LV89「美酒」
「とりあえず、ま、一件落着ってとこかな」
サキュバスを倒したことによって今回の騒動にケリをつけた蔵人は、まだあちこちで小競り合いの治まらぬ街の公園区画で勝利の宴を始めていた。
「私たちもなにかしたほうがよいのではないでしょうか」
「まーたアシュレイちゃんはこれだから。街の有力者のオッサンにも言われただろう。あとはクルースクの人間でカタを着けるってよ。ほら、祝勝会ってことで酒や食いもんもこんなに貰ったことだし、とりあえずは夜が明けるわずかな間まででも人生を楽しもうぜ」
蔵人は分厚い肉を頬張ると、すぐさま度数の高い酒精でそれを流し込んだ。
「落ち着かないのですが」
アシュレイがいうのも無理はない。いまだ、街中が騒乱状態に陥っている。淫魔の術から覚めたとはいえ、家屋という家屋から火の手が上がり、黎明というのにまるで祭礼でも行われているような大騒ぎなのだ。あちこちからは家で焼け出された人々の怒号や悲鳴、それに騒動で傷ついた人々の呻き声や興奮し切った罵声が飛び交っている。このような状況で飲み食いしろといわれても喉に通らないのが普通だ。
「俺たちは所詮よそモンよ。街の人間も気が立ってるし、いまんとこは下手に動くよりもジッとしてるほうがマシだ。どうしても手助けするなら明るくなってからのほうがいいぜ。じゃなきゃ無用の混乱を招く」
「……本当にそうなのでしょうか」
「まあ、アシュレイもいいじゃないの。今回はうまーくわたしたちが討伐に成功したわけだし。雑多な始末は民衆が請け負えばまるっと収まるってもんよ」
リンジーはすでに酒精が回っているのか頬を赤くしたままカラカラと笑った。
「あるじさま、肴は温め直しておきました。それとお酒は冷でよろしかったでしょうか」
「おう、いいぜ。てか酔えればなんでも構わん」
「ぷくく。にしてもミリアムのあの顔ってば。切り取って額に入れときたいくらいだったわ。あーせいせいした」
リンジーが言うように暴徒に阻まれて到着が遅れたミリアムは蔵人たちが見事に今回の黒幕である淫魔を討ち取ったと聞くと青ざめた表情で一言もなく引き返していったのだった。
「あーお酒が美味しいっ。なんていい日なのかしら。矢でも魔法で持ってこいっての」
リンジーが蒼い怪気炎を上げるのも無理はなかった。いままで落ちこぼれ扱いされ、散々蔑まれていた出来が良すぎる妹を目に見える成果を上げた上でコテンパンにやっつけたのだ。
よほど鬱憤が溜まっていたのかリンジーは朗らかな顔で笑いが絶えない。
(うーん、メチャクチャはしゃいでンなあ。実際、こいつの魔法は結構役に立つみたいだし。よし、選ばれし者しか入れない混沌の魔女討伐蔵人軍団の一員へと正式に加入を認めてやるか)
「ところでクランド。そちらで寝入っている方はいったいどなたでしょうか」
「ああ、そうだな。とりあえず深く考えなくともいいぞ」
「あ、てか酒場の前で大暴れしてた騎士なんじゃないの?」
「女性だったのですね」
兜をはずして大の字になっているシェリルはのんきに高いびきだ。
なんら憂いがない安らかな寝顔を見せていた。
「美人ですがアホ面晒してますね」
ジェシーが手加減のない論評を加える。
「許してやってくれ」
蔵人はシェリルの頬を突きながら言った。
(ううむ。ぷにぷにしとるな。相当な上玉だ。仕方ない、俺のハーレムに入れやるか)
長い金色の髪が放射状に広がっている。
手入れが常日頃されている証拠に枝毛ひとつない艶やかな髪だ。
みなが示し合わせたように蔵人の顔を覗き込んだ。
「なんだよ」
「なんでもありません」
「べっつにー」
「あるじさまはブロンドがお好き、と」
蔵人はわざとらしい咳払いをして話題を変えた。
「ともかくだ。飲み終わったら適当な場所で休もうぜ。睡眠は大事。疲れをしっかり取らないと今日一日まともに動けないからな」




