LV94「オメガ」
最終魔道決戦兵器と呼ばれる人形は混沌の魔女のもとにあった。
帝都のノワルキが領する館の一室に、オメガと冠せられた兵器はまるで神像のように崇め奉られるように佇立したまま腕組みをした混沌の魔女の視線を受けていた。
混沌の魔女は薄っすらと笑みを浮かべながら無言のまま手に入れたばかりの魔道人形を見つめながら傍らに控える灰色のマントを羽織った男に言った。
「これがオメガ。あの意地悪い老爺が造ったにしてはまとも過ぎるような気がするけれど。どうやら本物らしいわね」
黒マントの男は伏したまま一言もなかった。室は闇を落としたように暗いが、男の存在はなお昏かった。生命の息吹を感じさせぬようにピクリともしない男の態度に混沌の魔女は苛立つ風でもなくその場に立ったままオメガを眺めている。
「これを手に入れたとき、ウォーカー家の小娘と入れ違いになったと聞くわ。タルフォード。あなたに命じます。アシュレイとその一行を捕えて私の前に連れてきなさい。必ずあの者は夏迷宮で、私以外の魔女から加護を得ようとするでしょう。前回は魔女を殺し損ねたせいで不覚を取ったわ。ミスを犯したときは、わかっているわね」
魔術師タルフォードは膝を突いたまま混沌の魔女の言葉に深くうなずいた。
「いい? 皇子が私の行動に賛同している以上、正義はこちらにあるのよ。タルフォード。あなたも在りし日の英雄ならば、私が行っている意味が理解できるでしょう。帝国はこのままではゆっくりと腐れ落ちてゆく。改革が必要なの。そのためには、どのような手を使っても旧支配者である彼らを討ち滅ぼして、この帝国を私が考える最良のものに作り替えなければならない。いいわね。これは善の行いなの」
彼女は最後に強く念押しをした。話が終わると混沌の魔女はオメガにもタルフォードにも興味を失ったかのように部屋を出て行った。
「正義と、善か」
タルフォードは口角を吊り上げて混沌の魔女の浅薄でいて滑稽である自意識を嘲笑った。
「なにが正義だ」
かつて勇者を支持して戦ったタルフォードはあいまいな正義という価値観を絶対視する世間と混沌の魔女の薄っぺらな嘘に吐き気がするほどの嫌悪感を覚えていた。
正義の意味を問うてもまともな返事がもらえないことはわかりきっている。かつて自分からもっとも大事なものを奪った帝国の下卑た策略がそれをタルフォードに証明していた。
タルフォードは部屋から出ると強い日差しに顔を顰めてローブを目深にかぶった。
目の前にはノワルキ皇子が財を費やして趣向を凝らした庭園が広がっているが、タルフォードにはすべて色褪せて映った。
「タルフォードさま。混沌の魔女の用件はなんでしたか」
ほとんど音も立てずにタルフォードの隣には樹上から女性の魔獣が舞い降りていた。
この両腕に翼を持ち下半身が鳥の魔獣はハーピーといいタルフォードの沈んだ表情を心配そうに覗き込んでいる。身体は魔獣であっても顔は人間の女性そのものであり真っ白な髪と蒼い瞳は美しく、並の人間では太刀打ちできないほど美形である。
「くだらん雑用だ。もっとも目的を果たすためにはいましばらく地上で活動するために、すこしはやってるふりをしなくちゃならないけどね」
「けれどタルフォードさま。先日も魔女の命令で東方の反乱貴族を平定したばかりではないですか。少し休まないと」
「ふん。帝国の貴族を大手を振って殺せるんだ。それに前世と違ってこの身体に休息は必要ない。もっともっとやつらを殺して、この国を弱らせてやるのが僕の望みだ」
虚無の宿っていたタルフォードの瞳が一瞬、強く燃えさかった。ハーピーはくるると悲しそうな声で啼くと表情をさらに歪ませた。
「ならば、私もごいっしょさせてくださいませ。もう、魔女のくだらない思いつきで飛び回るのは御免です。ずっと、タルフォードさまのおそばにおいてください」
「勝手にしろ」
「はい、そうします」
素っ気ないタルフォードの言葉にハーピーは初めて明るい表情になると瞬く間に頭上へと舞い上がりくるくると空を旋回した。




