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LV87「別にいいんだ」

「アタシの十八番はチャームの魔法よ。アンタを捉えるために特別に腕が立つ精鋭をそろえたの。強化人間というべきかしら。ともかくも耐久力腕力は並の人間では歯が立たないわ。それと、そこの女騎士は新顔らしいけど、捕らえたら特別にアンタの前で念入りに凌辱してあげるわね。くすくす」


 サキュバスの言葉にシェリルが息を呑んだことがわかった。前後の六人の兵隊はサキュバスによって肉体改造を施されているのか、異様な鬼気を全身から激しく放射している。


 決して広くない平地の道ではシェリルをかばって戦い抜くことは難しい。だというのに、勇ましい獅子の紋章を胸のプレートに刻み込んだ騎士は白刃を手にしてはいるがいまにも倒れ込みそうな様子である。蔵人は眉間にシワを寄せながら抑えた声で言った。


「いったいどうしたんだよ。さっきは見事な剣の腕前だったじゃんか」

「ダメなんだ」

「……なにがだよ?」


「我は、真剣を見ると、身が竦んで、動けなくなってしまうのだ」


 一瞬、呆気に取られた。おとなしく耳をそばだてていたサキュバスが口元に手をやりながらさもおかしそうに笑い声を立てた。


 蔵人が先手を打って動いたのは本能だった。このような状況ならば数の少ない前方のふたりに向かうのがセオリーだろうが、蔵人は敢えて後方にいる四人の強化人間に狙いを定めた。


 走りながら外套の合わせから長剣を抜き放つと素早く二度三度左右に振るった。サキュバスが言うように魅了された上に強化された男たちは、膂力と耐久力に優れているようであったが、動きは並以下だった。手には金棒や斧を手にしていたが、扱い方は素人以下であったことも彼らにとっては不運だった。風車のように長剣を振り回す蔵人の手慣れた攻撃に耐えられるはずもない。たちまちに四肢を切り裂かれて呻き声も上げず、ふたりが地面に転がった。


「走れ」


 突破口は作った。

 シェリルは弾かれたように蔵人の背を追って駆け出した。


「に、逃がすんじゃないわよ!」


 激高したサキュバスの指示が伝わったのか蔵人たちを四人の男たちが追いかけてくる。


「のろまだよ、おまえら」


 蔵人についてくるシェリルは重装備であるがまったく後れを取っていない。むしろ鈍重な強化人間たちは、それぞれの走るスピードによって間隔が自然と空いた。


 右に左に小道を選んでとにかく駆けた。シェリルが隣に並んだ。重たい鎧を着ている割には相当な脚力だ。


 ときどき、サキュバスの力で我を失った市民が襲ってくるが蔵人は剣を使わずに叩きのめしながら進んだ。


 背後に迫る殺気は減じていない。道端には闘争で傷ついた人やモノが転がっている。跳躍しながら回避した。完全に撒いてしまってはマズい。わざと蔵人がスピードを落とした。追っ手の中でも最も速い強化人間が背後に迫る。


(ちゃーんす)


 ほくそ笑んだ蔵人は隣を疾走するシェリルにウインクを飛ばす。シェリルはさすがに息が上がっていたのか、汗で濡れた前髪を額に張りつけながら微妙な表情だった。


「じゅわっち!」


 突如として蔵人はその場でUターンすると向かってきた男の顔面を凄まじい剣速で切り上げた。

 猛烈な踏み込みで蔵人の左脚は地面に沈み込む。


 顔面を断ち割られた男は斜め後方に吹っ飛ぶと、死にかけたムシケラのようにジタバタと激しくもがいた。

 致命傷には至らなかったのだろう。


 すぐさま起き上がるとバランスを欠いた足取りでフラつきながら追ってきた。


「しつけーな。よっしゃ、おまえはここに隠れてろ」


 蔵人は走る途中で物陰にシェリルを押し込めると転がっていた酒瓶を拾って無理やり握らせた。


「ジッとしてろ。コイツで一杯やりながらな。バケモン退治は俺にまかしとき」

「だ、だが……」

「いいんだよ、別に戦えなくたって」

「え……」


 呆けたシェリルの表情は蔵人の目には幼く見えた。戦うことに意味を見出さなくとも人は生きていける。そもそもが武張った格好で白刃を引っ提げていても敵に振り下ろすことができなければ張り子の虎なのだ。

 蔵人が感じた直感は彼女が内包していた危うさだった。着込んでいた外套を取り外してかけてやった。蔵人が常に纏っている外套は様々な魔術効果が付与されており、ジッとしていれば、気配を遮断できる優れモノだ。

 そうこうしているうちにサキュバスが放った強化人間が追いついてきた。


「おおっと。こっちだよーん」


 再び駆け出した。

 十字路で前後左右を敵勢に囲まれたところで蔵人はようやく足を止めた。誰もがサキュバスの術により正気を失っている。数えるのが馬鹿々々しくなるほどの多勢である。


「祭りの歩行者天国だな」


 低く零した。長剣を握ったまま蔵人は視線を上げた。虚空には得物を追い詰めて歓喜の表情を浮かべたサキュバスが漆黒の翼を広げて悠々と飛んでいた。


「じゃ、最後に言い残す言葉は?」

「特にねーかな」


 蔵人がそう言った瞬間、サキュバスの背中が真っ赤な火球で爆ぜた。耳を劈くような音と共に人垣に向かって強烈な波濤のような炎の壁が現れ次々に呑み込んでゆく。


「ぐっ、なんだってのよ」


 地面に落ちたサキュバスが叫んだ。痛みのせいで声がくぐもっている。


「決まってるじゃない。怪物退治よ」


 火に包まれて統制を失った人壁の向こうには杖を構えたリンジーが険しい表情で立っていた。




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