LV98「撃破」
「いくぜリンジー!」
「わ、わかったわ!」
蔵人はリンジーを横抱きにしながら黒い波濤のようにミリアムに迫るシリケンドラゴンの群れに突っ込んでいった。
「策は、策はあるのっ?」
蔵人はリンジーの問いに無言で応じた。
「なくもない」
「なによその返事は!」
「うるっせえな! 黙って俺についてこいっ!」
「ああ、もお、コイツやだあっ」
シリケンドラゴンが前足を泥濘から天に突き上げて襲いかかってくる。蔵人は左手に持ち替えた長剣をシリケンドラゴンの顔面に鋭く叩きつけながら一気に頭部へと駆け上がった。
「義経の八艘飛びの時間だ」
蔵人は足場の悪いシリケンドラゴンの頭部から前方の個体へと跳躍した。小柄な女性とはいえ、リンジーを抱きながら実に身軽に竜たちの群れをこともなげにピョンピョンと飛び移ってゆく姿は技だけではなく、蔵人に途方もない胆力が備わっていることを示していた。
「リンジー、あっついやつじゃなくて冷たいやつだっ」
「いきなり、言わないでよっ」
リンジーは片手で帽子を押さえたまま、大きく口を開けると蔵人の意図を即座に悟って冷気の魔法を放出した。
ゴーゴーと凄まじい勢いでリンジーの口から冷気の暴風が放たれる。周囲のうだるような熱気を即座に凍りつかせる魔法は水系統に属するアイスブリザードだ。
リンジーが眉間にシワを寄せて唇をすぼめながら魔法の威力と方向を調整する。冷気の嵐は巨大なエアコンのようにミリアムたちに群がっていたシリケンドラゴンたちを凍らせて、沼地に真っすぐな氷橋を作り上げた。
「ナーイス。あとはまかせとけっての!」
足場はできた。
蔵人は長剣を両手持ちにしてスラッガーのような思いきりのよさで、狙いを定めず無茶苦茶にぶん回しはじめた。
なにしろ、敵の図体はデカく次から次へと襲ってくるのでブン回せば当たるのだ。剣技というよりも蔵人の動きは野獣の感性に従った攻撃方法である。
懸河の勢いで長剣を振り下ろす。断ち割られた肉からパッと血煙が立ってシリケンドラゴンの身体が明滅する。続けて真っ赤な宝石がバラバラと沼に落ちていった。彼らは夏の魔女が造り出した魔石モンスターである。無限のようでいて、その実、数に限りがあった。
「アイスシュレッダー!」
無論、リンジーの魔法もここぞとばかりに活躍した。彼女は細かい調整や技術は不得手であるようだったが、的を絞らずぶっ放すことにかけては得意であったことも功を奏した。
杖から放たれた冷気の刃が真っ黒なシリケンドラゴンの巨体を細切れに切り刻んで、どちゃどちゃと雨のように降らせ、赤い魔石に変えた。
「うりゃうりゃうりゃうりゃーっ。どっせい!」
蔵人が長剣を水平に振るってシリケンドラゴンの巨体を横薙ぎに斬ると、すでに魔力が尽きて疲労困憊の体で座り込んでいるミリアムたちのいる島にようやくたどり着いた。
「だいじょうぶ、ミリアム?」
「お、おねえちゃ……」
「感動の再会はちょっと待ってちょ」
もっとも大きな固体が沼地から立ち上がると倒れ込むように襲いかかってくる。シリケンドラゴンのボスだろう。蔵人は長剣を頭上に突き上げると、足元を蹴って高々と飛翔した。
蔵人の両腕の筋肉が肥大し余裕があるはずの衣服の布地がミリミリと音を立てる。
自由落下に移る瞬間、垂直に立てた長剣がボスドラゴンの額に吸い込まれてゆく。
肉と骨を断ち割る音が響いた。
黒外套が風に煽られて翻り蔵人がシリケンドラゴンの亡骸に着地すると同時に沼地の主の身体が巨大な手で押し広げられたように左右に分かれた。
「ザッとこんなもんだ」
ひとかかえもある大きな赤い魔石が濁った音を立てて沼に落下したとき勝敗は決した。
残った竜が潮が引くようにサッと消えたとき、リンジーは呆然としたミリアムを抱きしめながら満足そうにサムズアップを蔵人に送った。




