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LV88「淫魔の最期」

 ほぼ同時に左右の暴徒が弾け飛んだ。

 アシュレイとジェシーだ。


 ふたりは得意の拳闘と鎌とでサキュバスに操られた暴徒を薙ぎ倒している。


「どうして、この場所に――」

「俺らも馬鹿じゃねーからな。万が一のときの集合地点を決めといたんだよ」

「くううっ」


 蔵人の言葉にサキュバスが悔しさのあまり吠えた。


「学院じゃ不覚を取ったけど、あのときの借りを返させてもらうわ。ファイアボール!」


 リンジーが杖を構え直して魔法を詠唱した。杖の先に嵌められた宝玉がぴかぴかッと真っ白に輝くと紅蓮の炎の玉を吐き出して暴徒たちを絡め取ってゆく。


「どうよ! 邪に魅入られし悪魔たちの最期よ!」


 杖を高々と上げながら勝ち誇った様子でリンジーが勝利宣言を決めた。


「多分忘れてるだろうけど、その人たち操られてる無垢な村人たちだからな」

「……は」


 ポカンとした表情のリンジーは慌てて杖の先を空に差し上げてごにょごにょと魔法を詠唱した。

 氷の魔法のアイスブリザードである。

 真っ青な風が暴徒たちをたちまちに氷漬けにして炎はどうにか鎮火した。


「わ、わわわ、わかっていたわよ。ま、まあ、あっさりと悪に転んだ彼らにも責任がなかったとはいえないから……いえないんだからねっ。だから――これはわたしなりのお仕置きよ、お仕置きっ。ま、ちょっとだけやり過ぎちゃったけどね。そこはいいとしましょう。あははっ!」


 リンジーが大声で笑った。だが、その声は誰がどう聞いても虚勢を張っているに過ぎないことが明白である虚ろなものだった。リンジーが困ったように視線ですがってくるが蔵人にはどうにもできない。廻し受けで暴徒の攻撃を防いでいたアシュレイが疲れたように面を伏せた。


「よくもアタシのかわいい兵隊をやってくれたわね。殺しなさい」


 サキュバスが命ずると四人の強化人間が標的をリンジーに変えて一斉に襲いかかった。


「あ、ちょっと待って。一気に魔法を連発したから魔力が――」


 リンジーは立ちくらみを覚えたのかその場に膝を突いた。


「アホたれえええっ!」


 叫びながら蔵人がカバーに入るが位置的に遠すぎる。リンジーが半泣きになる。蔵人の焦りが頂点に達したとき、人間には到底不可能な動きで一陣の風が駆け抜けた。


 ジェシーである。

 機械人形である彼女は大鎌を手足のように操って完全に後方が無防備な強化人間たちをいともたやすく斬り刻んだ。


 白刃が弧円を描く。

 強化人間たちは脚、腕、胴、首をバラバラに斬り分解されて鮮血を迸らせると地に沈んだ。


「ナイスだジェシー!」


 蔵人が称賛の声を上げるとジェシーは大鎌をだんっと地面に打ち下ろした。それからへたり込むリンジーの隣で無表情のままサムズアップにて応じた。


「あ、ありがと」

「どういたしまして。三遍回ってわんとお鳴き」

「こ、この――」 


 じゃれ合いを続けようとしたふたりであったが、後方から颶風のように吹きつける強烈な鬼気により、すぐさま戦闘態勢を取った。


 翼を焼かれて地に落下したサキュバスが再び浮遊している。背中だけではなく右の顔半面もリンジーの魔法で焼かれたせいで整った相貌は醜く焦げて見るも無残である。


「このままじゃ済まさない。全員生きたまま臓物を引きずり出してやる」


 ――サキュバスはそう言うと全身から白煙を立ち昇らせ、あれよあれよという間にたちまち正装したひとりの紳士に変身した。


 年齢は四十代前半。細面で整えた口髭が美々しい。脂の乗り切った魅力が横溢したナイスミドルと呼ぶにふさわしい男性像そのものである。


「インキュバスか」


 蔵人が吐き捨てた。サキュバスとインキュバスは表裏一体である。考えれば村の宿でアシュレイが我を失いかけたのも、この淫魔の誘惑だったのだ。


「その通りだ若造。少々腕が立つようだが、仲間がすべて女だったことが裏目に出たな。貴様の女たちはこの私に抱かれたくてたまらないといった様子だぞ」


 インキュバスが言うようにアシュレイやリンジーはおろか機械人形であるジェシーすら夢心地の様子でボーッとなっている。蔵人は表情を一切動かさなかった。地下倉庫でサキュバスに出会った際に、こういう展開になることは予想が着いていたのである。


「ふふん、そうだな。この場で貴様を女どもに拘束させて四肢を引き千切り、その上で女たちを我が兵に凌辱させよう。私の魔力によればどのような女も意のままよ。ついにこれを使わせおって。だが、よい。まず、この力で手始めにこの地の王の領土を根こそぎ奪い取ってくれるわ」


「てか、そう簡単に物事上手くはいかねーと思うぞ」


 風を切って凄まじい勢いで投げられた大剣がインキュバスの胸元に生えた。敵などいないと完全に油断し切っていたのだ。切っ先から剣身のほとんどが突き出した状態でインキュバスは「信じられない」といった表情のまま地面に落下し片膝を突いた。


「やるじゃんかシェリルちゃん」


 ニッと蔵人が相好を崩して長剣を肩に担いだ。後方には顔を真っ赤にしたシェリルが剣を投げた状態のまま両足のスタンスを広く取ったまま立っていた。


「どんな……もんら」


 ろれつが回らずシェリルはそれだけなんとか言うと崩れ落ちてうつぶせのまま動かなくなった。


 どうやら彼女は真剣の恐怖を取り払うために蔵人が渡した酒瓶の中身を空けて、この場に駆けつけたらしい。


 だが、この機は決定的だった。

 蔵人の身体が軽々と宙に浮いた。

 宙に飛び上がった瞬間、蔵人は長剣を頭上にかざしていた。


 柄を握った右手のすぐ下に添えられた左手が折れんばかりに握り込まれた。


 ぶおっ、と鋼でできた刀身が込められたエネルギーで一瞬うねった。


 蔵人は最も高い地点に達したところで長剣を握り込み、インキュバスの頭上から情け容赦なく打ち下ろした。


 斬撃は次第にスピードを上げてインキュバスの脳天に引き寄せられるように叩き込まれた。


 インキュバスは本能的に頭上で両腕を交差させて蔵人の斬撃を防ごうとした。


 常ならば、インキュバスの防御行動は無意味ではない。


 魔力をガードのために両腕に流した状態であるならば、少々の攻撃は弾き返すことが不可能ではないからだ。


 ――だが、蔵人のパワーもスピードも刃に込められた強烈なオーラはインキュバスの想定をはるかに超えた、まさしく必殺の一撃であった。


「あばよ」


 蔵人の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか――。


 ともかくも、それがインキュバスの聞く現世で最後の音となったのは確かだった。


 長剣はインキュバスの身体を左右真っ二つに綺麗さっぱり断ち割って地面に深々と埋まり、ようやく止まった。


 切断面から噴水のような血潮を吐き出したインキュバスの身体はすぐさまマナの破片となって煌めきながら地上から霧散した。


「生憎だったな、キモヒゲ。美人のねーちゃんの姿ならともかく、オッサン相手にこの俺が容赦するはずねぇだろ」


 これが地域一帯を騒がしていた淫魔の最期だった。




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