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LV97「シリケンドラゴン」

「シリケンドラゴンです。あるじさま、お気をつけてください」


 ジェシーの瞳孔が青白い光を放って敵を精査して個体情報を告げた。シリケンドラゴンと呼ばれた生物はとにかく醜悪の一語に尽きた。


 ウーパールーパーを泥で煮締めたようなモンスターはかつて島の沼地に生息していた極めて下等な竜種である。


 夏の魔女の魔力で作られたこのモンスターはひょろひょろとした長い脚でヘドロを搔きながら、蔵人たちとの距離を徐々に詰めてくる。異臭が極端に強くなり蔵人は鼻の頭にシワを寄せた。


「なーるほど。あのケツの尻尾が武器ってわけか」

「やつらは、私が切り刻みます」


 ジェシーが棒を取り出すと即座に不可視の光の鎌を出現させる。

 この位置ではあきらかに不利だ。


 蔵人が四方に視線を走らせる。沼から続々と姿を現したシリケンドラゴンの数は三十を超えていた。敵の主要武器は尾についているアカエイのような鋭い刃だ。


「まあ、それだけってわけでもなさそうだな」


 シリケンドラゴンはナマズに似たどこか滑稽味のある頭部にはそぐわないほど凶悪な大口をゆっくりと開いて威嚇音を発している。


 ヘドロが煮詰まったような唾液が溜まっている口腔には、肉食獣すら尻尾を巻きそうな鋭く大振りの牙が無数に生えていた。


「ドラゴンってのは伊達じゃねえか」


 異様な口腔には、おそらく人体に有害なバクテリアが繁殖しているだろう。つまりは、咬まれただけで充分に危険なのだ。


 犬猫のそれほど汚れていなそうな牙で傷つけられたとしても、人間の皮膚は入り込んだ雑菌の毒で驚くほどパンパンに腫れ上がる。常住、汚染された泥濘に棲む竜種のきたなさは、禽畜の比ではないだろう。


(やっぱ問題は足場か)


 沼をさけて通るような狭い場所では存分に戦うことは難しいだろう。さらに言えば、どのような毒があるやかわからない瘴気と汚泥が煮込まれた危険な毒の沼地に踏み込んで戦う利は蔵人たちに存在しなかった。


「クランド、あれを見てください!」


 よく通る声でアシュレイが叫んだ。先ほどから闘争が行われている離れた沼地だ。蔵人の前に立っていたリンジーの持っている杖が小刻みに揺れている。彼女の視線の先。異様な霧が晴れて爆発音が派手に鳴った。蔵人は剣の切っ先をシリケンドラゴンから離さずに目を凝らした。沼地の丘の一角で人影が異様な数のシリケンドラゴンに囲まれていた。


「マジかよ」


 襲われていたのはリンジーの妹であるミリアムとその一行であった。勝敗はすでに決まっているとひと目でわかった。群がる数が蔵人たちを囲んでいる竜とは段違いなのである。沼中のシリケンドラゴンが一斉に襲いかかっているのだ。百は優に下らぬ数だろう。沼のあちこちに転がっている者は五人ほどである。おそらくは、夏迷宮に入る際にポーターを雇ったのであろうが、それらは見るも無残な姿でシリケンドラゴンに食い散らかされていた。


 ミリアムは躍起になって炎の魔法でシリケンドラゴンたちを退けている。だが、むしろ彼女が使う魔法の熱に引き寄せられるように魔獣たちが真っ黒な塊となって津波のように押し寄せていた。


 ミリアムを守る同行の魔道士は残り三人だけだ。もはや死を覚悟したひとりが呆然とした様子で杖を下ろすと、シリケンドラゴンは巨大な顎によってのしかかった。絶叫が流れる。シリケンドラゴンは魔道士のやわらかい腹の部分を横合いから噛みつけると、子持ちシシャモの卵巣を裂くようにたやすく引き千切った。おそらく、やわらかなはらわたが狙いだったのだろう。


 蔵人は吹き飛んだ魔道士の長い脚が跳ねながら沼に落水するのを見届けてから、飛び出そうとするリンジーの肩を掴んだ。


「放して、ミリアムが!」

「わーってるよ。けど、おまえが無策で突っ込んでっても頭からかじられるだけだ。違うか?」


「じゃあ、見殺しにしろっての!? あの子はわたしの妹なのよ!」


 蔵人は血走った目のリンジーにウインクするとアシュレイに告げた。


「頼む」

「長くはもちませんよ」


 それだけ言うとアシュレイは準備運動をするようにトントンとその場で数回飛び跳ねると、細い小道を叫びながら矢のように駆け出した。


「あなたたちの相手は私がいたしますっ!」


 釣られて身構えていた周囲のシリケンドラゴンたちがアシュレイをのそりとした動きで追ってゆく。


 シリケンドラゴンが猛烈な勢いでアシュレイに追いすがった。シリケンドラゴンは鋭い尾を振るって打ち据えようとするがアシュレイはギリギリまで引きつけてかわしながら徐々に蔵人たちから引き離してゆく。


「ジェシーとシェリルはアシュレイのサポートだ」

「わかりました」

「う、ううう、我に任せ、任せて」


 剣を抜き放ったシェリルは蒼ざめた表情でぷるぷると震えている。


「気つけに一杯飲ませろ」

「らじゃー」

「ちょ、なにを――うぼろおっ」


 ジェシーが取り出したスキットルの中身をシェリルに無理やり飲ませた。腐れたヘドロ漂う沼地に酒の香がほのかに漂う。


「んにゃっ」


 酒精を一気飲みしたシェリルは真剣に対する恐怖心がアルコールで吹き飛ばされたのか、震えていた刃がピタッと止まった。


 赤ら顔のシェリルは素早く右に飛ぶと同時に大剣を軽々と振るった。すぐそばで小道に上がろうとしていたシリケンドラゴンの頭が叩き割られ、血風が舞った。


「オーケイ。そんじゃ、あとは任せた」

「了解です、あるじさま」


 ジェシーはピッと敬礼を行うと光の鎌を担ぐと、踊るような動きでシリケンドラゴンを切り裂いてゆく。





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