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LV83「食事はしずかに」

「ね、ねえ。なんか言いたいんでしょう。黙ってないで、ほら、なんとか言いなさいよ。いまなら黙って聞いてあげるから」


 クルースクの街に日が落ちる時刻――。


 宿を取った蔵人一行に向かってリンジーがへどもどしながら話しかけていた。


「なんとか、と言われましても。ずいぶん大きく出ましたね、としか申し上げようが」

「は、はっきり言うじゃない。このメイドは」


「いや、しかし気に入ったぜ実際」

「な、なによ。クランド、あなただってどうせわたしのこと馬鹿にしてるんでしょう。ホントは尻尾を巻いて逃げ出したくせにって」


「そうじゃねぇよ。リンジー、おまえさんは案外と機転が利くしその上優しいじゃねぇか。ガキどもを説得したやり方もアホじゃできねえ。さっきもアシュレイとそう話してたんだよ。な」


 蔵人の問いに椅子に座ってカップを手にしていたアシュレイが静かにうなずいた。ちなみに彼女が呑んでいたの白湯であり、日に三度混ぜ物のないこれを飲むのは教義による習わしである。


「ガキに優しい女はいい女だ。それにサキュバスどもをぶっちめてガキンチョどもを助けてやりてえってのは俺も同じだ」


「リンジー、ここにいるみなは共に理想を共にする同胞です。力を合わせればどのような悪鬼も覆滅できるでしょう。聖典にも“より善き志を持つ者は悪に破れることなし”と記されております。私たちが集ったのも神と精霊のお導きでしょう」

「う……そこまでおおげさなことじゃ」


「ま、時間もころあいだし、ひとつ酒場に行って夕飯食いがてら作戦会議と洒落込もうぜ。サキュバスたちの情報もなんか掴めるかもしれねーしな」


「あなた、ただの呑みたいだけでしょう」

「そうとも言うな」

「はあっ。なんかだんだんわかってきた」

「んじゃあ夜の街にとつげーきっ」


 蔵人はベッドから跳ね起きると子供のようにはしゃぎながら宿の階段に向かって走り出した。






 夜の酒場は昼間とはまるで違う雰囲気だった。どこからやってきたのかと驚くほどたくさんの人間がひしめき合って酒を呷っている。壁際の燭台には幾つもの明かりが灯され、喧騒と料理のにおいがごった煮になって蔵人の鼻腔に押し寄せてきた。


 テーブルに陣取っている男たちはどれこれも真っ当な職業とは思えない風体であり、三人の女を引き連れて入ってきた蔵人はジロジロと好奇の視線を投げかけられた。


 さもありなん。僧形のアシュレイを初めとしてリンジーもジェシーも場末の小さな酒場には不釣り合いなほどの美形である。


 だが、このような態度は経験上慣れっこである蔵人にとっては気にもならなかった。空いている席に陣取ると、露出過多の給仕の娘を呼び止め料理の注文にかかる。


「まずは酒だ。頼むぜ姉ちゃん」

「はい、かしこまりー」


 いかにもな安い娼婦といった娘であった。親が見たら泣きそうな格好をしているが、酒場では特に目立つわけでもない。むしろアシュレイたちよりもはるかに場に馴染んでいる。


(ふん、やっすい厚化粧だ。素材は三流よ。シティボーイの俺からすれば、ちょっかい出す気にもならんイモねーちゃんだな。アシュレイたちに比べれば天と地ほどの差があるぜ)


 絡む価値なし。

 蔵人の選球眼は辛い。


「つーわけでリンジーよ。この漢蔵人に酌してくれや」


 ――適当に酔った振りして無料オッパブ祭を開催しよう。


 蔵人は右手の五指がリズミカルに動くかテーブルの下で確認する。


「絶対どさくさに紛れてさわってくるでしょ」

「お酌だけおなしゃっす!」

「考えてることがわかりやすすぎだっての」

「フォークを近づけるのはやめてくれ。先端恐怖症なんだ」


 蔵人はリンジーによって鼻先のフォークを突きつけられ腰を引いた。


「仲間を酌婦扱いする? 普通」


 呆れ返ったリンジーが長い脚を組み替えてジト目で蔵人を睨む。


「そんな、ママ、ぼくを捨てないでぇん」

「誰がママかっ」


「少しは面倒見てくれたっていいじゃんか。いつも活躍してるんだし。ねぎらえやっ」

「ぐ……まあ、かばってくれたし。それはそれで恩に着るけど」


 この女のガードはゆるいと蔵人は本能的に感じた。


「ならば酌のついでにそのデカパイを揉み揉みしてもリンジーの許容範囲だろう」

「へんたいっ、へんたいっ。ドへんたいっ! 頭おかしいんじゃないの?」


「おかしくはない。この世のパイはすべて俺さまのものなのだ」

「太腿に手を置くなっ。どさくさに紛れて、あっ、やめなさいよっ。どこ触ってんのよ!」

「リンジーのシークレットゾーン」

「死ね!」

「いだっ。灰皿のカドで叩くなっ」


「あるじさまの給仕は無論この私がつとめますので問題はありません」

「おまえは食卓でM字開脚するな」


「あるじさまがお喜びになるならばこのジェシー水火の中も厭いません」

「喜んでるのは周りの連中な」

「……」


「ほら、良識派のリンジーがショックで固まっちゃうだろ」

「所詮やつはねんねですよ。ふっ」


 ジェシーはあられもないショウを卓上で勝手に始める。


「……ジェシー、あなたは恥じらいって言葉を知らないの?」

「私に心はありませんから」


 ジェシーがアンニュイな表情で面を伏せた。


「だからM字開脚のままにじり寄るな。見た目と行動がかけ離れてるぞ」

「みゃー」


 蔵人が両脇に手を入れて卓上から下ろすとジェシーは静かになった。


「食事は静かにするものですよ」

「アシュレイって実は大物なのね」


「とにかくだ。料理が来たから遊んでないでスペースを作ろうぜ。な?」

「クランドが混ぜっ返したんじゃないのよ」


 ドン引きの給仕娘が料理を運んできたのでじゃれ合いを蔵人たちは収めた。






「なんだあ?」


 料理を楽しんでいる蔵人の耳に怒声が飛び込んできたのは、酒精のお代わりをしようと給仕娘を呼ぼうとしたときであった。


 蔵人たちより離れた奥のテーブルで食器が床に叩き落され激しく鳴る音が響き渡った。


「上等だ。表に出やがれこの野郎!」


 店全体に響き渡る声で男が立ち上がった。

 悲鳴と叫び声が一緒くたになって荒れ狂い酒場は騒然となった。


「喧嘩でしょうか」

「だろな」


 蔵人は焼き鳥の串を咥えながら興味なさげにアシュレイの問いに答えた。視線を彼方に転じると給仕娘をかばうように甲冑を着けた騎士が腕組みをしたままカップを口元に運んでいた。


 ――騒ぎのもとは女の取り合いか。


 酒場は客層が悪い。ここにいる人間は蔵人をはじめとして真っ当な仕事で食っているとは言い難い者ばかりだ。懐具合もそれほどよいとはいえない。


 世が不景気だということもあるが、金にも仕事にもありつけない男たちが肩が触れ合う距離でひしめき合っているのである。酒が入れば気が大きくなり、女が欲しくなるのは当然だ。


 とはいえ、低所得層の男たちが手を出すのは娼婦か給仕娘と相場は知れている。少ないパイを奪い合って目を血走らせるのは自然の摂理だ。


 冒険者を生業にする蔵人はこのようなもめごとは日常茶飯事だ。喧嘩もある程度の状況でその場の誰かが仲裁に入ることを知っていたので、別段気にしなかった。


「お高くとまりやがって。おれたちとは口も利けねえっていうのかよ! ただじゃすまさねえ。それともここで叩きのめされたいのかよ!」


 騎士は客たちの視線を感じたのかおもむろに深くため息を吐くと椅子から立ち上がった。酔漢はビクッとわずかに腰を引いた。


 それもそのはずだ。酔漢は筋骨隆々でこの寒い季節にも火を噴きそうなほど赤銅に焼けた肌をしていたが、どう見てもただの肉体労働者だ。

 しかし、騎士の腰には瞬きをしてしまいそうなほど、大きく上等な剣が提げてあった。




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