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ともすれば君は  作者: 駿河 健
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第21話 3人分の注文

空調の効いた店内に入るなり、汗と暑さにふやけた皮膚が輪郭を取り戻すようだった。店内は外に比べるとだいぶ暗く、ずっと炎天下にいた俺の目は一瞬そこを暗闇と錯覚する。


次第に目が慣れ、それと共に店内の装いがよく見えてくる。昭和っぽいのか大正っぽいのか、とにかくレトロな感じだった。テーブルや椅子は光沢のある色の濃い木材で出来ていて、ヨーロッパ風?の装飾が施されている。


カウンターには、これまたレトロで趣深いコーヒーひきの機械の他、小さなくるみ割り人形や様々な酒瓶が飾られている。カウンターの向こうには店主らしき初老の紳士がいて、その後ろにレンガで出来た酒の棚がある。そのそれぞれがおしゃれな灯りの控えめな光をきらきらと反射している。どこか神秘的で、暖かみのある内装だった。


「こ、こんにちは」


「いらっしゃいませ」


俺は彼女を連れて店内に進み、開いている2人がけのテーブルを見つけた。俺は店主さんの方を見て、「どうぞ」と言われるのを待ってから椅子に座った。彼女は俺の向かいに座り、ほんの少し明るい表情で店内をきょろきょろと見まわす。ほどなくして、店主さんがおしぼりと水とメニューを持ってきてくれた。「ありがとうございます」とふたりで小さく言う。声がぴったり重なって、なんだか可笑しかった。


「水、飲めよ」


「先に注文してから」


彼女はそう言ってメニューを手に取った。木の板に白いインクで手書きだ。


「なぁ、俺にも見せてくれないか」


「ちょっと待って」


どうやらまず自分のを決めたいようだった。そしてしばらくしてから、ようやく俺にメニューを渡してくれた。ふたりで一緒に見たかったのだが。


「藤原は何にしたの」


「アイスコーヒーとタマゴサンド」


「藤原、コーヒー飲めるの」


「え、うん。橋下飲めないの?」


「いや飲める。俺もアイスコーヒーと......何にしようかな」


前に飲んだ時は、苦さだけが口の中にずっと残って不快でしかなかった。だが、たぶんこの店のコーヒーは美味しいだろう。俺は彼女の選んだタマゴサンドのすぐ近くのツナサンドに決めた。


「すみません」


俺が呼ぶと、店主さんがテーブルのそばまでやって来てくれる。


「アイスコーヒーふたつと、タマゴサンドとツナサンドください」


店主さんは「はい」と言おうとしたが、そこで彼女が口を開く。


「私はアイスコーヒーとタマゴサンドをひとつずつください」


俺と店主さんが声をそろえて「えっ」と言い、彼女も繰り返した。店主さんが混乱している。俺も混乱している。彼女はそれに気づいたのか、俺と店主さんを交互に見てから不思議そうに言った。


「い、以上ですよ?」


「僕が言ったやつだけお願いします」


俺が少し食い気味に言う。


「少々お待ちください」


店主さんはにこやかにカウンターの向こうへ戻る。彼女は目で俺に説明を求めた。


「俺が藤原の分も注文したんだよ」


「そうだったんだ」


まるで知らなかったと言う様子だ。ジョークの類に見えなくも無いが、彼女に限っては大真面目なのかもしれない。......が、どちらにしろ俺の脳はそれを完全に理解するのには足りていなかった。


「俺がコーヒーとサンドウィッチをふたつずつ頼むと思ったのか?」


「ふたつずつ頼んだのに気づかなかった」


「マジかよ」


マジかよ。そんな事ってあるだろうか? 今目の前で注文したのに。彼女は常に人の話など聞いていないと分かっているつもりだったが、虚を突かれた。


「私のをちゃんと注文してくれた?」


「アイスコーヒーとタマゴサンドだろ?」


「うん、おっけい。ありがと」


「どういたしまして。」


俺がそう言うと、彼女はにこっと笑った。もうそれを見られただけで、暑い中をさまよったのもどうでも良くなる。だが、その後すぐに笑いが込み上げてきた。テーブルに肘をついて、手のひらで顔を覆うようにして声を出さないように笑う。少しでも声を出してしまえば、店中に響き渡るような高笑いをしてしまいそうだったからだ。


巻き込んでしまった店主さんには申し訳ないが、なんて面白い会話をしたんだろう。まるでジョークそのものだ。もしかして、こういうのが元ネタなのだろうか? 目の前の彼女本人にこの面白さの伝わらないのがなんとも口惜しい。


だが次の瞬間、俺の顔からスッと笑みが消える。いつの間にか、目の前から彼女の姿が消えていたのだ。

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