一旦そこから離れた。おれ自身が考えをまとめることができて、かつ彼女と対話し、人がいない、あるいはある程度喧噪で会話の内容を聞かれることのない場所が必要だ。その条件が整っているかは分からないが、おれ達は近くのコンビニの二階にあるイートインスペースに入った。そこには一組、5、6人の中学生くらいの男子のグループがコーラやポテトチップス、ファミチキなどをテーブルに広げて、それぞれのスマホを横画面に持って騒いでいるだけだった。空調はよく効いているし、10分もここで座っていれば汗も引くだろう。例によって彼女は熱中症寸前だ。
「なんか買ってくるからここで待ってて。お金はいいから」
おれは下に降りると、カップのカフェオレふたつに12個入りのシェアできる小さなシュークリーム、それからポカリ1本をかごに入れた。それらを集めている間には二階への階段もコンビニの出入り口も、何回もおれの視界からは外れていた。彼女が逃げ出していたとしても分からないだろう。無論おれはそれを試していたわけだが、内心穏やかとは到底言えなかった。もし戻って彼女がいなかったら、110番に通報する。そう考えながら、俺は手早く会計を済ませて二階へ戻った。
「はい、まずこれ飲んで」
「ありがとう」
彼女がポカリを受け取ると、買ってきたものをテーブルに置いてからおれも席についた。無意識的に深いため息をつき、両手で両目を覆ったまま肘をついて頭の重さを預けた。張りつめていた気がフッと抜けたようだった。ここからどうすれば良いのか。逃げ出していたら110番に通報するつもりだったが、それ以外の選択肢と言えば、おそらくはどれを取ってもおれは社会的な非を負うことになるだろう。覚せい剤の使用を知っていて通報せず、あまつさえその本人を庇おうとすらしている。
「一日に、どれくらいやってるんだ? あの粉末にどのくらいの濃さで含まれてるか知らないけど」
彼女はどもりながら答えた。
「最近は1袋。でも前はもっと使ってて、正直ちゃんと覚えてない」
「減らしてたのか?」
しばらくの沈黙。
「その、お金がもうなくなりそうで」
つまり彼女は、親からまとめて返して貰ったお年玉を、ゲームの課金やおれと行った遊園地での散財、そして覚せい剤を買うのにその大半を使ってしまったのだ。普通ならもはや救いようがないと断ずるところだ。だが、おれの彼女に対する危うい肩入れは頑強だった。
「じゃあ、そのままやめれば良い。そうだろ、もう減らしてきてるんだから」
おそらくはそのせいで最近の彼女の情緒があらぶっていたのだろう。
「そう──だけど、そのまま無かったことにするってこと?」
「うん。だってここまでバレてないだろ。俺だって漏らしたらしないし。もうここで全部捨てて二度とやらなければいい。金だって無いんだし」
彼女は何か言いたそうに俺の目を見た。おれの正義感を問うているのだろうか? それとも単におれの案を実行することに対する不安か。少しして、おれはその答を得た。
「橋下はそれでいいの? ここで私がもうしないって言っても分かんないじゃん」
それに対しおれは食い気味に返した。
「もう本音で話したって良いころだろ。前とは違って、おれが藤原の絶対的な味方だって知ってるだろ?」
「でも、もしそれでもバレたら橋下もなんかあるかも」
「そうなってもいいって言ってるんだよ。でも、そうはならないようにするんだ」
彼女は瞳に影を落として虚空を見つめる。おれは彼女の腕を取って少し袖をずらし、壊してしまわないように、その手首を返した。深い傷が2本と、浅いものが1本。彼女はそれに視線を向けてから恐る恐るおれの様子をうかがった。
「もうこんなことしなくて良いんだよ。もう充分傷ついてる」
おれは手でその傷を覆い隠して、確認するように彼女の目を見つめた。やがてその潤んだ目に光が差し込む。
「うん、もうしない。もう悪いことはしない」
おれが包装を破ってプチシューが差し出すと、彼女はひとつ瞬きをして瞳を覆っていた涙を頬へ流し、それを一粒取って口へ放り込んだ。




