8ー3 夢の話
8ー3 夢の話
何度目かのわたしの勝利の後で、わたしが盤上に並んだ石を片付けていると不意にご主人様が口を開いた。
「不安なんだ」
「はい?」
わたしは、窓辺にある小さな書き物机にリバーシを片付けながら素っ気なく訊ねた。
「何が不安なんです?」
ご主人様は、深いため息をついた。
「こんな夢のようなことが現実に起こるのだということが信じられない」
「そこは、信じてください」
わたしは、再びご主人様のベッドの脇にある椅子へと腰かけた。
「大丈夫ですよ。何日かしたらあなたは、また自分の名前を自分でペンを持って書き記すことができるようになりますよ」
「本当に?」
ご主人様がなおもきいてくるのでわたしは、あくびを噛み殺しながら答えてやった。
「本当ですよ」
わたしがそういうとご主人様が微笑んだ。
「そうか」
わたしは、なぜかそのご主人様の笑顔に胸が高鳴った。
なんで?
わたしは、そっとご主人様から視線をそらした。
ご主人様は、静かな声で語りはじめた。
「私には、夢がある」
はい?
わたしは、じっとベッドに体を起こしているご主人様のことを見つめた。
昔、誰かが男が女に夢を語るのは、その女を口説こうとしているときだと言ったのを思い出していた。
だが、そんなことはありえない。
ご主人様がわたしを口説くなんてな。
ないない!
わたしは、それでも一応、ご主人様に訊ねた。
「どんな夢です?」
「私には、まだできないこと、だ」
ご主人様は、じっとわたしを見つめて答えた。
「だが、それは、素晴らしいことだ」
結局、ご主人様は、夜が明けるまでわたしと話続けた。
子供の頃のこと。
勇者時代の思い出。
ライザの母親である人の話もしてくれた。
彼女は、ご主人様の幼馴染みだったらしい。
それに、魔族に捕らえられてからの悪夢も。
夢破れてこの地に帰ってきてからの物語も。
エトセトラ、エトセトラ。
今夜の彼は、饒舌で、時々、愉快でわたしは、話していて楽しくないこともなかった。
だけど。
ご主人様は、未来の夢のことだけは、わたしに語ることはなかった。




