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人機黎明 –The dawn of man-machine-

ニル:シャノンによって召喚された異世界の元英雄。魔王として人類絶滅を企てた。黒い神骸機、『セオリー』に騎乗する。

シャノン:ニルを召喚した機械の乙女。天才科学者ナット・ハートレーに作られた極めて高度な魔導人形。父を死に追いやり、自分と妹を排斥した人類への復讐、そして光塵病と言う奇病を消すことを目的としている。


ゼロ:偶然の出会いからネピットに選ばれた最新の英雄。無数の冒険と危機を乗り越え、各地の仲間達の協力によって魔王の居る月へと辿り着いた。朱い神骸機、『プリンシピア』に騎乗する。

ネピット:ゼロの相棒にしてシャノンの妹である機械の乙女。姉の計画を止めるべく、ゼロと一緒に月へと辿り着いた。シャノンと比べると非常に人間味の溢れる性格をしている。

 ――――長い戦争が有った。

 多くの民が死に、多くの兵が死に、多くの将が死に、多くの国が滅んだ。

 その戦争を支配し、利を貪っていたのは強大にして唯一無二の権勢を誇る大国だった。

 だが、盛える者もやがては滅ぶ。


 暴君の首を()ねたのは一人の〝英雄〟だった。

 単なる量産型歩兵巨装の騎乗者である一兵卒が為した戦果は余りに大きく、その名声が却って〝英雄〟の死を決定付ける事となる。


 ……最終的に、彼は無実の罪から『外界廃棄刑』に処された。

 星の外、世界の果て、そして遂に何もかもが流れ落ちて消え行く『天盤』の終端へと彼は至る。


 ()れは有から無へと変転する永劫の孤独。

 其れは多くの人を救った英雄には相応しくない末路。

 其れは死よりも残酷で悲惨な最期。


 ――――故に、()の者は〝願い〟を胸にし、〝召喚〟された。



「――――(うなず)きなさい、人間。……貴方と同じ、ヒトを滅ぼすと言う契約を結ぶと」

 召喚主は鋼鉄の(からだ)と星光の瞳を持つ歯車の乙女。

 異界の男は復讐心に燃える彼女が差し出した小さな手を取った。


「……俺が欲しいか、人を滅ぼす為に。……良いだろう、だがそれをやるのはお前一人じゃない。俺をお前にくれてやる。代わりにお前を俺にくれ。それで対等、俺達で人を滅ぼす。……良いな?」

 ()くして、復讐を誓う一人と一機が出逢った。


 ――――これは歴史を終わらせる物語。

 とある終末を記した一編の詩。


        §――――――――§


 ピ、ピピピ、と電子音が響き、仮眠を取っていた男の瞼が持ち上がる。


「……時間か」

 機械で埋め尽くされたコックピットの中に設置された操縦席がゆっくりと起き上がり、休止状態のコントロールパネルに青い光が(とも)った。

 それと同時に操縦室背部の扉が開き、黒と銀のドレスに身を包んだ鋼鉄の乙女が現れる。


「ご機嫌如何ですか? 我が奴隷器官(マイスレイブユニット)我が結縁者(マイマギメイト)我が繰り手(マイプレイヤー)魔王(オーバーロード)ニル」

 少女は美しくもその厳格さを窺わせる声で男に挨拶をした。


「シャノン、俺達が待ち望んでいた舞台の開幕だ。……いや、終わるのを待ち望んでいた残酷劇の閉幕と言うべきかな?」

「……ええ、そうですね。一人(あなた)一機(わたし)で幕引きと致しましょう」

 ニルとシャノンは精晶ディスプレイに映し出された眼下の『球界(スフィア)』を眺める。


 大気圏外から見る美しい青い星は幻想的であり、叙情的である。巨大な風景は其処に生きる人々の生活など感じさせない。

 そして、彼らは本当に人を消す用意をして来た。


「……夢を見ていた。俺とお前とが出逢った時の事だ」

 ニルは目を細め、過去を思い浮かべて懐かしんだ。


「私が貴方を召喚した時の事ですね」

 シャノンが壁面に手を(かざ)すと後部座席が床から迫り出し、彼女は二つ目の操縦席に座る。


「『此処は……、地獄か?』『……地獄の受付嬢は随分と可愛らしいんだな』」

 唐突にニルは劇の台本を読み上げる様に声を発した。

 それを聞き、シャノンは一瞬だけ目を閉じてメモリからデータを呼び出す。


「『……錯乱しているのですか? それとも発狂しているのですか? 此処は死後の世界でもなければ、貴方が元居た世界でもありません。貴方は私に召喚されたのです』」

 二人は画面越しに視線を交え、くすりと笑う。


「『召喚? 俺はあんたに呼び出されてこんな所で突っ立ってるのか?』」

「『そうです。私の目的に沿った存在として召喚されたのが貴方であり、貴方は私に従う他ありません』」

 ニルは肩を(すく)め、生きる事全てに疲れ切った演技で首を振ってみせた。


「『そうかい、女神様。……だが悪いが魔王討伐なら他を当たってくれ。俺はもう御免だ』」

 シャノンはぴしりと背筋を伸ばし、冷え切った表情で召還した相手を睨む。


「『違います、人間。私は女神ではありません。そして、貴方の役目は魔王討伐ではありません。何故なら……、魔王になるのは私なのですから』」

 堪え切れずにニルが吹き出した。心底愉快そうに笑う彼は気付けにブランデーボトルから直接酒を喉へ流し込む。


「ククク……。ああ、あれは傑作だった……。何年か振りに聞いたジョークとしては最高の物だったな」

「冗談のつもりはありません。貴方は大笑いをして、私はとても不愉快になりました。レディに恥を掻かせるなどジェントルマンに有るまじき行為です」

 シャノンがつんとそっぽを向くのがサブディスプレイに映り、ニルは笑いながらも頭を下げた。


「いやいや、済まなかった。異世界だと言うのに言葉も通じているし、これは夢か何かだと思ったんでな。そうしたら笑い過ぎで腹筋が痛くなり、夢ではないと気付いた」

 にやりと笑ったニルが合成ブランデーを呷る。


「言葉が通じていると言うよりはイメージの共有がされていると言うべきですね。私が貴方に伝わる言語を話している訳ではなく、私の観念を受け取った貴方の無意識境界相が〝聞いている〟と錯覚しているだけです」

 シャノンは話しながら軽く指を動かして無声で魔導演算を行い、ニルに解毒術式を掛けてアルコールを除去させた。

 ニルは身体の火照りが(にわ)かの内に霧散したのを感じて溜息を吐くとボトルを置き、代わりにプラスチック容器に入った蒸留水で喉を潤す。


「その説明は何度目だったかな? 三度目か? 四度目か?」

「五度目です。内一回は敵との交戦で中断、二回は途中で飽きて寝ました。なので出来る限り説明を簡略化した物が今の説明です」

「成程、そいつは全く有り難いな。五度目にしてやっと八割程度は理解出来た」


 ニルの言葉にシャノンはやれやれと首を振った。

「……六度目は有りませんよ(・・・・・・・・・・)

「ふっ……ああ、その通りだな。思い出話に花を咲かせるのは此処までにしておこう」

 二人の視線がディスプレイの一点に集中する。


「――――お待ちかねの〝英雄〟のご登場だ」

 太陽を思わせる炎の尾を棚引かせ、鮮やかな朱色の巨神が枯れ果てた衛星の大地に砂埃を巻き上げて降り立った。


        §――――――――§


《魔王ニル! てめえの悪行も今日これまでだ!》

 (あか)神骸機(オーバーロード)から通念波が届き、怒りに燃える少年の声がコックピットに響く。


《シャノン姉様! 光塵病ナノマシンの散布命令を今すぐに止めて下さい!》

 続いて少女がシャノンに向けて呼び掛けた。

 魔王と呼ばれたニルは皮肉気に笑みを浮かべ、シャノンは姉妹機の嘆願に小さく溜息を漏らす。


《待っていたぞ、英雄。いや、勇者ゼロと呼ぶべきかな? 神話の〝光照らす者〟、お誂え向きにその機体通りじゃないか》

《ネピット、何故貴女は人間の味方をするの? お父様が死んだのは人間のせいなのよ?》

 通念波が宇宙空間の薄い星霊気(エーテル)を伝播して角状魔導アンテナへとそれぞれの言葉を届けた。


《人間にだって良い人は居ます! 復讐で全ての人を滅ぼすなんて……間違ってる!》

《ふん、甘い考えね、砂糖菓子の如く。三年経っても何も変わっていない。

……でも、貴女はそれで良いのでしょうね》

 ふ、とシャノンが微笑んだのを感じ取ったネピットはその意味が理解出来ずに困惑する。


《姉様……?》

《……私は貴女じゃない。人間なんて滅びて当然よ。

――発射シークエンスは後少しで完了するわ。人類根絶を抑止すると言うのなら、実力で止めてみなさい》

 シャノンはそう言って待機状態だった機体に命令を走らせた。

 ブゥンと視覚センサーに赤い眼光が点り、鎧の形を成していた姿勢制御推進器(バーニアスラスター)が次々に展開して黒い双翼と化す。

 黒のベースカラーに銀の魔導紋様を刻み込んだ巨神は右手をゆるりと握り締め、対峙する巨神を挑発した。


《なら……止めるわ!》

《ああ、止めてやる!》

《《――――『プリンシピア』!!》》

 二人の呼び声に応え、朱い神骸機が背面ブースターから炎の翼を噴出する。


()くぞ、シャノン》

《はい。――――『セオリー』、舞いなさい》

 機械を支配する歯車の女王の命令に従い黒い神骸機の翼から蒼白い炎が噴出し、ふわりと浮き上がった。


 二機の神骸機は競り合う様にして飛翔し、人類滅亡を賭けた神話の戦いが幕を開ける。


        §――――――――§


「『命樹落実弾(アップル・シュート)』ッ!」

 ゼロの咆哮と共に、プリンシピアの薄緑色の剣から連続して光球が放たれた。

 果実にも見える圧搾魔力塊はゆっくりと飛び出し、ニルが操作するセオリーを落下する様に加速しながら追い掛ける。


「固有魔力波形感知による引力誘導です。数は十、攻撃すれば爆発します」

 シャノンの解析情報を伝えられ、ニルは軽く鼻で笑った。


「事前調査より数が増えてるな。此処に来るまでに成長したか」

「速度も想定以上、十秒以内に命中します。魔導演算命令(オーダー)を」

「ハッ、要らん。使うまでも無い!」

 ニルは頬の皮肉を持ち上げると、セオリーの高度を落として衛星表面上ギリギリを飛ばす。


「なっ、アイツ、地面を!」

 ゼロが驚きの声を上げた。

 その視線の先で、黒い神骸機は飛びながら走ると言う手法によって最大以上の速度を出し、追尾する光球を振り切る。


「全く……、念波反響定位による地形データをローディング。魔導同調(マギシンクロ)開始、走行ルートのナビゲーションを行います」

 ニルの判断に溜息を押し込め、シャノンはサポートを開始した。


「良い子だ!」

 人間の反応速度を超えた超音速の追尾弾は一発一発が『超ドレッドノート級ドラゴン』のブレスに匹敵する威力を秘めている。それが十発。自律機動神骸機(オートオーバーロード)相手でも過剰な火力であるが、事この戦いに()いてはただの様子見でしかない。


(はや)い……! でもそれなら、更に加速させるまで!!」

 敵の動きを観測して思念誘導弾を加速させるネピットの視線の先で、漆黒の翼から放たれる蒼白いエーテルプラズマの燃焼滓が(きらめ)く微粒子となって航跡雲を形成する。


「弾速上昇。弾道予測、四発接近」

 シャノンの報告を聞きながらニルは岩壁を蹴ると同時にバーニアスラスターの方向を変えてほぼ直角に曲がった。二発の林檎型魔力塊が壁に衝突して炸裂し、更に一発が爆発に巻き込まれる。


「残り七発。右から二発、後ろから一発来ます。更に後ろから二発追加」

「良いぞ、(たかぶ)って来た。軽く準備運動と……洒落込(しゃれこ)むかッ!」

 ニルは宣言すると同時に翼の角度を変え、急激な機首上昇(ピッチアップ)を行った。地面から離れたセオリーは失速し、すぐに追尾弾が迫る。

 だがニルは小刻みな急旋回(ブレイク)で撹乱し、背面から迫る攻撃を踊る様な横回転(ローリング)で回避した。


「二発追加です」

「仔細無し!」


 再び仰角を上げて上昇し、林檎の群れを二つに分ける。水平飛行でギリギリまで引き付け、百八十度の横回転と縦回転を連続的に行う下向きUターン(スプリットS)で高度を速度に変換する。そして片方の群れの横を擦り抜けて旋回して密集させ、更に螺旋軌道(バレルロール)で地平面へと落ちる垂直降下(ヴァーティカル)横転旋回回避(ローリングシザーズ)を行った。

 自殺にも等しい狂気的な空中軌道(マニューバ)の果てにセオリーは暗黒の空から乾いた荒地へと墜ちる様に舞い戻る。

 圧搾魔力塊の大部分はその動きに付いて行けずに荒野へ次々と衝突してクレーターを生成し、その爆発で生じた砂埃による煙幕でプリンシピアの視界からセオリーの姿は隠された。


「敵機探索中! ……居た! 最後のリンゴの、ってぇええ!?」

 魔導レーダーによってその位置を把握したネピットは相手の行動に驚愕する。

 セオリーは残った魔力塊を踏み付け、爆発を装甲結界で推進力へと変換してプリンシピアへと猛進した。


手緩(てぬる)いぞッ!》

 セオリーの両側腕から悪夢染みた色彩のブレードが伸び、プリンシピアへと斬り掛かった。


「っネピット、盾!」

「うん!」

 ゼロの指示を即座に把握したネピットが詠唱も無しに高位結界を複層構築させた盾を作り出す。

 様々な神の遺骸を取り込んだプリンシピアのエーテル出力は仮想質量を有する程の結界を生成し、セオリーの不意討ちを完全に阻止したかに思われた。しかし。


(シィ)ッ!」

 セオリーが腕を一振りした瞬間、『変性霊単子刃(モナド・エッジ)』が『ゴルディアス級結界』を割断する。

 如何に強固な結界とは言え、エーテルの大きさの最小単位であるモナドサイズの刃を防ぐ事は出来ない。其処にニルの技巧とシャノンの分析能力が組み合わされば、複数の構築基点を持つ自動再生結界だろうと一刀にて消滅させ得る。


「んな……!?」

「嘘……!?」

 幾多の戦闘で頼りにして来た無敵の防御がただの一撃で破られた事に若き勇者達は目を剥いた。

 だが、セオリーの二撃目が放たれる前にその戦意は取り戻される。これまでの戦いが、これまでの出会いが、小さな戦士を歴戦の勇士へと鍛え上げていた。


「――(ハッ)!」

「――だらァアッ!」

 セオリーの刃とプリンシピアの剣が交わり、バチバチとエーテルの火花を散らす。


《ほう……! やるな……!》

《へっ、当然……だッ!》

 創世の時より存在する精霊樹から造られた『命樹芽鱗剣(セフィロト・ソード)』は神器の名に恥じぬ存在強度で以って最鋭の刃と剣戟(けんげき)を連ねた。


(シュウ)ゥウ!」

「てェェあ!」

 ニルが一呼吸の内に六度の連撃を繰り出す。ゼロはそれを巧みな剣捌きで受け切ると、六撃目を弾いて水の流れる様なスムーズさで斬り返しを放った。


(フン)!」

 反撃を見越していたニルは後方へと退く。瞬時に翼をはためかせ、バーニアを噴かして敵の懐へと飛び込んだ。

 大剣を用いるプリンシピアは近過ぎれば斬る事が出来ず、格闘戦の距離ではセオリーが圧倒的に有利となる。


「っ、ぜァアッ!」

 その状況でゼロが選んだのは自らもブースターを駆動させる事でタックルを仕掛けると言う物だった。


「グッ! 良い判断だ……! だが、まだ甘い!」

 プリンシピアとぶつかったセオリーは敵の両肩をがっちりと掴んでいる。そしてセオリーは宙返りする様に後ろへ身体を倒すと、プリンシピアを投げると同時にその胴体へ膝を叩き込んだ。


「がッ……!」

「くぅっ……!」

 機体へのダメージが魔導同調を行っている二人に圧し掛かるが、相手は待ってくれる優しさなど持ち合わせていない。


(ソウ)!」

 セオリーは玉虫色に(にじ)む暗黒の刃を走らせ、プリンシピアの首を狙った。


「――『無限光(アイン・ソフ・オウル)』!」

「――承認!」

 咄嗟にゼロが解放させたセフィロトソードの機構により虹の輝きが剣より放射され、迫り来る死神の鎌は閃光に()かれる。

 その光はただの光線に留まらず、敵の神骸機へと到達した瞬間に爆発を生じさせた。爆轟が機体表面を震わせ、エーテル(じん)が爆煙となってキラキラと輝きながらセオリーの姿を覆い隠す。


「……はァァ!」

「ゼロ!?」

 敵影が目視出来ない状態でゼロはプリンシピアを突撃させた。水平方向に落下するが如き加速で、朱い神骸機は索敵不能区域へ突入する。


 今の攻撃で敵を仕留められたとはネピットも思っておらず、だからこそ無闇に仕掛けるのは危険と考えるのが道理である。

 しかしゼロは先制を許す方が余程不味いと言う事を生来の勘で察知し、リスクを承知で畳み掛けたのだ。

 果たして、プリンシピアの剣は塵煙を越えてガキリと硬質の何かに届く。


「ッ~~!!」

 ぶわりと剣風が彩雲を斬り払い、ゼロの視界に黒の神骸機が現れた。その威容に瑕疵(かし)は無く、プリンシピアが両手で叩き付けた剣はセオリーの片手に受け止められている。


《猪武者め、恐れを知らんと見える》

 ニルは呆れを滲ませた声で刃を噛み合せながら、手に持った箱状の何かをくるりと回転させてその先端を敵へと向けた。


「っ盾ェ!」

「分かった!」

 箱が変形して銃となる前にゼロは片手を柄から放して掌を前に出す。ネピットは即座に結界を生成させ、弾丸の発射に間に合わせた。


 セオリーの指が引き金を引いたのは盾が形成されるゼロコンマ五秒前、変形直後故のタイムラグがプリンシピアを救ったと言える。

 発射された呪術真言弾は実体部分を結界盾に阻まれ、威力を減衰された霊体部分のみがプリンシピアへと命中した。


「ぐっ……! だァらッ!!」

 常人ならば優に数度は失神する程の痛苦。だがゼロは激痛に耐えながら剣を構え直し、斬り返しを放つ。


「ちッ!」

 ニルは魔導拳銃のスライドでセフィロトソードを受け、右腕のモナドエッジで斬り返した。動きの起こりが見えない程の素早い一撃であったが、セオリーの刃は結界を斬り裂くもののプリンシピアの装甲は僅かに削るだけに留まる。


「おォおお!!」

()ッ!」

 朱と黒の神骸機は銃撃を交えながら再び剣戟を繰り返した。鉄火が散り、音の伝わらぬ宇宙空間で咆哮が木霊する。

 神の遺骸で出来た黒鉄の巨神による熾烈な武の競い合いは頂点を極めようとしていた。


        §――――――――§


「……たった一年でニルと此処まで渡り合うなんて!」

「……信じられない、風神の加護も剣神の加護も無いのにどうしてこんな強いの!?」

 互いの神骸機の繰り手に機械の乙女達は畏敬の念を覚える。


 ゼロが濃密な一年間で得た経験によって芽吹いた天稟の持ち主だとすれば、ニルもまた十年に亘る地獄の様な闘争で磨き抜かれた鬼才の持ち主だ。

 そしてこの決戦で、若き英雄の実力はかつての英雄に迫る。


《中々どうして楽しませてくれる! これは、どうだッ!》

 セオリーは両翼を畳み、その状態でバーニアスラスターを稼働させた。

 片側に傾けて発生させた推進力は独楽(こま)の如くその身体を回転させ、突き出した肘の先に伸びる刃がプリンシピアへと襲い掛かる。


《当たるかよ!》

 高速回転する刃の嵐を掻い潜り、プリンシピアはセオリーの胴体へと横薙ぎに剣撃を放った。

 しかしその一撃はセオリーがぐるりと上体を捻り斬撃範囲を動かした事で防がれ、逆に弾き飛ばされる事となる。


「ちィッ!」

「甘い!」

 プリンシピアは即座にブースターを噴かせて姿勢を制御した。しかしそこへセオリーの魔導拳銃による射撃が襲い掛かる。

 精確で無慈悲な弾丸はプリンシピアの両目、膝関節、足の甲へと喰らい付いた。


「がァッ!?」

「つうっ……!」

 両目への狙撃は腕で防御したが、足への攻撃は直接的なダメージよりも神経を痺れさせると言う事の影響の方が大きい。


 剣を振ると言う動作は決して上体のみで行う物ではない。むしろ下半身から上半身へとどう力を伝達させるかと言う事の方が重要であり、それは足場の無い宇宙空間の戦いでも無視し得ない事実である。

 セオリーの場合は足裏を含む各所にバーニアスラスターを配置する事で擬似的に地上環境に近い反作用を受けて、〝空中を踏み込む〟と言う動作となっている。


 それに対し、プリンシピアは機体が持つ『重力制御』を動きに組み込む事で上方や前方への推進力を得ていると言える。

 詰まる所、足の感覚を失うと言うのは神骸機の近接戦闘に於いても大変な不利を生じると言う事となる。


《脇がガラ空きだぞ?》

 セオリーはゆらりと幻惑的な動きでプリンシピアの側面へと回り込み、(かぎ)()きを叩き込んだ。


「がはッ!」

「ぅあっ!」

 ゼロはボディブローの痛みに顔を歪めながら敵の動きを追う。


 左。居ない。後ろ。攻撃予備動作を視認。横一閃を防御。剣を軸に重力場を形成。動きを妨害して右膝を叩き込む。腹部に命中。即座に復帰し斬り上げ。二度目の『無限光』。右腕のモナドエッジを再構成して『存在乖離障壁(コギト・プレート)』を形成して防御。爆発。

 双方が吹き飛ばされ、コギトプレートが割れ砕けた分も含めて先程よりも多量の爆煙がもうもうと立ち昇る。


「――――(エイ)ィッ」

 エーテル塵の煙幕を斬り裂いたのはセオリーの左腕に残ったモナドエッジである。『無限光』が連発出来ない事を見越しての追撃がプリンシピアへと襲い掛かった。


「おおぉおッ!」

 ゼロが雄叫びを上げ、アップルシュートを単発で放つ。圧搾魔力塊は呆気無くニルに一刀両断され、爆発する事無く術式構成を崩壊させた。


()ッ」

 セオリーの凶刃がプリンシピアへと迫る。

 稼げた時間はたった一瞬。だが、その一瞬が窮地を好機へと転じさせた。


《〝護って〟! 『プリンシピア』!》

 ネピットのオーダーを受けてプリンシピアのエーテルが励起し、神器の力を呼び起こす。 剣身に走る葉脈状の魔導回路が(あか)く染まり、(まばゆ)い緋色のオーラが剣に巻きついた。


「……ッ!!」

 ニルの首筋を悪寒が通り抜ける。

 正面から行けば〝確実に死ぬ〟と、魔王は直感的に理解した。


「っ『伽藍堂(ホールオブヴォイド)』限定展開!」

 シャノンはニルの思考を察知し、機械の頭脳は最適解を導き出す。


《――――『巡り(ラハット・)廻る(ハヘレヴ・)剱の焔(ハミトゥハペヘット)』!》

《――――『空なる無垢(タブラ・ラーサ)』!》


 交差と同時に閃光が周囲を包んだ。

 流星の衝突の様な輝きが収まる。セオリーとプリンシピアは互いの位置を交換して背を向けたまま立っていた。


「……」

 セフィロトソードには精霊樹の防衛機構の一部が引き継がれており、プリンシピアはその力を短時間ならば使用出来る。人間や機械が行使する魔導よりも、かつて生きていた神々の魔法に近い圧倒的なパワーは神骸機であろうと両断する一撃だった。


「……」

 『伽藍堂』は意図的に暴走させた空間転移装置であり、無限の虚空を秘めた神殿であり、底の抜けた容器である。

 セオリーの動力炉である『逆説(パラドキシカル)機関(エンジン)』を作動させる為には、内包するエーテル特異点から発生する無尽蔵のエーテルを外界へ廃棄する『伽藍堂』を停止させる必要が有る。ニルがシャノンに召還された理由は世界の果てを認識した事で『伽藍堂』に干渉出来る因子を得たからだ。


「……」

「……」


 コギトプレートによって『無限光』の衝撃波を至近で受けたプリンシピアの表面装甲は罅割(ひびわ)れ、幾条もの裂傷が生じている。だが、今の斬り合いによるダメージは無かった。

 対して、セオリーの機体表面は綺麗なままである。両腕の側腕剣と魔導拳銃が失われ、胸部には大きな傷が生じている事を除けば、であるが。


        §――――――――§


 ゴオン、ゴオンと鐘の鳴る音が響いた。

 宇宙空間で鐘が本当に鳴ったのではない。信号が届いただけだ。


 衛星軌道上に並べられた膨大な数のミサイルポッドを統括管理する『終末(ドゥームズ)時計(デイクロック)』から届いたそれは〝最後の刻〟を告げる鐘の音である。


《――――さて、お遊戯の時間は終わり。ミサイルの発射シークエンスは全て完了、後は実行命令を送信するだけ》

 シャノンの冷徹な宣告がセオリーの操縦室から発せられる。


《そう言う訳だ。良くぞ俺に勝ってみせた……、だが俺達を止めるには至らなかったな》

 ニルは昂揚感を滲ませた声で若き勇者達に賞賛を送った。

 その思いに偽りは無いが、薄く笑いを浮かべた表情は邪悪で冷酷な魔王のそれだ。


《待って! 待ちなさいシャノン!》

《……何かしらネピット。私は貴女にその様な口の利き方を許した覚えは無いけれど》

 魂を分けた妹の必死の呼び掛けにシャノンは冷たく答えた。

 ネピットはプレッシャーに押されつつも厳格でありながら優しかった姉の真意を探る。


《っ、私と別れる時に言った「光塵病を無くす方法を探す」と言うのは嘘だったの!?》

 光塵病とは人が突如エーテル化して消滅してしまう奇病の事である。シャノンとネピットを造ったナット・ハートレー博士の妻も光塵病で亡くなっており、その事が稀代の天才科学者を狂気の道へと誘い込んだ。


《いいえ。これがその方法よ。元を断つのが一番効率良いなんて分かり切っている事でしょう?》

《……私には、シャノンが何か嘘を吐いてるって分かってるよ。シャノンはお母様の死をいたんでた、それなのに光塵病で人を滅ぼすなんて絶対おかしいもの》

 ネピットの言葉にシャノンはぎゅっと表情を歪める。


《……論理的じゃないわ。機械なら機械らしく、感情を排して考えるべきよ》

《違う! 私達は〝人〟なの! 心が有る! だから、人なんだって教えられた!!》

 ネピットの瞳から一滴の輝きが落ちた。

 その言葉を聞いたシャノンは息を呑む。そして静かに肩を震わせた。


《……ああ、そう。そうなの。貴女は人なのね。

……だったら、貴女も滅ぼしてあげるわ。――――ええ、今此処でね!!》

 極寒の怒りが空間を伝播(でんぱ)し、プリンシピアの操縦室に叩き付けられる。

 セオリーの各部からエーテルの揺らめきが立ち昇り、異様な雰囲気を醸し出した。


「……おい、お前の姉ちゃんすっげえ怒ってるぞ」

「説得には失敗したけど戦闘続行よ! いえーい、挑発成功!!」

「張っ倒すぞこのポンコツ前向き女! しゃあねえ、全力だ!!」

「ポンコツ言うな熱血バトル馬鹿! オーダー承認、伝承封印解除入力開始! コードを!」

 ゼロとネピットは他愛無い遣り取りの中で集中を高める。


《『太陽』よ!》

《《『目覚めろ/なさい』!!》》

 二人の叫びに呼応し、プリンシピアもまた周囲の空間に漂うエーテルが励起(れいき)する程に出力を上げ始めた。


「ハ! ハ! ハ! 台本では俺が奴を煽る筈だったんだがな? 何が気に食わなかったんだ、お姫様?」

 にやにやと笑うニルをシャノンがきっと睨み付ける。


「……自分は人だと言えるあの子の強さが、です。人に排斥され、所詮人形と見下され、それでも自分の事を人と同じだと自信を持てるなんて……」

 シャノンの言葉をニルは鼻で笑い飛ばした。


「馬鹿を言え、お前は人間や妹を羨む必要なんて無いだろうが。シャノン、お前は機械のままで良いんだ」

「えっ……」

 シャノンは衝撃を受け、ニルの顔を見詰める。


「真逆、この俺のパートナーだって事を忘れたのか? 人と同じなんて卑下するな、お前は人間以上の最高傑作だろうが」

「……そうでしたね、私はナット・ハートレーの愛娘にして最高傑作。そして、貴方の……魔王ニルの隣に立つ唯一無二の存在」

「ああ、その通りだ。『魔王』の隣に居るのは『歯車の女王』じゃなくではな」

 シャノンの感情がフラットに戻ったのを見てニルは頬の皮肉を持ち上げた。


「それでは、セオリーの完全起動を行います。許可を」

「やれ」

「オーダー承認。エーテル臨界、神格(しんかく)遷移(せんい)開始」

 セオリーの機体内部から光が溢れ出る。時を同じくしてプリンシピアも膨大なエーテル放出と共にその存在を変質させていた。

 そして同時に二機の神骸機は最終段階へと至る。


「――起源回帰、『プリンシピア・オリジン』顕現」

「――終焉到達、『セオリー・オブ・リラティヴィティ』顕現」

 神格遷移が完了した際の衝撃波が周囲のスペースデブリを消し飛ばし、両機の中央でぶつかって弾けた。

 光輝を放つ太陽神と空間を歪ませる時空神が傷一つ無い万全の状態で対峙する。


《……行くぞ、魔王。一撃だ》

《……来い、勇者。望む所だ》

 ゼロとニルが右手を構えた。指を開き、空を掴む。


「「――『影は(Shadow to )影に(Shadow)』、『闇は(Dark to)闇に( Dark)』」」

 ゼロとネピットの声が重なった。


「「――『影なる者よ(Ungod to)塵に帰せ( Mortal)』!」」

 同様の意味を持つ異言語による重複詠唱が行われ、プリンシピアの掌に光球が生じる。凄まじい神気を帯びた機体が作り出す膨大な熱量が収束し、星を焼き尽くす程の火球が生成された。


《《――――『ファーレンハイト・スーパーノヴァ』!!》》

 放たれるは至光(しこう)の一撃。

 万物を昇華させ、光に変える力が射出される。


「「――『静なる(Still)静なる(Still)静なるかな(Still)』」」

 ニルとシャノンの声が重なった。


「「――『堕ち(The )よ太陽(Overlord)凍えて滅べ( End)』!」」

 一句毎に空間が捻じ切れ、拡張され、反転する。掌程の空間に惑星サイズの空間が閉じ込められ、時間とエントロピーを逆流させる輝く暗黒球が生成された。


《《『――――マクスウェルズデーモン・ゼロケルヴィン』!!》》

 放たれるは朽旭(きゅうきょく)の一撃。

 万象を凍結させ時間すらも停止させる力が射出される。


 衝突。爆裂。閃光。暗黒。激震。

 物質世界全体に衝撃が走り、球界に生きる物全てが空を見上げた。


        §――――――――§


「――――ッ」

 ゼロは額から流れる血で片方塞がった目を見開く。視線の先には悠然と立つセオリーの姿が有った。


《……どうした、勇者ゼロ。今のがお前の全力か?》

 ニルの視界に映るプリンシピアの左手と両足は凍り付き、容易くダメージが見て取れる。


「そんな……プリンシピア・オリジンが押し負けた……!?」

 ネピットは自らの神骸機が出力で上回られた事に驚愕を隠せなかった。


 神骸機とは神の遺骸を元に創り上げた巨大な魔導制御兵装だ。その星霊基底は元となった神によって決定され、最高神である太陽神の遺骸を原型にしたプリンシピアは最上位の神格を有する。

 その力をどの程度引き出せるかは操縦者に依存するが、起源回帰まで果たしたプリンシピアは生きた神と等しい出力を発揮していると言う事である。

 理論上、負ける事などほぼ有り得ない。有り得るとすればそれは――――


《ハッ、教えてやろう。このセオリー・オブ・リラティヴィティに原型など無い。シャノンが創ったこの神骸機に使われている神の遺骸は炉心の中のエーテル特異点だけだ》

 セオリーの動力源が何かを理解し、ネピットは息を呑んだ。


《……思い出した。確か、お父様が設計した『逆説機関』は本来無尽蔵にエーテルを生産する遺骸を封印する装置を転用した物だった筈。その遺骸の名称は……》


《『シィの断片』。――――即ち、地母神シィの遺骸よ》

 シャノンは不敵に笑う。

 創造神にして破壊神のシィの遺骸は実在しない、或いは世界と言う器その物に変じたとされている。だが、神代にはシィの残滓が存在した。それがエーテル特異点であり、神を創りし神の遺骸である。


《そんな……、そんな勝てる訳が――――》

 ネピットの演算回路が諦めを選択しようとした。

 だが、その相棒は不敵に笑う。


《……はっ、ははは!! 上等じゃねえか、なぁネピット。倒し甲斐が有るってもんだぜ。俺達の宿敵に相応しい大物だろ?》

 ゼロの言葉にネピットは絶句した。

 そしてくすりと笑うと気を取り直す。


《……ええ、そうよね。今までだって絶望的な敵は幾らでも居たもの。今回だって……》

《倒せるに決まってるだろ。俺が居る。お前が居る。そしてプリンシピアが居る。だったら――》

《《――勝てる!!》》

 瞬間、プリンシピアの四肢から炎が噴出して氷の拘束を溶かした。機体の損傷を炎が癒し、セフィロトソードのオートリカバーがゼロに作用して止血する。


 戦意を取り戻した対手を見て、ニルは眩しそうに目を細めて苦笑した。

「……やれやれ、若い奴は諦めを知らんな」

 三十代にもなっていない元英雄を、起動して十年足らずの機械人形は呆れ顔で眺める。


「貴方も別に老いてはいませんが」

「あの勇者と比べれば若くない。……あれ程に真っ直ぐな時期など俺には無かったがな」

 ニルは肩を竦め、一度大きく息を吐いた。


「それでは、最後の演目へと参りましょう。……後悔は御座いませんか?」

「無論だ。お前が付いて来てくれると言うのなら、俺は何処へでも行こう。地獄だろうと、永劫の先だろうと」

 ふ、とどちらとも無く笑みを浮かべる。


《――――さて、勇者よ。先の一撃で死ななかったのには感心したが、俺もそろそろ()いた。よって、これにて仕舞いとしよう》

 セオリーが掌を両手逆様に付けた。

 おびただしい数の魔法陣が空間に転写され、セオリーの両腕がバチバチと唸りを上げる。

 視覚情報だけで重圧に魂が屈する程の威容にゼロは冷や汗を流しながら覚悟を決めた。


《てめえが飽きたかどうかなんて知るかよ。だがそっちがその気なら俺にも考えが有るぜ。……ネピット》

《……うん、全遺骸を最重要封印解除に使用。神器接続魔導回路破却。神器制限焼却。神器を最終封印破棄代償に指定。全演算能力を制御に注力……》

 ネピットは肉体の操作すら放棄し、機体の制御へと集中する。


 プリンシピアの緋色に黒が混じり出した。怖気の走る様な気配を伴い、ガリガリと音を立てて神骸機が内側から汚染されて行く。

 それは太陽神の姿などではない。朱色と黄金の輝きに縁取られた姿ではない。それは暗黒よりも更に深淵の――――


「矢張り、『二重神(デュアルゴッド)』だったか」

 ニルが呟いた。

「光と熱を操るのは太陽神の力、でも重力を操るのは太陽神の力ではありません」

 シャノンは冷静に観察をしながら術式を構築し続ける。


「この世界の神話では太陽神と月神は双子だ。だが月神は暗黒に魅入られ……」

「数多の神を喰らい殺して――――混沌神へと至りました」

 ニルの目の前でプリンシピアの全身が漆黒に染まった。


「ぐ……おぉォoOoオオオ!!」

 精神を(むしば)まれながらもゼロは必死に自我を保とうとする。

 しかし、それも持って一分と言う程の儚い抵抗でしかない。


「……駄目か。あれは暴走するな」

「いえ、待って下さい。あの光は……」

 神々の残留思念の渦に飲み込まれていたプリンシピアに光の粒子がふわりと舞い降りた。


「こレ、は……?」

 ゼロが見上げる。機体のモニターに移ったのは青い球界から光が向かって来る様子であり、一つ一つは微小ながら寄り集まって大きな光となってプリンシピアへ吸い込まれた。


        §――――――――§


 誰しもが天上を二分する戦いを目にしている。

 そして人々は太陽の如き煌きが人類の希望だと知っている。

 ゼロが居る。勇者が居る。光照らす者が居る。プリンシピアが居る。現世に蘇った太陽神が居る。


 ならば――――信仰が集まるのは当然の帰結だ。

 それはエーテルではない。神と言う存在がただ存在する為に必要なエネルギーである。その信仰力(エネルギー)が注がれるのは太陽神としてのプリンシピアであり、存在の天秤は混沌神から太陽神へと傾けられた。


「皆……!!」

 プリンシピアの機体表面が太陽の輝きを取り戻す。混沌の暗黒は押し出される様にしてアームガードやマントへと変じた。


「ゼロ! 良かった、制御出来たのね!」

「ああ、皆のお陰だ! これで……!?」

 完全に正気を取り戻したゼロはセオリーの姿が見当たらない事に気付く。即座にレーダーを見れば、プリンシピアの直下に膨大なエネルギー反応が有った。


《――制御おめでとう。そしてこれで終わりだ。……避ければ球界に当たるぞ?》

《――『滅び(Let There )あれ(Be Ruin)』》

 セオリーが両手をプリンシピアへ向けて構える。


「――――」

 その光景を見た瞬間、ゼロに死相が浮かんだ。

 プリンシピアが混沌神の制御にのた打ち回っている間、セオリーは攻撃の準備をしていた。

 それ程に時間が掛かる攻撃とは一体何か? 両腕を巨大な粒子加速器と化して生成していたのは一体何か? 惑星を一撃で滅ぼすに(あた)う兵器とは何か?


「――っネピットォ!!」

《――『飢えよ(Be Hungry)』『潰れよ(Collapse)』『虚よ(Bring )満ちよ(the Void)』》

 ゼロの叫びをオーダーとしてネピットは詠唱した。圧縮術式が解凍され、プリンシピアの魔導回路が作動する。


 間に合ったのは奇跡と言う他無いだろう。もしもネピットが以前から略式詠唱の準備をしていなかったのならば、もしも封印解除の影響で禁断魔法が使用可能になっていなければ、……或いは運命は変わっていたのだから。


《《――――『ディラックシー・ワールドエンド』》》

 物質と対消滅を起こして質量をエネルギーへと変換する反物質砲が放たれた。

 セオリーの制御下に有る反粒子はエーテルで構築された魔導体にすら干渉する。機体と同じ直径程に膨れ上がったビームが空間ごと射線上の全てを削り取る。


《《――――『シュヴァルツシルト・イベントホライゾン』!!》》

 全てを飲み込む超重力の虚空が生まれた。

 プリンシピアの別側面である混沌神が司る重力制御の極致、ブラックホールの創造。仮想質量の力場が寿命を迎えるまでの僅かな時間だけ存在する虚無の暗黒は光すら逃れる事が出来ない。


 至光と朽旭の衝突が児戯であったのかと思わせる程の破壊の嵐が吹き荒れた。空に亀裂が走り、大地は鳴動し、海が荒ぶる。世界が壊れると多くの人が震えた。


 だがそれは、一分にも満たない僅かな時間で終わりを迎える。

 純エネルギーの光柱も、超高密度の重力渦も消滅し、ボロボロになった二つの何かがゆっくりと衛星の表面に落下した。


        §――――――――§


《ぐ、ぅ、うう……》

 右腕の肘から先と左足首から先を失ったプリンシピアがミシミシと軋みを上げながら立ち上がる。


《ごほっ、が、はっ》

 落下と同時に腰から上と下とが分離してしまったセオリーは上半身を引き摺る様にして仰向けに転がった。


《……私達の、勝ち、ですね。シャノン姉様》

《……そうね。私達の負けよ、ネピット》

 人間の二人よりも頑丈な機械の乙女達は通念波で会話する。


《お願いします。光塵病ナノマシンの散布ミサイルを……》

《しないわよ。光塵病をばら撒くなんてする訳無いでしょう》

 シャノンの即答にネピットは息を呑んだ。


《じゃ……、じゃあ何でこんな事を……》

《こうする為よ。……散布ミサイルを発射》

 シャノンが躊躇(ためら)い無く『終末時計』へ実行命令を送信する。

 次々とミサイルポッドの蓋が開き、球界へ射出されて行った。


《……え? 待って、いや待って!?》

 散布しないと言った直後の出来事にネピットは混乱する。


《安心なさい。あのナノマシンは空間中の過剰な濃度のエーテルを吸収して結晶化させる代物、エーテルリミッターよ》

 シャノンの説明を聞き、ネピットの疑念は膨れ上がった。


《……どう言う事ですか、シャノン姉様。あなたは、あなた達は人類を滅ぼす為に行動していたんじゃないのですか》

《第一目標はそうね。でも私の第二目標は光塵病の根絶。……貴方も知っているんでしょう? 光塵病、人がエーテル化してしまう現象は高濃度のエーテルが原因だって》

《それは……》

 ネピットは見ない振りをしていた事実を突き付けられて言いよどむ。以前にハートレイ博士の研究所跡を調べた際、彼女はその情報を知り、胸の中に隠し続けていた。


《原因が分かってもどうしようも無い。人の文明は魔導に依存しているし、各地の霊脈根源に有る神の遺骸や神器が存在する限りエーテルは無限に生成され続ける》

 シャノンに考えを言い当てられたネピットはその続きに気付き、自分達の行動を振り返る。


《だから、私達に集めさせ、混沌神の側面を目覚めさせる代償に消費させた……!?》

 半壊したセオリーの中で、呼吸を整えたニルが操縦席の背もたれにどっかりと体重を預けた。


《っく……、此方の予想では、反物質砲を防ぐのに、使うと思っていたが、な》

 足を引き摺って立つプリンシピアを岩壁に寄り掛からせると、ゼロは剣身が砕け散ったセフィロトソードを投げ捨てる。


《ふっ、う……。おい魔王、じゃあ何で……もっと平和に解決しようとしなかったんだよ……! 世界を救う為に、てめえは一体何人殺した!》

 ゼロの叫びをニルは鼻で笑った。


《誰が世界を救う為だなどと言った? そも、俺の目的はシャノンとは違う。光塵病の根絶ではなく、復讐こそが俺の目的だ》

 ニルとシャノンは人類を滅ぼすと言う目的で合致したが、二つ目の目的は別々の所に有る。ニルにとっては光塵病の根絶など物のついででしかなかった。


 セオリーの操縦室を照らしていた非常灯の薄い明かりが緊急事態を知らせる赤い警告灯に塗り潰される。モニターには即座に退避する事を要請するメッセージウィンドウが表示され、アラートが鳴り響いた。


《復讐? 貴方は、姉様に異世界から召還されたのでしょう? 一体誰に復讐すると?》

 シャノンがセオリーのシステムコントロールを行い、警告灯もメッセージウィンドウもアラートも消し去る。


《ハッ、教えてやる義理など無いな。……そろそろ行け、若き英雄達よ。『伽藍堂』が暴走し始めた、近くに居ると巻き込まれて暗黒空間に呑み込まれるぞ》

 ニルは機関部の異音を聞きながら落ち着いた様子で忠告した。


《ちょ、脱出艇はどうしたんだよ!?》

《そんな物は無い》

 先程まで殺し合ってた相手の心配をしている場合か、とニルは内心で呆れる。

 消費エーテル量が減少した事で生まれた余剰分が壊れ掛けた術式に流れ込んだのだろう。数分としない内に周囲一帯が虚空に飲み込まれる筈である。


《姉様! 姉様なら宇宙空間に出ても大丈夫でしょう!? 脱出して下さい!》

 シャノンは静かに首を横へ振った。

《この人を残して逃げる筈が無いでしょう。良いから貴方達は球界へ帰りなさい。勇者の凱旋を皆が待っているのだから》


《でも!》

 食い下がろうとする妹に姉は薄っすらと涙を浮かべながら叫ぶ。

《――最期なんだから言う事を聞きなさい! ……ネピット、私の可愛い妹。私を止めに此処まで来てくれて本当に有難う。……そして、さようなら》


《――っ、さようなら、シャノン姉様……!》

 涙を呑んでネピットも別れを告げた。


《クソッ、わからねえ。何で手前は人を滅ぼそうとなんてしてたんだ。何でこんな……》

《こんな迂遠な方法を選んだのかと? 俺もシャノンも、途中で人を滅ぼすのが馬鹿らしくなったからさ。だから……二つ目の目的を優先させた。……俺の目的はな、お前が俺みたいにならない事だ》


《はぁ? 何だよそれ、どう言う意味だよ》

《ハッ、教えてやらん。死ぬまで理解しなくて良いぞ》

 無実の罪から排斥された元英雄はくつくつと笑う。


《……あー! もう! 勝った気がしねえ!! 良いか、あの世で待ってろ! もっと強くなって、また、戦ってやるからな!!》

《ハハハッ、受けて立とう。精々ゆっくりと来い、さらばだ英雄》

《ああ! ……じゃあな魔王》

 ゼロはそう言うとプリンシピアのブースターを起動させ、空へと昇って行った。そして、美しい青い惑星へと向かって真っ直ぐに飛び去った。


「……」

 その光景を見ながらニルは割れずに残っていたブランデーボトルの蓋を開けた。

「……隣に失礼しても良いですか?」

 機関部の雑音に掻き消されそうな遠慮した声でシャノンがニルに伺う。


「勿論だ。いや……、此方の方が良いか」

「わっ……!」

 少女を抱き上げ、男は自分の膝の上にその小さな体を乗せた。


「戦いには負けたが、大局的には完全勝利だったな」

「……はい、全て貴方のお陰です。お疲れ様でした、オーバーロード・ニル」

 魔王は苦笑し、歯車の女王は首を傾げる。


「俺とお前で手に入れた勝利だ。そうだろ、相棒?」

「……そうですね。私達はパートナーなのですから」

 シャノンはゆったりと脱力し、ニルにもたれ掛かった。


「最後位、もっと砕けた喋り方をして良いんだぞ?」

「隔意が無い事は御存知でしょう?」

「俺が聞きたいのさ。ただのニルとその綺麗な声で呼んで欲しい」

「……仕方有りませんね」

 シャノンは身体の向きを変え、ニルと向かい合った。


「……フッ、矢張り美しいな。地上の宝石のどれと比べても君の瞳以上の物は無いだろう」

「歯が浮きそうな台詞ね。何処で練習して来たの?」

「酒瓶のラベルに書いて有った」

 ニルがブランデーボトルを掲げ、シャノンは吹き出す。


「ふっ、ふふふ……。ちょっとそれは卑怯じゃありませんか?」

「甘い言葉の教本なんて持って無かったからな。許してくれ」

 くすくすと笑いながらシャノンはニルの首に抱き付いた。


「仕方の無い人……。愛してる、ニル。――愛してます」

「俺もだ、シャノン。今まで有難う。――愛している」

 機体が大きく揺れ出す。『伽藍堂』の無茶苦茶な空間転移が漏れ出し、操縦室も端から消滅し始めた。


 二人の顔の距離が零になる。そして、セオリーは光に呑まれた。


        §――――――――§


 ――――斯くして、人の歴史は終わりを告げ、人と機械の歴史が始まる。

 夜明けを(もたら)した勇者と乙女の物語はこの後も続く。されど、魔王と歯車の女王の物語はこれで終わりとなる。

 彼らがどうなったかは――――神すら知らない。


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