LV82「僕たちはキホン優しい」
「か、金か、食いものを寄こせっ」
「おまえも相手が悪かったな。人さまを襲うときは、もちっと観察する凝った。さ、ガキがンな危なっかしいもん振り回すんじゃねえ。とっととそいつをこっちに寄こしな」
「う、うるさいっ。金を出せ。出さなきゃ、ひどい目にあわせてやるからなっ」
引っ込みがつかなくなったのか、少年は甲高い声で鋭く吠え立てた。
飢え切っているのであろう。
少年の瞳には狂気が宿っている。
引っ込みがつかなくなっているのだ。
芽生えた恐怖を掻き消すように破れかぶれになっている状況だった。
さあ、どうしたもんかね――。
「わかったわ。お金はあげるわ。だから、ひとつだけお願いを聞いてもらえるかな」
蔵人が思考をまとめ上げる前に行動に出たのはリンジーだった。
「な、なんだよう」
「お姉ちゃんたちね、このあたりの人間じゃないの。だから道に迷ってしまったの。あなたはこのへんの子なのかな? クルースクって街に宿を取っているのだけど、お金はそこの宿に預けているの。街まで案内してくれたらお金を渡すけど。どうかな」
「そんなこと言ってオイラをだますつもりだろうっ!」
「んーん。そんなことないわよ。だいたい、そこのお兄ちゃん、わたしたちの用心棒だけど身体ばかり大きくって本当は怖くて腰が抜けてるのよ。じゃなきゃ、いくらなんでもあなたみたいな子供、とっくに捕まえてるわよ」
「そ、そうなのか?」
キョトンとした表情は邪気がなかった。それどころか、リンジーの言葉に救われたように少年はあからかさまにホットして斧を下ろしていた。
「ホントよ、ホント。だいたいこっちの面子を見なさいよ。か弱いわたしにシスターにメイドよ。刃物を持ってこられたらかないっこないわ」
「オイラの鉈が怖いのか? そ、そうなんだあ」
「そうそう。ね?」
「仕方ないな。オイラが街まで連れて行ってやらあ。だから、姉ちゃんはちゃんと約束を守ってくれよな」
「うんうん」
(ほーん、リンジーのやつやるじゃないの。あっさりガキを言いくるめやがった)
「こっからはだいぶ足場が悪くなる。みんなもオイラのあとをついて転ばないようにしねぇといけねぇ。怪我なんかしたらつまらねぇぞ」
そう言った少年の名はニールといった。リンジーは意外にも子供の面倒を見るのが上手く、あっさり警戒を解いたニールは蔵人たちにも気安い態度で接するようになった。
特に、最初に優しい言葉をかけたリンジーに気を許したのか、まるで姉弟のように隣に連れ立って歩いていた。
――まだ、子供だ。
蔵人は鼻先を人差し指でこすりながら苦笑した。
しばらくゆくと、道のそばの茂みからふたりほどの子供が飛び出してきてニールの背にしがみついた。
「オイラの妹たちだ」
ニールより幾つか年下の姉妹は怯えた表情で蔵人たちを怖がっていたが、ジェシーがオートマタの機能を駆使した小石のジャグリングであやすとたちまち懐いた。
クルースクの街へはすぐに着いた。
ロンディングの村に比べれば栄えていたが蔵人からしてみれば貧相極まりないといった特徴のない街である。それでも通りにはそれなりに人の姿があり、軒を連ねた武器屋、防具屋、薬屋、雑貨屋、古着屋、酒場、宿屋などは人間らしい文化の香りがあった。
蔵人はまず酒場に入るとニールたちに好きなものを注文させて腹一杯食わせた。酒場の店主は子煩悩なのか、ニールと姉妹たちの姿に眉ひとつ変えず、肉のついた頬をたるませながら料理を次々に運んできた。子供たちはよほど飢えていたのか、一言も口を利かずにテーブルに並べられたものを腹に詰め込むことで精一杯の様子だった。
「ほら、誰も取らないから。もお、そんなにかき込むと喉に詰まらせるわよ」
「よく噛んでお食べなさい」
「レディはどのようなときにも礼儀作法を忘れずに。――まったく聞いてませんね」
リンジーをはじめとした女たちは子供たちの世話を嬉々として焼いた。蔵人は店主が運んできたエールを飲みながらつまみのナッツ類をゆっくりとかじった。子供の世話は女衆に任せればいい。豆を時間をかけて噛み、ほぐした。いちどきに呑み込まないのはできるだけ噛んで唾液を引き出し、口中の酒精と混ぜ合わせて風味を愉しむためだ。豆を指先で宙に弾いて、上手く舌先でキャッチすると子供たちは無邪気に小技に驚き笑った。蔵人はアシュレイのとろけそうなほど優しい目に気づくと、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「姉ちゃん、オイラたちにごちそうしてくれてありがとう」
「ありがとー」
ニールとふたりの妹たちは食事を終えると礼儀正しく感謝の意を表した。
強盗云々といった話はニールも蔵人たちもすでになかったかのようだった。
「いいのよいいのよ。わたしたちを守ってくれたお礼だから。ね?」
リンジーがニールの頭を撫でながら言った。
「うんん。オイラ、それほど馬鹿じゃねぇ。そこの兄ちゃんは木偶じゃねぇよ。すっごく強いのがわかる。オイラがいなくたって姉ちゃんたちは平気だよ。父ちゃんがいれば、あんなやつらに好き放題させねぇのに」
「おまえ、もしかしてロンディング村の子か」
「そうだよ。オイラたちの父ちゃんや母ちゃん、それに村の若い衆は山からきたサキュバスってバケモノにみーんな連れてかれちまったんだ。村には年寄りしかいないし、食うものもねぇし」
「そうだったのですか……」
アシュレイが表情を曇らせる。
「なあ、兄ちゃん。兄ちゃんは剣を二本持ってるよな。どっちでもいいからオイラに貸してくれねぇか」
「剣を借りてどうする気だよ」
「決まってる。村の年寄りは頼りにならねえ。武器がこのナマクラだけじゃどうしようもないよ。腹もいっぱいになったし、オイラがあのバケモノたちを退治して父ちゃんと母ちゃんを助けるんだ!」
「安心しなさい」
帽子を被りなおしたリンジーが椅子から立ち上がると手にした杖を地面に鋭く打ちつけた。
「この大賢者リンジーさまが絶対にあなたの両親を助けてあげるわ!」




