LV95「悪酔い」
「裏切りの四騎士? んん、それは帝国の人間だったら誰でも知ってるわよ。すごく有名だもの。武闘家シド。魔道士タルフォード。僧侶デュオソニス。戦士メルメギド。勇者アズマに従って魔王を討伐した際に抜群の勲功を上げた英雄にして、のちに叛徒となった伝説の騎士たちよ。もっとも、アシュレイたちの話を聞くと、いまじゃ混沌の魔女の手によって地下から蘇生させられたゾンビみたいなものでしょう?」
夕食を取り終えた蔵人たちは焚火を囲んで四方山話に花を咲かせていた。
現在、話の中心になっているのはリンジーである。彼女は魔法学院で深く学び、アシュレイよりも市井の話に深く通暁しているので、自然、語りの主になった。
「ゾンビ程度ならばあれほどの強さを持っているはずはないでしょう。彼らは間違いなく、前世と変わりのない実力の持ち主です。おそらくは混沌の魔女の手により私たちが彼らとまみえるときも近いと思われます。リンジー、そのときは決して油断なきよう」
「おっけ。別にアシュレイの話を疑ってるわけじゃないのよ。けどねえ」
「おいジェシー。ケチケチしないでグーっとつげ、グーッと」
「はい。濃い目でとくとく、と」
「おお、ソーダは控えめにな」
リンジーが横目で見ると蔵人はジェシーに酒精をつがせながら、すでにいい気分になっていた。
――これがとても伝説の武闘家シドを斃したとは思えない。
「ねえ、アシュレイ。ホントにアレが蘇ったシドを斃したっていうの? ホントに? なんか、よく似たオッサンだったとかそういうオチじゃなくて?」
リンジーがそう言うとアシュレイはほのかな明かりでもよくわかるほど、キッと両眼を見開いて身体を前に突き出し擁護した。
「シドの強さは本物でした。私ではきっと負けていました。けれど、クランドはかの英雄との一騎打ちで真っ向から勝負して、正々堂々と勝利したのです」
ああ、これはもう処置なしだ、とリンジーは思った。
「ええ、そうです。そうですとも。クランドの剣がシドを斬り伏せたときに勝敗は決したのです。数瞬の攻防も、目で追うのがやっとのほどでした。これはもう、私も、いえ私だけではなくあの場にいた人間すべてが認めなくてはならない偉業です。なぜかですって? 言葉にしなくてもわかるでしょう。本物だからです、ええ、あれは本物の強さだからなのです。クランドは本物の戦士なのです」
アシュレイは自分が興奮し切って、蔵人とシドの戦いを滔々と講釈しているさまに気づいていない様子であった。
常にはなく、瞳を童女のようにキラキラ輝かせている様子は傍から見れば彼女が蔵人に対して仲間以上の感情を持ち合わせているとしか考えられない熱の入れっぷりである。それに対して蔵人が同調するかと思えば、さにあらず。褒めちぎられたとうの本人は恥ずかしげにカップに口を着けたまま談話の輪から距離を取り、アシュレイの話を聞こえない振りをしているのだ。
リンジーは蔵人の意外に照れる姿に内心驚き、そして親近感を抱いた。日ごろの落差もあるのだが、なにやらかわいらしく感じるのだ。
「そうなんです。そうなんですよ。クランドは強いのです。ええ、それは認めていますとも。だからこそ、正しさをよりいっそう意識せねばなりません。神の教え通り、とまでは望みませんができる範囲で日々研鑽を積めば、本当の紳士に近づけます、ええ近づけますとも。下手な皇族や貴族などよりもあなたは潔く美しい感性を持っているというのに。聞いていますか」
アシュレイはとろんとした表情で目の前に置かれたザックに向かって懸命に話しかけていた。
「だから飲ませんなって言ったのに。こいつは酒乱だぞ」
「え、嘘でしょ? ちょっとワインをひと口飲ませただけじゃないの!」
「俺は冗談なんぞ言わんぞ。アシュレイはめちゃくちゃ酒に弱いんだ。あとは任せたからな」
「ちょ、ちょっと待ってよ。これの相手をわたしひとりでしろっての?」
「お子ちゃまはもう寝ちゃったしな。適当に相手してれば潰れるだろ」
蔵人が指差すとシェリルは猫の仔のように毛布にくるまって寝息を立てていた。
「お人形さんも置いとくからさ。あとはよしなに」
アシュレイが話しかけているザックの隣に正座しているジェシーが据え置かれた。非常にシュールな光景である。できればリンジーはこの座に加わりたくなかった。
「おやすみなさぁい――ひぐっ!」
「待ちなさい。私の話はまだまだまだまだ終わってはいませんよ」
首根っこを掴まれたリンジーは半ば酔ったアシュレイの説教を聞く羽目になり、自分の要領の悪さを呪った。




