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LV81「ちいさな盗賊」

「正直スッとしました」


 クルースクの街に向かう道中、隣を歩いていたアシュレイがぽそりと呟いた。


「だろ?」


 蔵人はいたずら小僧のような邪気のない顔でニッと白い歯を見せた。蔵人が足を止めると、みなが自然と取り囲むように輪を作った。


「姉妹とはいえミリアムの態度も言葉遣いも不快です。私は彼女のことを好きになれません」


 思いの丈を吐き出したアシュレイであったが、他者を批判することに慣れていないのか自然と表情が曇った。


「アシュレイさまのおっしゃられるとおりです。あのアマぶちむかつきましたので、あるじさまが腰巾着のシャバ僧の腕を小枝のようにへし折ったのは愉快喝采超絶スッキリです。むふー」

「言い方!」


 ジェシーのなんら本心を隠さない言葉に蔵人が突っ込む。


「ね、ねえ」


 リンジーがもじもじしながら上目遣いで蔵人のそばに寄ってきた。


「あーん、なんだよ。すっかりしおらしくなっちゃってどうしたんよ」

「その、かばってくれて、ありがと」


「惚れんなよ」

「惚れねぇわよ! ふふっ。あー、なんかあなたを見てるとウジウジ悩んでたのが馬鹿らしくなってきちゃった」


「嘘ついて騙していたのにですか」

「ううっ」


「こらっ。ジェシー、リンジーをイジメんなよ」

「てへぺろ」

「てへぺろじゃねえ。とにかくだ。俺たちがとっととあのサキュバス軍団をぶっちめて盗まれた魔導兵器を奪い返しゃいいんだっての。そうすりゃ万事解決よ。な?」

「な、じゃないわよ。もう」


 なんだかんだ言っても蔵人の調子に引き込まれるようにしてリンジーにわずかであるが笑顔が戻りつつある。


「でも、やっぱりごめん。嘘ついて、格好つけてた。わたし、最悪」


「いいんだよ。だいたいが人間てのは人前じゃ自分を盛るもんだ。嘘が嫌なら、それを本当にすればいい」

 基本的に悩まない性格である蔵人であったが、ここ数日で本来の賞金首捜しと混沌の魔女討伐に加えサキュバス討伐と謎の魔道兵器の消失など両手では抱えきれないくらいの面倒ごとを背負いこんだことになったのだ。


 ――ま、賞金首稼ぎのほうは後回しだな。


「苦労をかけます」


 隣にいたアシュレイが蔵人を見上げていた。頭部を覆うウィンプルからはみ出た艶のある髪が額の上をさらさらと揺れている。整った唇は紅を差したわけでもないが赤く、チラリと覗く歯の白さが際立っている。


 どこか、すがるようなアシュレイの瞳は澄み切っていて不思議な光を湛えていた。吸い込まれそうな瞳の輝きから蔵人は目を逸らすと、ぼりぼりと自分のもみあげを指先で掻いた。


「気にすんな。ぜんぶ俺に任せとけ」

「はい」


 にこりと薄くアシュレイが口元をほころばせた。


「信じてますから」


 心が清められるようなアシュレイの笑みだった。

 とはいえ。

 どちらにせよひと筋縄ではいかないだろう――。


 蔵人は頭上に重くのしかかった曇天を振り払うかのように力強く歩き出した。






 道は進むに連れてゆるやかになった。当然ながら未舗装である。大陸に比べてはるかに整備されていない島の道は大小さまざまな石ころが落ちていて注意して進まなければ足を取られて転ぶ可能性が高いのだ。右方に山々、左方には小川が流れている。気持ち前かがみになって歩を速めていた蔵人は黄色い路上の彼方でチラと光るものを確かに目にした。自然と足を止めた。隣を歩いていたアシュレイは気づかなかったようであるが、蔵人の身体にわずかな緊張感が走ったのを感じ取ったのか警戒感を強めていた。


「なにか?」

「お客さんだ」


 言うが早いか前方の路上から小さな影が飛び出してきた。


「坊や。狙うなら銀行にしときな」


 くすりと蔵人が笑いながら言った。

 小さな盗賊は構えた鉈を蔵人たちに突きつけながら荒く肩を上下させていた。


「まだ、子供じゃないの」


 リンジーが構えていた杖を下ろしながらホッとした様子で力を抜いた。少年はどう見ても七、八歳くらいであり蔵人たちからしてみれば到底脅威になりえない存在だった。着ている衣服は垢じみておりシワだらけで塵埃に塗れていた。


 少年は見るからに痩せこけており、目だけが大きくギラギラと光っていた。鉈はどこかで拾ってきたようなもので、ロクに手入れもされていないのだろう。重量はありそうだが、錆だらけであり、野ウサギ一匹捌けそうにないくらい貧弱だった。


 ヌッと立った蔵人の姿に恐れをなしたのか、少年の鉈を持つ手は小刻みに震えていた。


 この世界では栄養状態のよい蔵人は平均よりも恰幅がよく力に満ちあふれており、年季の入った装備からして堅気の人間ではなかった。


 少年の表情には狙う獲物を間違えたという強い後悔が滲み出ていた。手にする斧の重み自体が少年の筋力に合ってはいないようで、切っ先がふらついている。追い詰められた者にある特有の悲壮感は、さながら潰される家畜と変わらず、ただあわれだった。




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