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LV86「しつこい輩」

「たまげたな」


 蔵人は神の造形を冒涜する目の前の生物にヒューッと口笛を鳴らした。


 つまりはそれだけの余裕があるということだ。


「あのな。デカくなりゃいいってもんじゃ……聞こえてねぇか」


 ヒューゴの手にしていた身の厚い山刀がポケットナイフのように見える。

 素早く長剣を引き抜いた蔵人は背後を見てギョッとした。

 シェリルは青ざめた表情で虚ろにヒューゴを見たまま凍りついていた。


 ――まるで普通の小娘のように。


「なにやってんだ。さっさと抜け」

「あ、え、でも」


 パクパクとシェリルが酸素を求めてあえぐ金魚のように呻いた。手を腰に佩いた剣の柄に動かすが、あきらかに抜くことを躊躇していた。


 そろそろとシェリルの指が柄の上を這う。

 同時にヒューゴが動いた。

 ヒューゴの巨大化した中指と人差し指で摘まんだ山刀が振り下ろされた。


「おっとお!」


 蔵人は素早く後方に飛ぶとシェリルを腰抱きにして斬撃をかわした。地面に叩きつけられた山刀は半ばが折れて吹っ飛んだ。

 異常なほどの膂力だ。


 ヒューゴは口元から蒸気のような呼気を吐き出しながら殺気を帯びた瞳で睨みつけてくる。


「さっさと構えろ!」

「あ、ああ……」


 蔵人が怒鳴るとシェリルは目をつむって長剣を抜いた。一瞬、いまの状況を忘れて蔵人は剣に見入った。夜目にも惚れ惚れするような美しい刃を持った業物だった。


 だが、シェリルは先ほどのヒューゴたち酔漢をまとめて倒してみせた騎士と同一人物とは思われぬほど酷く無様で腰の引けた構えを取っていた。


 ――なんだってんだ?


「うわッと!」


 考察している暇はなかった。ヒューゴは武器など要らぬ、とばかりに長く変化した手足を振り回しながら蔵人の身体を襲った。


 電柱が振り下ろされるようなものだ。一撃でも喰らえば致命傷は確実な破壊性とスピードを兼ね備えていた。


「兄ちゃんやるじゃんか。けど、この程度で俺をやれっかよ!」


 蔵人の長剣が弧を描いた。たちまちにヒューゴは手足を切り刻まれて劣勢に陥った。蔵人は身長も体重も倍以上になった怪物をグイグイと攻め立て、ついには通りの向こうに押し出した。


「なんだってんだ、こりゃあ?」


 街は阿鼻叫喚だった。なにもかもが荒れ狂っていた。ヒューゴのように異形化した男たちが喚きながら街の人間を襲っていた。あちこちで乱闘が始まっている。あたり一面から火の手が上がっており、怪物から逃げ惑う人々と怒号と絶叫がうずを巻いていた。


 一瞬の間隙を縫って頭上から高笑いが降ってきた。

 蔵人は大きな翼をはばたかせて勝ち誇った笑みを見せている女を見てうんざりした顔をした。


「しつけーな。ちっと待ってりゃこっちから会いにいってやったのによ」


 サキュバスは夜空をバックに三日月を背負いながら妖艶な仕草で蔵人に投げキッスを放った。


「馬鹿ね馬鹿ね。アタシが黙って砦に引き篭もっていると思ったのかしらん?」

「思ってました」


「むきーっ。馬鹿にしてえん。アンタはアタシの自慢のガマちゃんたちをイジメてくれた張本人よん。こってりと仕返ししてあげるんだから覚悟なさいな」

「そのために街ごと襲ったのか」


「ちょーっと計画を速めただけよん。アンタのお仲間もアタシの兵隊たちが捕まえにいってるわ。おとなしく降伏するな、そうねえ。アンタは結構腕が立つみたいだからペットとして飼ってあげるわん。これでもかなりの厚遇よ」

「愛玩動物扱いはごめんだ」


「あらん? じゃあ、万が一アタシの包囲網を破れたらアンタのペットになってもいいわよ」


「残念だが、俺はペット欲しいといっておきながら最終的にはパパママに世話させるような男なのでね。おまえのようなビッチは御免被る」

「交渉決裂ね」


 サキュバスが視線を据えて魅了の効果を持つ魔眼を開放した。だが、蔵人の胸元に刻まれた勇者の証である紋章は激しく発光するとたちまちに術の効果を打ち消してしまった。


 闇夜を引き裂くような圧倒的な光量にサキュバスは動揺を隠せず、それでも強がりながら蔵人を睨みつけてくる。


「わかっていたけどかなり強力な呪印を刻んでいるのね。アタシの術が利かないとなると、これはもう肉体言語に頼るしかなさそう」

「そらどうも」


 蔵人はサキュバスから視線を離さずに、前にふたり、後ろに四人の男に囲まれていることを叩きつけられる殺気から察知していた。



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